- 著者
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Zoubek Wolfgang
- 出版者
- 富山大学人文学部
- 雑誌
- 富山大学人文学部紀要 (ISSN:03865975)
- 巻号頁・発行日
- no.60, pp.179-190, 2014
松尾スズキの演劇作品の中に登場する人物たちはしばしば精神的に病んでいる人として描かれている。舞台には現代日本社会のねじれた状態と不公平によって精神的に傷付けられている若い人たちが登場する。強調して表現するならば,松尾の作品は「病的な社会が病気の人間を作り出している」という社会批判的メッセージを発しているのである。しかし,松尾は道徳的な世界改良家ではない。毒のとげを持つにもかかわらず,彼の書いた作品は観客を笑わせる効果のあるブラック・コメディーである。松尾によって描かれている登場人物たちはただ哀れな犠牲者であるだけではなく,またたとえ彼らが一見してアウトサイダーのように見えるとしても,支離滅裂になった今日の代表者でもあるのだ。若い観衆は彼らと自分を同一視することができる。このようにして松尾の演劇の世界は,今日の社会の苦悩を悲劇としてではなく,喜劇として反映している。1998年に初演された松尾スズキの作品『ヘブンズサイン』の中では,特に女性の精神的な問題がテーマ化されている。主人公ユキは自傷行為を行っている。そして彼女の友達のドブスは摂食障害に悩んでいる。二人は精神病院に入れられている。確かにユキの人生がこの作品の中心的テーマではあるが,ドブスはユキの分身として登場している。