著者
猿田 量
出版者
島根大学教育学部
雑誌
島根大学教育学部紀要. 人文・社会科学 (ISSN:02872501)
巻号頁・発行日
vol.27, no.2, pp.29-34,

松江市の平浜八幡宮には興味ある絵馬がいくつか伝わっている。絵馬のより旧い形態を伝えているとみられる木製の馬像や法橋狩野永雲筆の『松に鷹図絵馬』などであるが、なかでも興味深いのは松平直政が寄進したと記録されている『鷹図絵馬(一対)』である。 この一対の絵馬は特異な特色を有する。左右一対をなすよう制作されること自体は、室町時代前後に黒毛の馬と白毛の馬を描いた絵馬を一対として奉納する習慣が成立して以来の通例、むしろ一原型としえるのであるが、左右の各面で横書き文字の列の方向を逆転させてまで対称性を意図するのはあまり類例を見ない。また年月日の記はあるが、絵馬奉納の目的である願い事についての文言は見出だせない。願いがひそかなものであったとしても、その詳細を避け『諸願』として記す、しばしば見られる形態さえとっていない。この絵馬に託された祈願は記す必要のないほど明瞭なのであろうか。あるいは隠されているのであろうか。さらに年記に言う寄進の時期は、寛永十五年の直政の出雲転封の翌々年であり、金箔張りの作品の制作期間を考慮すると松江入府そうそう発注されたと考えなければならない。そのような急ぎの寄進を促した理由があったとすればそれは何か。 以上の画面内部および寄進の時期をめぐる特徴から、この一対の絵馬の奉納動機は考察に値するであろう。以下、造形、記載された文言、顕著な対称性、鷹という画題の選択理由を検討し、できるかぎり奉納動機の推定を試みたい。

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