著者
太田 洋介 石野 陽子
出版者
島根大学教育学部
雑誌
島根大学教育学部紀要 教育科学, 人文・社会科学, 自然科学 (ISSN:18808581)
巻号頁・発行日
vol.44, pp.89-103, 2010-12

近年、以前にも増して選択的夫婦別姓制度の導入への動きが高まっている。本研究では、苗字に関する態度と個人としてのアイデンティティ、家族の一員としてのアイデンティティ、家族一般に対する伝統的な価値観との関連を見ることにより、夫婦同姓が制度上規定されている現在における大学生時点での苗字の心理的な役割を検討した。研究Ⅰでは新しく苗字態度尺度の作成を試みた結果、「同姓他者への親近感」、「上位世代でのつながり感」、「愛情期待」、「苗字によるつながり認知」、「自分の苗字への愛着」の5因子からなる尺度が作成された。研究Ⅱでは家族一般に対する伝統的な価値観を測定する伝統的家族観尺度の作成を試みた結果、「伝統的性役割」、「累代的つながり」の2因子からなる尺度が作成された。研究Ⅲでは研究Ⅰの苗字態度尺度、多次元自我同一性尺度、家族アイデンティティ尺度、研究Ⅱの伝統的家族観尺度の相関を対象者全体、男性、女性において見ることにより、苗字の役割を検討した。男性では特に家族アイデンティティの形成に苗字の役割が、また女性では特に自己の同一性を形成しにくい際に苗字の役割が見出された。また男女共通に、個人が現在所属している家族の一員として存在しているというヨコのつながりの感覚に苗字の役割が見出された。さらに家族のタテのつながりに苗字が役割を果たしていることが見出された。
著者
小谷 充
出版者
島根大学教育学部
雑誌
島根大学教育学部紀要 (ISSN:24335355)
巻号頁・発行日
no.53, pp.75-86, 2020-02-17

本研究では, 庵野秀明監督作品『新世紀エヴァンゲリオン』(1995年10月~ 96年3 月)のサブタイトルにおける明朝体表現を対象として, 組版の再現実験をもとにタイポグラフィの特質とそのコンテクストについて考察した。その結果, 使用書体の選択について, 市川崑作品の影響下における写植書体の印象に類似したデジタルフォントを選択したと結論付けた。第二に, 組版における調整について, ①長体と平体の使用, ②読点位置の調整, ③ 4 種の異なる用法を使い分ける異サイズ混植, ④「マティスUB」による異ウエイト混植の実態を明らかにし, 調整の意図に言及した。第三に,市川崑作品の影響について, 各話を作り進めながら「対処的な調整」から「新味の表現」を模索し, 第拾六話あたりに独自のスタイルを定型化する経時変化を確認した。
著者
中山 郁子 藤江 奏
出版者
島根大学教育学部
雑誌
島根大学教育学部紀要 人文・社会科学 (ISSN:02872501)
巻号頁・発行日
no.4, pp.51-67, 1970-12

偏食および極端な好き嫌いなど,食物に対する嗜好の問題が,我々の肉体的健康に直接関連があることはいうまでもないが,それのみではなく,その人の性格形成にも何らかの影響をおよぼしているであろうことは容易に推察される。たとえば、自殺をするような人や偏くつな人には偏食する人が多いといわれるのもそのようなことであろう。 このように食物の嗜好がその人の性格と何らかの関連性があるであろうと考えられているにもかかわらず,この面についての研究はなされていないのが現状である。従って,本報においては,この問題を取り上げ中学生を対象に男女の性別および年令別による嗜好の相異,および食物に対する嗜好傾向を調べ,同時に性格テストを実施してその嗜好との関連性について研究をおこなった。その結果,いくつかの興味ある知見を得たので報告する。
著者
猿田 量
出版者
島根大学教育学部
雑誌
島根大学教育学部紀要. 人文・社会科学 (ISSN:02872501)
巻号頁・発行日
vol.27, no.2, pp.29-34,

