著者
土方 久 Hisashi HIJIKATA
出版者
西南学院大学学術研究所
雑誌
商学論集 (ISSN:02863324)
巻号頁・発行日
vol.54, no.3, pp.1-42, 2007-12

筆者が「ドイツ簿記の16世紀」に想いを馳せて,複式簿記の歴史の裏付けを得ながら,その論理を解明するようになったのは,いつも筆者の脳裏から離れなかった問題,会計制度,会計理論と「複式簿記」の関わりを解明したかったからである。本来ならば,さらに,17世紀から19世紀までのドイツ簿記を解明してから,この問題に立ち向かわねばならないのかもしれない。しかし,「ドイツ簿記の16世紀」を解明してきたところで,そこまで取組むだけの時間は,筆者にほとんど残されてはいない。そのようなわけで,筆者がこれまでに模索してきた卑見だけでも披瀝しえたらということで,この問題を整理しておくことにしたい。まずは,「会計」と「複式簿記」の関わりであるが,Littleton, Ananias Charlesが表現する有名な言葉を想起してもらいたい。「光は初め15世紀に,次いで19世紀に射した。15世紀の商業と貿易の発達に迫られて,人は帳簿記録を『複式簿記』(double-entry bookkeeping)に発展せしめた。時移って19世紀に至るや,当時の商業の飛躍的な前進に迫られて,人は複式簿記を『会計』(accounting)に発展せしめた」という例の言葉である。複式簿記については,世界に現存する最初の印刷本が,Pacioli, Lucaによって出版されたのが15世紀,さらに,「産業革命」がヨーロツパ諸国に波及したのが19世紀,この歴史事実ないし経済背景が意識されてのことであるにちがいない。15世紀以降は経済覇権が移行するに伴い,複式簿記が世界の各国に伝播されて,19世紀以降は産業構造が変化するに伴い,複式簿記と関わりながら,会計へと進化したことによって,会計理論,会計制度が想像ないし創造されてきたからである。商業から工業へと移転していく産業構造の変化,特に製造業,鉄道業などが必要とする固定資産の増大は,「資産評価」の問題を引起こさずにはおかない。そればかりか,企業形態の変化,特に資本集中を容易ならしめる株式会社の急増は,「報告責任」はもちろん,「配当計算」の問題を引起こさずにはおかない。事実,筆者が知るかぎりでは,近代会計学の父であるSchmalenbach, Eugenによって出版される大著『動的貸借対照表論』("Dynamische Bilanz",Leipzig. / Köln und Opladen.)が,そうであるように,ドイツでは,「会計」を意味するのは「貸借対照表論」(Bilanzlehre)。「貸借対照表」の標題を表記する印刷本が出版されるようになるのは,19世紀の末葉,たとえば,1879年にScheffler, Hermannによって公表される論文「貸借対照表について」("Ueber Bilanzen", in: VIERTEL JAHRSCHRIFT FÜR VOLKSWIRTSCHAFT, POLITIKUND KURTURGESCHICHTE, Bd.LXII, S.1-49.)を初めとして,1886年にSimon, Herman Veitによって出版される印刷本『株式会社と有限責任会社の貸借対照表』("Die Bilanzen der Aktiengesellschaften und der Kommanditgesellschaften auf Aktien", Berlin.)からである。したがって,世界の各国に伝播されて,展開かつ発展された「複式簿記」を包摂して,資産評価,報告責任,配当計算の問題に対応しうる「会計」へと進化したわけである。進化することによって,会計理論,会計制度として展開かつ発展されるようになったわけである。もちろん,進化したからといって,複式簿記が退化してしまったわけではない。したがって,複式簿記を包摂して進化したとするなら,複式簿記から「会計」として進化したというよりも,複式簿記から「複式簿記会計」として進化したというべきであるのかもしれない。そうであるとしたら,複式簿記から「複式簿記会計」へと進化する,まさに接点にある問題は「年度決算書」。いつから作成することが規定されたか,どのように作成されたかである。したがって,会計制度,会計理論と「複式簿記」の関わりを整理するとしたら,「年度決算書」と複式簿記の関わり,この問題から解明しなければならない。そこで,「年度決算書」であるが,世界で最初に法律に規定されたのは,1673年の「フランス商事王令」(Ordonnance de Louis XIV pour le Commerce)によってである。破産,特に詐欺的な破産の横行に対抗するために,したがって,債権者を保護するために,すべての商人は「商業帳簿」(Livres et Registres)を備付けねばならない。さらに,普通商人(Marchand)に限定して,隔年でしかないにしても,「財産目録」(Inventaire)を作成しなければならない(第III章第8条)。さらに,フランス商事王令を模範に,1807年の「フランス商法」(Code de Commerce)によっても,すべての商人は「商業帳簿」を備付けねばならない。しかし,普通商人に限定するのでもなく,隔年でしかないのでもなく,すべての商人(Commerçant)は,毎年,「財産目録」を作成しなければならない(第I編,第II章第9条)。したがって,年度決算書としては,財産目録を作成することが規定されたのである。

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