- 著者
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横井 修一
現代行動科学会誌編集委員会
- 出版者
- 現代行動科学会
- 雑誌
- 現代行動科学会誌 (ISSN:13418599)
- 巻号頁・発行日
- no.27, pp.1-17, 2011
2008年6月8日午後、日曜の歩行者天国で賑わう秋葉原の交差点で、26歳の青年が7人死亡10人重傷という無差別殺傷事件を起こした。この秋葉原事件は人々に大きな衝撃を与え、直後からマスコミの集中報道が続き、事件をめぐって数多くの論評がなされたが(注1)、報道・論評において注目されたのは無差別大量殺傷という事件の凶悪さよりもむしろ、犯人Kの犯行に至るプロセス・背景である。 「無差別殺傷事件」とは、犯人と特定の関係性がない人々が殺害される事件であるが、社会的に衝撃を与えるのはその「凶悪」性ではなく犯行が常識では理解できないというその不条理性であり、それ故にその社会的な背景要因が注目されるのである(注2)。 秋葉原事件が社会学的にも注目される理由は、この事件が「<現在>の全体を圧縮して代表(大沢真幸)(注3)しており、事件は「戦後日本に何回かあった大きな転換点の一つ」(見田宗介)(注4)と見られるからである。この事件は現代日本社会、とりわけ青年世代が直面する人間関係の希薄化問題(注5)を考察する<範例>(注6)となる。 この事件は、①Kの犯行までの生活体験に現代青年の人間関係の問題性が典型的に表出されていて世代論的に論じるのに妥当な<範例>であるとともに、②反響の大きかった事件なので事例として考察するための情報が多く、③社会的な関心が大きいので読者に分かりやすい事例ともなる点でも<範例>(注7)に適している。 本稿の課題は人間関係希薄化問題の検討であり、犯行要因の究明自体を課題としているのではないが、考察の<範例>に適していると言えるためには、犯人Kの人間関係の希薄さが犯行要因として重要であったことが前提となる。そこで、はじめに犯行要因をめぐる議論を検討し、その後でKのケースを<範例>として青年世代の人間関係の問題点を明らかにしてゆく。