著者
関沢 まゆみ
出版者
国立歴史民俗博物館
雑誌
国立歴史民俗博物館研究報告 = Bulletin of the National Museum of Japanese History (ISSN:02867400)
巻号頁・発行日
vol.178, pp.203-236, 2013-03

本稿は,近年の戦後民俗学の認識論批判を受けて,柳田國男が構想していた民俗学の基本であっ た民俗の変遷論への再注目から,柳田の提唱した比較研究法の活用の実践例を提出するものであ る。第一に,戦後の民俗学が民俗の変遷論を無視した点で柳田が構想した民俗学とは別の硬直化し たものとなったという岩本通弥の指摘の要点を再確認するとともに,第二に,岩本と福田アジオと の論争点の一つでもあった両墓制の分布をめぐる問題を明確化した。第三に,岩本が柳田の民俗の 変遷論への論及にとどまり,肝心の比較研究法の実践例を示すまでには至っていなかったのに対し て,本稿ではその柳田の比較研究法の実践例を,盆行事を例として具体的に提示し柳田の視点と方 法の有効性について論じた。その要点は以下のとおりである。(1)日本列島の広がりの上からみる と,先祖・新仏・餓鬼仏の三種類の霊魂の性格とそれらをまつる場所とを屋内外に明確に区別して まつるタイプ(第3 類型)が列島中央部の近畿地方に顕著にみられる,それらを区別しないで屋外 の棚などでまつるタイプ(第2 類型)が中国,四国,それに東海,関東などの中間地帯に多い,また, 区別せずにしかも墓地に行ってそこに棚を設けたり飲食するなどして死者や先祖の霊魂との交流を 行なうことを特徴とするタイプ(第1 類型)が東北,九州などの外縁部にみられる,という傾向性 を指摘できる。(2)第1 類型の習俗は,現代の民俗の分布の上からも古代の文献記録の情報からも, 古代の8 世紀から9 世紀の日本では各地に広くみられたことが推定できる。(3)第3 類型の習俗は, その後の京都を中心とする摂関貴族の觸穢思想の影響など霊魂観念の変遷と展開の結果生まれてき た新たな習俗と考えられる。(4)第3 類型と第2 類型の分布上の事実から,第3 類型の習俗に先行 して生じていたのが第2 類型の習俗であったと推定できる。(5)このように民俗情報を歴史情報と して読み解くための方法論の研磨によって,文献だけでは明らかにできない微細な生活文化の立体 的な変遷史を明らかにしていける可能性がある。

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