著者
伊藤 徹 ITO Toru
出版者
京都工芸繊維大学
巻号頁・発行日
2013-06

夏目漱石の思想史的精神史的研究の一端をなす本論は、美術に対する漱石の関心の痕跡を辿ることから出発し、とくにロンドンからの帰国後数年間に彼自身によって描かれた絵葉書に着目する。洗い髪のスタイルをもってそこに現われる裸体の女性的形象は、ラファエロ前派などへの彼の関心とつながるとともに、その関心自身の由来として、漱石自身も帰属していた伝統的な生の地盤の崩落を示唆している。近代化がもたらした、こうした崩落への応答は、漱石の文学活動の根本的モチーフをなすが、本論は後半において、そうした応答の一つの試みとして『草枕』を取り上げる。「絵画的小説」もしくは「俳句小説」と呼ばれたこの小説は、「プロットなき小説」という理念の下でなされた近代化への一つの対抗であり、その基本概念「非人情」は、この対抗の拠点となるはずだったが、美的世界構築は、結局のところ虚構的世界への逃避に留まり、『草枕』自体においてもプロットの不可避的出現によって浸食されて破綻に終わった。その後漱石は、美的世界と並ぶ、もう一つ別な神話である人道主義的な地点からの近代批判の試みを経た上で、近代化のただなかに留まり、あらゆるものが有用化されていく世界の根底に潜む構造化されざるリアリティーに接近していく。本論は、晩年の作品『道草』のキーワード「片付かない」を通して、そうした可能性を示唆することによって結ばれる。

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伊藤 徹 -  Natsume Sôseki―An attempt of Kusamakura as an imagery novel http://t.co/yj0SwT27xC #CiNii

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