- 著者
-
柴田 陽一
- 出版者
- 京都大學人文科學研究所
- 雑誌
- 人文学報 (ISSN:04490274)
- 巻号頁・発行日
- no.105, pp.69-116, 2014
「大東亜戦争」期 (1941-1945年),京都帝国大学地理学教授であった小牧実繁は,「日本地政学」を標榜し,著書・雑誌・新聞・講演・ラジオなどさまざまなメディアを駆使したプロパガンダ活動をおこなった。けれども,国民の啓蒙を意図しておこなわれた彼の活動を可能にしたネットワークの存在,活動の社会的影響,プロパガンダの内容については,これまでほとんど検討されていない。本稿は,彼の著作をひろく利用することにより,彼のプロパガンダ活動の特徴と,その思想戦における役割を検討した。その結果,つぎの三点が明らかになった。すなわち,(1) 彼がプロパガンダ活動を多方面で展開できた理由に,当時の言論界で大きな力をもっていた情報機関 (内閣情報部・陸軍省情報部) や,スメラ学塾,大日本言論報国会,国民精神文化研究所とのネットワークが存在したことである。(2) 世界観というレベルの問題をとりあつかい,精神的側面を重視した彼のプロパガンダ活動は,全体としては当時の思想戦の動向と軌を一にしたものだが,単なる御用学者という言葉だけでかたづけられない側面ももちあわせていたことである。地政学的地誌を通じて彼が提示した独自の世界観に,この点がよく表れている。(3) 彼のプロパガンダ活動が当時の社会に影響を及ぼしたことは,おびただしい数の出版物や旺盛な講演活動などから間違いないが,活動の実質的効果については大いに疑問の余地が残ることである。