松江市の平浜八幡宮には興味ある絵馬がいくつか伝わっている。絵馬のより旧い形態を伝えているとみられる木製の馬像や法橋狩野永雲筆の『松に鷹図絵馬』などであるが、なかでも興味深いのは松平直政が寄進したと記録されている『鷹図絵馬(一対)』である。 この一対の絵馬は特異な特色を有する。左右一対をなすよう制作されること自体は、室町時代前後に黒毛の馬と白毛の馬を描いた絵馬を一対として奉納する習慣が成立して以来の通例、むしろ一原型としえるのであるが、左右の各面で横書き文字の列の方向を逆転させてまで対称性を意図するのはあまり類例を見ない。また年月日の記はあるが、絵馬奉納の目的である願い事についての文言は見出だせない。願いがひそかなものであったとしても、その詳細を避け『諸願』として記す、しばしば見られる形態さえとっていない。この絵馬に託された祈願は記す必要のないほど明瞭なのであろうか。あるいは隠されているのであろうか。さらに年記に言う寄進の時期は、寛永十五年の直政の出雲転封の翌々年であり、金箔張りの作品の制作期間を考慮すると松江入府そうそう発注されたと考えなければならない。そのような急ぎの寄進を促した理由があったとすればそれは何か。 以上の画面内部および寄進の時期をめぐる特徴から、この一対の絵馬の奉納動機は考察に値するであろう。以下、造形、記載された文言、顕著な対称性、鷹という画題の選択理由を検討し、できるかぎり奉納動機の推定を試みたい。
著者
稲浪 正充 栗山 智子 安部 美恵子
出版者
島根大学教育学部
雑誌
島根大学教育学部紀要(人文・社会科学) (ISSN:02872501)
巻号頁・発行日
vol.28, pp.35-50, 1994-12-25

われわれは,3年前から色彩と感情のテーマにとり組んできた。本論文では2つの調査を試みた。先行研究(稲浪,野口)で,色の重さ,暗さ,冷たさを追及したが,ここではこれら3種類の感情的意味を含んだ10種類の感情的意味を調べた。また,先行研究(稲浪,小松原)で大学生に行った笑い顔,怒り顔,泣き顔のぬり絵から喜び,怒り,悲しみの色を調査したが,ここでは笑い顔のぬり絵に限り,就学前幼児と老令者を対象に調査した。13;
著者
藤岡 正春
出版者
島根大学教育学部
雑誌
島根大学教育学部紀要(教育科学) (ISSN:0287251X)
巻号頁・発行日
vol.13, pp.81-88, 1979-12-25

柔道の国際化に伴い、日本柔道は重量級のみならず軽量級の力も諸外国と接近し,全階級制覇は至難とされるようになった。第3回世界選手権に続き東京オリンピックにおいてもオランダのへ一シング選手(196㎝,120㎏)に敗れ,寝技の重要性と体力不足が大きく指摘された。以後、世界の柔道はパワーの柔道へ進むとともに,選手の大型化(オランダ・アドラー,218㎝,ソ連・チューリン,210㎝,共に140㎏)と国際審判規定の改正により,更にパワーのあるダイナミックな柔道が要求されるようになった。このような世界の柔道の趨勢の中で日本の柔道界は,体力養成と同時に外国選手向きの技として担ぐ技の修得が叫ばれ,力を入れて来た。13; 東京オリンピック前年(1963年秋)へ一シング選手が2ケ月間の天理大学での練習時に,1無名選手の小内刈に良く転んでいた。又オリンピック後の尼崎国際大会決勝戦で日本の加藤選手に同じく小内刈で技有を取られるのを見て以来,大型選手に対して最も有効な技は小内刈等の足技という確信を持つようになった。13; 嘉納杯は,東京オリンピック以来日本で初めての大きな国際大会てあり,この大会を分析することにより,今後の日本の柔道選手は,どのような技を修得しなければならないか,その手掛りを見付けだしたい。
著者
松元 雅和
出版者
島根大学教育学部
雑誌
島根大学教育学部紀要 (ISSN:18808581)
巻号頁・発行日
no.45, pp.83-93, 2011-12-28

