著者
森本 轟
出版者
奈良大学史学会
雑誌
奈良史学 (ISSN:02894874)
巻号頁・発行日
vol.8, pp.18-58, 1990-12

中世のイングランド北東部に所在したダラム司教座聖堂付属修道院(Durham Cathedral Priory)は、聖ベネディクト会派に属す修道院であり、修道院解散時に至るまで役職員組(Obedientiary System)を維持していた。当該修道院の役職員の中では会計収支を統轄していた「出納掛」(Bur sarius,Bursar)がもっとも重要な存在であったが、歴代の出納掛の会計報告書は、比較的良好な形で連続性を保ちつつ、ダラム大学古文書学部において保存されている。われわれは、これまでの一連の研究において、主として出納掛会計報告書のシリーズを根本史料として使用しつつ、当該修道院の一四世紀から一五世紀前期に至る時期の経済生活について考察してきた。そこで、本稿では、一五世紀後期における当該修道院の経済生活の実態を理解するための一つの試みとして、ワインの需要と購入について考察してみよう。中世のイングランドにおいて、ワインはいうまでもなく重要な輸入商品であったので、ワイン貿易の推移に関しては、周知の如く、すでにサージェント(F.Sargeant)、ベァードウッド(Beardwood)、ケァラス"ウィルソン(E.M.Carus-Wilson)およびジェームス(M.K.james)の諸研究があり、それぞれがすぐれた研究成果を公けにしている。とくに、ジェームス女史は、一五世紀におけるワイン貿易に関する研究を、一四世紀のそれにひきつづいて行なったのち、一四ー五世紀を通じてのイングランド・ガスコーニュ・ワイン貿易の変遷が、イングランドの主要諸港の経済に如何なるインパクトを与えたかを、関税記録などからきわめて詳細に論証している。したがって、われわれのここでの考・察は、ジェームス女史の研究成果に基づいて行なわれることはいうまでもないが、同女史の国内におけるワインの需要分析が地域的にも時期的にもムラがあるという欠陥を、たしかに北東部といった限定された地域においてであるけれども、諸データの時系列的処理で以て補完することができる、といった点に意義を見出すことができよう。

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