著者
赤井 龍男
出版者
京都大学農学部附属演習林
雑誌
京都大学農学部演習林報告 = BULLETIN OF THE KYOTO UNIVERSITY FORESTS (ISSN:0368511X)
巻号頁・発行日
vol.47, pp.34-47, 1975-12-13

尾鷲地方は一般に急峻な地形, 多雨という自然的条件のほか, 密植短伐期皆伐とひんぱんな間伐にともなう下刈りなどの施業的条件のため, 地力の低下が著しく, またヒノキの天然更新もきわめて困難な地域である。しかし林分によってはヒノキ稚樹の発生, 成立がみられるので, 比較的更新の良好な7林分を対象として, 種子の散布から稚樹の成立までの過程を1972年8月から3ヵ年間調査, 解析し, 特にこの地方の更新の困難性について検討してみた。種子の結実量には豊凶の差があり, またその散布量も地形や林分の状態によって不均一になるが, 並作以上の結実量があれば散布種子数と稚樹の発生, 成立本数との間にはほとんど相関がない。したがって天然更新の困難な理由は種子の生産, 散布状態ではなく, 種子の発芽後に問題があるように思われた。播種による追跡調査の結果, 多雨なこの地方では樹冠から大粒の雨滴によって種子がはねとばされ, 発芽直後の稚苗が掘り起されやすいことがわかった。しかし落葉枝や下層植生の適当な被覆はこれらの障害を防ぐ効果があった。一方, 立枯病害や虫害はそれほど多くなかった。また急斜地においては種子や稚苗の流失が多く, ほとんど定着できないようであった。稚樹の枯死は一般に10数cm以下の小さいものに多い。成立稚樹数は毎年の稚樹の発生と枯死, 消失の収支によってきまるが, 下層植生が比較的少ないところでは増加し, 繁茂するところでは減少する傾向がみられる。なお当地方では数年ごとに繰り返される下刈りによってほとんどの稚樹が刈り払われてしまうが, これが更新を困難にしている一つの理由である。一般に光条件にめぐまれた林縁付近ほど林内より稚樹の成立数が多く平均高も大きいが, その差は年とともにますます広がるようであった。また林縁付近では大きい稚樹ほど生長率は高く, 年に50 - 80%ほど生長するものも少なくないが, 林内では全般に生長率は低く平均20%前後で, 特に下層植生の存在するところの生長は悪いようであった。したがって尾鷲地方でも急斜地以外では林冠と下層植生を適当にコントロールすればヒノキ稚樹の更新は可能であろう。

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