平等論は、現代英米圏の分析的政治哲学においてもっとも発展しているトピックのひとつである。しかしながら、これらの理論的展開が、実践的にどのような含意をもつかは必ずしも明確ではない。むしろ、理論の精緻化が進むにつれて、その成果が喫緊の政策課題から離れてしまうことも往々にしてありうる。そこで本稿では、分配財としての教育を事例として、分析的平等論の理論的展開から得られる実践的意義を示してみたい。すなわち、本稿の目的は、平等論そのものを分析・評価することではなく、政治哲学としての平等論の一部を今日の公共政策へと接続する経路を示すことである。本稿の構成は以下の通りである。はじめに、今日盛んに議論されている教育の自由化の問題を取り上げ(第2節)、次いでこの問題に対して応用する、分析的平等論における平等主義と優先主義の区別を紹介する(第3節)。さらには、A・スウィフトの議論を参照に、「位置財」という観念を導入しつつ、教育を横並び化するレベル下げが正当化されうることを指摘し(第4節)、同時にその制約についても指摘する(第5節)。最後に、実証的知見を踏まえながら、以上の議論が近年の教育改革論議(特に学校選択制の是非)に対して与える示唆について論じてみたい(第6節)。
著者
北川 翼 諸岡 了介
出版者
島根大学教育学部
雑誌
島根大学教育学部紀要. 教育科学, 人文・社会科学, 自然科学 = Memoirs of the Faculty of Education, Shimane University (ISSN:18808581)
巻号頁・発行日
vol.50, pp.141-152, 2016-12

補習科とは、浪人生の教育支援のために、島根県・岡山県・香川県・宮崎県など西日本のいわゆる地方の県を中心に、高等学校に附設されてきた機関である。鳥取県では2013年まで同様の機関として専攻科が存在し、現在ではその後身としてNPO法人倉吉鴨水館が教育活動を行っている。本稿ではまず、文献資料・各校に対する質問紙調査・補習科卒科生に対するインタビュー調査の組み合わせから、これまであまり知られてこなかった補習科の歴史とその教育の現状を明らかにする。さらに、高等教育進学機会の地域間格差という課題に対して、従来の研究および国の教育政策では浪人段階の教育条件という契機の重要性が見逃されてきたことを指摘するとともに、補習科とは、そうした教育条件の地域間格差という現実に直面する中で地域の教育現場が続けてきた生徒支援策として、地域に根づいた教育文化のひとつと言いうるものであることを示す。
著者
堤 雅雄
出版者
島根大学教育学部
雑誌
島根大学教育学部紀要 人文・社会科学 (ISSN:02872501)
巻号頁・発行日
no.32, pp.1-6, 1998-12

人間の心理が単純に割り切れるものでなく,時に相矛盾する精神力動を併せ持つことがあるのは,我々の日常経験,とりわけ対人関係を振り返れば自明であろう。人が孤独を恐れ,他者を求めるのはごく自然な心情であるが,その一方でなぜか他者を避け,引きこもろうともする(堤,1995)。かつてショーペンハウアー(1973)が「山あらしジレンマ」として描いた接近・回避葛藤はその典型であり,人が同一の対象に対して肯定,否定の両価的感情を有することがあるとの認識は,広く臨床に携わる者にとっての要諦でもある。 他者に対する両価性(ambivalence)は次の3つの位相において成立可能である。まず,自己に対する我の両価性。自己に対する嫌悪と自己愛の併存は境界例をもちだすまでもなく,特に青年期では一般的,かつ顕著である(Beebe,1988)。次に親密な他者(汝)に対する両価性。愛する者に対する愛と憎しみの二重の感情は永遠の文学的テーマである。そして他者一般(彼ら)に対する両価性。初対面の他者との出会いや,公的な場面での自己提示などでは,多くの人が緊張や羞恥を経験するが,そこにも他者に対する両価的感情が内在する(Asendorpf,1989)。 近年,ボールビィに端を発する愛着理論において,密接な関係にある他者に対する愛と憎しみの両価的愛着タイプは,乳児期の母子関係から成人期の異性関係に至るまで,生涯を通して普遍であるという議論が盛んである(Bowlby,1973,1977,Bretherton,1985,Simpson,Rholes&Phillips,1996)。 現代の若者たちの,おとなから見れぱ一見不可解な対人行動のスタイルに対しても,その基底に他者に対する接近−回避葛藤を見る視点からの議論がある。一時期新聞紙上で「ふれあい恐怖症」なる語題が喧伝されたのもその一例である。ふれあい恐怖症とは,授業やクラブ活動などの浅い付き合いは無難にこなすものの,その後の雑談や会食などの深い付き合いになると不安感が高まり,逃げ出してしまうというものである(朝日新聞,1989)。 彼らの行動の根底に,果たしてそのような相反する志向性が実際に存在するのだろうか。残念ながらこれに関する実証的検証は意外に少ない。例えば最近の対人不安心性に関する国内の幾つかの研究論文(堀井・卯月・小川,1994,堀井・小川,1995,岡田・永井,1990,内田,1995)でも,他者に対する両価性についての言及には乏しい。 本研究では大学生を対象に,人と人とのふれあいに対する肯定,否定の二重の志向性の存在を検証するとともに,いまだおとなになれない後期青年期の,他者に対する微妙で複雑な心理の分析を試みる。
著者
福田 景道
出版者
島根大学教育学部
雑誌
島根大学教育学部紀要 (ISSN:18808581)
巻号頁・発行日
vol.49, pp.114-126, 2015-12-22

