著者
乙訓 稔
出版者
実践女子大学
雑誌
実践女子大学生活科学部紀要 (ISSN:13413244)
巻号頁・発行日
no.51, pp.27-34, 2014-03

J.H. ペスタロッチの81 年の生涯は、歴史上ヨーロッパの決定的な時期にあった。即ち、17 世紀より続く絶対主義の絶頂期から1789 年のフランス市民大革命と、革命の変質で台頭したナポレオン1 世覇権の戦いの時代であり、またナポレオン敗退の1815 年のウィーン会議を主導したオーストリアの宰相メッテルニヒに象徴される反動復古の時代であった。 一方、時代思潮は理性や悟性を至上とする啓蒙哲学の爛熟期にあり、青年ペスタロッチを捉えたのはロマン主義的啓蒙思想家J.J. ルソーであった。その後の彼の活動は、教会と癒着したチューリッヒの門閥貴族政治との対峙にあり、彼の諸著作もそうした現実との対峙から生まれた。 ペスタロッチの啓蒙思想は家父長主義に基づく理想的な立法者や教育家による法律や教育を通じて民衆を啓蒙するというスイスに典型なもので、その思想は彼の社会的な活動や数多くの著作において一貫している。特に、彼が論じた社会的・政治的問題は、すべて万人のために万人が平安に生きられる方策を論究することにあって、初期の代表作『隠者の夕暮』では「人間を卑しくするもの」としての政治社会と、「人間を高めるもの」としての教育が常にその対極として論究され、すべての人間を高める教育が貧富の差なく天賦の権利・人間の権利として把握されている。即ち、ペスタロッチにおける人間の権利・人権は、人間本性の気高い本質に淵源がある神聖な権利であり、それは神から永遠に与えられた現世における人間の幸福のためのものであって、その権利は市民的に陶冶された理性に従って要求されなければならず、社会的に自由で人間的に純化された啓蒙的意志に由来すべきものと考えられている。 ペスタロッチは、彼の教授論『ゲルトルートはどのようにその子どもたちを教えるか』において、「できることなら、すべての実際的な技能の基礎である自立の能力という点で、ヨーロッパの下層の市民を、南や北の未開人よりも劣らせている逆茂木に放火したい」と書き、「なぜなら、その逆茂木は……一人の人間の代わりに十人の人間を社会的な人間の権利である教育を受ける権利から、あるいは少なくともその権利を用いる可能性から締め出しているからである」と書いている。また、彼は憲法論『立法についての見解』で、「スイスのために国民教育を法律的に確かなものにすること」を論じ、後期の大著『純真者』では「ヨーロッパにおいては国民の教育が国家の福祉の第一の手段であると認識される」と述べ、「ヨーロッパが国民の能力を学校や居間において高めることを人類の権利として承認すべきである」と説いている。この国民教育を国家において法制化し、人類・人間の権利として承認すべきであるという思想は、人権としての教育理念として位置づけられるのである。

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