- 著者
-
川部 裕幸
- 出版者
- 国際日本文化研究センター
- 雑誌
- 日本研究 : 国際日本文化研究センター紀要
- 巻号頁・発行日
- vol.21, pp.117-145, 2000-03-30
浮世絵の一つに「疱瘡絵」と称されるものがある。疱瘡絵はかなり特殊な浮世絵である。疱瘡(天然痘)にかかった病人への見舞い品として贈られたり、病人の部屋に貼られるという用途に限って用いられた浮世絵である。また、疱瘡絵は、全面、濃淡二種の赤色のみで摺刷されているという、際立った特徴を持つ。 従来、疱瘡絵は、芸術的情趣に乏しいものとして、美術史の立場からはあまり研究がなされてこなかった。しかし、江戸時代の日本人の疱瘡についての観念や習俗を知る上では、貴重な資料となる。本稿は、疱瘡をめぐる民俗の一端として、疱瘡絵を研究することを目的としたものである。 近年、H・O・ローテルムンドが、疱瘡絵に描かれている図像や画賛を分析して、日本人の疱瘡観の一端を鮮やかに解明した。本稿では、今までの研究成果を整理した後に、ローテルムンドが、ほとんど検討していなかった疱瘡絵の使用の実態、すなわち、疱瘡絵の購入者・購入意図、贈られた人々の取り扱い、疱瘡絵の普及状態などを、具体的な資料に基づいて叙説することを目指した。また、疱瘡絵の誕生の経緯とその出自についても検討を加えた。本稿で明らかになったことは次のとおりである。1. 疱瘡絵は、専ら疱瘡見舞いに用いられた特異な浮世絵であり、その誕生からして、疱瘡見舞客の購入を当て込んで、商品開発され売り出された可能性が高い。2. また、疱瘡絵には護符的な用途と病床の疱瘡小児のなぐさみ・弄びものとしての用途があったことを指摘した。そして、病気回復後すぐに放棄されるという、これまた特殊な末路を辿る浮世絵であった。最後に疱瘡絵の発生についていくつかの推量を示した。疱瘡絵の発生の時期に関しては、従来の説よりも四〇~五〇年は遡ることを資料によって明らかにした。また、疱瘡絵が誕生するに当たって影響を与えたと思われる浮世絵の系統としては、鍾馗の図や芝居絵・玩具絵・大津絵などが想定できることを示した。