著者
尹 芷汐
出版者
国際日本文化研究センター
雑誌
日本研究 (ISSN:09150900)
巻号頁・発行日
vol.52, pp.137-149, 2016-03

本論は、1950年代の「内幕もの」との相関性において松本清張のノン・フィクション作品集『日本の黒い霧』を考察したものである。松本清張は当作品集の中で、下山事件や松川事件など、占領期に起きた一連の「怪奇事件」を推理し、それらの事件がすべてGHQの「謀略」に関わっていると説明したが、この「謀略論」は1960年に発表されると大きな反響を呼び、「黒い霧」も流行語となった。実は、『日本の黒い霧』の事件の表象は同時代において決して孤立した存在ではなかった。1950年代、様々な社会的事件の「内側」を知りたいという時代の気運があり、その中で「内幕もの」というジャンルのルポルタージュが総合雑誌、週刊誌の中で急速に増加していった。「内幕もの」は、権力層の「内側」の人間が語り手となり、歴史や政治上の秘密を暴露するのが常套である。しかし、そうした「内幕もの」は、「真実の暴露」に見せかけながら、権力側の世論操作の道具として利用されることも多い。例えば「内幕もの」の第一人者で、GHQの「内部」に潜り込んだジョン・ガンサーは、『マッカーサーの謎』を執筆してGHQの秘密を「暴露」している。しかし、その「暴露」は明らかにGHQとマッカーシズムを讃えるために意図されたものである。 松本清張の『日本の黒い霧』は、直接ガンサーの「内幕もの」に反論しながら、「内側」から発された「秘密」の虚偽性を明らかにした。松本清張は、「内側」に入り込んで新たな秘密情報を探るのではなく、「外側」に立つ「一市民」として新聞報道や既存の資料の読み込みを通して真実を見出そうとする手法で、『日本の黒い霧』を書いた。『日本の黒い霧』は、歴史がいかに「作り物」であるかを教え、「公式的見解」の精読、いわゆる「真実」の不自然さの発見を示唆する書物として読まれるべきである。

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