- 著者
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中空 萌
- 出版者
- 京都大學人文科學研究所
- 雑誌
- 人文学報 = Journal of humanities (ISSN:04490274)
- 巻号頁・発行日
- no.107, pp.159-187, 2015
本論文では,現代インドにおいてアーユルヴェーダが生物医療,代替医療,知的所有権制度 といった異なる知識制度との関連の中でその性質を定義され続けている過程を,接触領域における「翻訳」に焦点を当てながら描く。 インドにおけるアーユルヴェーダと他の知識システムの混交をめぐるこれまでの研究は,「アーユルヴェーダの根底的なパラダイムは他のシステムと接触しても不変のままである」あるいは「生物医療の導入がアーユルヴェーダの身体・人格観を根本的に変容させた」という二極的な立場に収斂していた。これらの議論は両者とも,アーユルヴェーダとその他の知識を首尾一貫した知識=治療パラダイムとして捉えている。それに対し本論文では科学人類学的アプローチに従い,知識を固定的な知識「体系」ではなく,常に生成し続けている不安定な実践と捉えた上で,異なる知識間の接触領域においていかに翻訳可能性が部分的かつ偶発的に見いだされるのか,複雑な交渉と比較の過程を照射する。 具体的には,(1)独立後にアーユルヴェーダの制度化を推進しようとしたmisra 派の知識人たちによる,生物医療概念とアーユルヴェーダの諸概念の翻訳,(2) 1980年代以降のグローバルな代替医療の潮流の中で欧米人患者を受け入れる,アーユルヴェーダ医師の実践,(3) 2000年以降,グローバルな製薬開発をめぐる動きの中でアーユルヴェーダを知的財産化しようとする「国家」研究機関の科学者たちのプロジェクトを取り上げ,それぞれ具体的な翻訳の文脈の中で,「アーユルヴェーダとは何か」がいかに立ち表れているかを素描する。それにより,アーユルヴェーダと他の知識システムとの具体的接触場面で展開している事象とは,「アーユルヴェーダ の本質の残存/喪失」といった一面的プロセス,すなわち知識間の差異の消失ではなく,翻訳可能性と不可能性の間の曖昧な領域において,新たな知識や思想,アイデンティティを生み出すものであると主張する。