東宮保明親王早世の悲劇は、皇統の行く末を揺るがし、『後撰集』や『大和物語』の素材となって流布し、夭折した東宮を意味する「先坊(前坊)」は保明の別称として定着していった。その流れを承けて『源氏物語』の六条御息所の物語や『大鏡』の先坊と大后の物語が形成されたのである。『源氏』『大鏡』両作の影響は後世に広く及び、先坊像を発展させ、『今鏡』の先坊を生み出し、中世新時代に至るまで途絶することはなかった。十三世紀初頭には先坊は明確な形象を獲得し、『浅茅が露』『いはでしのぶ』などの中世王朝物語の世界で安定した存在感をもって多出するようになったと思われる。同時に、歴史物語の系統では皇位継承史の要諦として枢要な役割を果たし続ける。『大鏡』では先坊の母后として「大后」穏子が皇位継承を主導し、『今鏡』では立坊していない敦文親王が先坊として機能し、『六代勝事記』でも仲恭帝が先坊の扱いを受けて皇統変更を象徴する。これらの伝流を継受して、『増鏡』の先坊邦良親王が造型されたのである。和歌文学、歌物語、作り物語、歴史物語で醸成された先坊が『増鏡』の邦良親王像に結実したとも言える。
著者
高瀬 彰典
出版者
島根大学教育学部
雑誌
島根大学教育学部紀要 (ISSN:18808581)
巻号頁・発行日
vol.39, pp.69-83, 2006-02
著者
竹田 健二
出版者
島根大学教育学部
雑誌
島根大学教育学部紀要 (ISSN:18808581)
巻号頁・発行日
vol.48別冊, pp.77-84, 2015-02-27

台湾フェローシップへの申請が採択された筆者は、2013年3月から8月までの半年間、国立台湾大学哲学系において海外研修を行った。台湾フェローシップ採択者には、国立台湾師範大学国語教学中心において3ヶ月間中国語を学習する機会が与えられることから、筆者はこの機会を利用してあらためて中国語を学習した。本稿は、その体験についての報告である。
著者
湯浅 邦弘
出版者
島根大学教育学部
雑誌
島根大学教育学部紀要(人文・社会科学) (ISSN:02872501)
巻号頁・発行日
vol.27, no.1, pp.1-24, 1993-12-25

聖王黄帝と車神蚩尤とは、中国の戦争起源神話に登場する二大神格である。史上初めて武器を作り黄帝に戦いを挑んだ蚩尤は、大暴風雨を興して黄帝を苦戦に陥れるが、應龍・玄女の助力を得た黄帝によって、最後はタク鹿の野に誅殺された。一方、黄帝は、この勝利によって世界の統一を果たし、以後、中国文明の始祖として聖王伝説の上に君臨することとなった。13; この黄帝・蚩尤神話について、筆者は先に、蚩尤が武器や戦争を創始したという蚩尤作兵説、蚩尤が黄帝に匹敵する身分・力量を備えていたという種々の伝説について、多くの関係資料を分類しつつ考察を加えた。13; その結果、『呂氏春秋』蕩兵篇、『大戴礼記』用兵篇のみは、そうした通説の中で極めて特異な蚩尤像を提示していることが明らかとなった。13; 『呂氏春秋』蕩兵篇は、多くの資料が大前提とする蚩尤作兵説を明確に否定する。また『大戴礼記』用兵篇も、蚩尤作兵説を否定し、更に、蚩尤の地位についても、通説に反して蚩尤庶人説を主張していた。13; そこで、引き続き本稿では、『呂氏春秋』『大戴礼記』がこうした特異な蚩尤像を提示する理由について考察を進めて行くこととする。
著者
深田 博己
出版者
島根大学教育学部
雑誌
島根大学教育学部紀要 教育科学 (ISSN:0287251X)
巻号頁・発行日
no.21, pp.p71-79, 1987-12

本研究では,恐怖喚起コミュニケーションの説得効果を予測あるいは説明するために提出された既存の理論・モデルの特徴と限界を考察し,試案段階であるが,認知−情緒統合モデルを提案する。