著者
牧野 悠
出版者
千葉大学大学院人文社会科学研究科
雑誌
千葉大学人文社会科学研究 (ISSN:13428403)
巻号頁・発行日
no.17, pp.11-23, 2008-09

柴田錬三郎が生み出した戦後時代小説最大級のヒーロー、眠狂四郎。その必殺剣、刀身をゆるやかに旋回させることによって、対手を一瞬の眠りに陥らしむる魔技「円月殺法」について、テキストの背後に存在する典拠史料の情報との比較考察を行う。柴錬は、当時の剣豪小説における「正しい剣」とされた無想剣をアレンジし、彼我の心境を逆転させ、敵を無想の境地に導く剣として、円月殺法を造形した。描写上利用された典拠、一刀流の剣術書における、「水月」および「卍」の理念が、円月殺法の性格や描写を決定づけたが、それは同時に、円月殺法の方向性を定めるものでもあった。空間に描かれる表象を、敵に視覚を媒介として認識させ、その精神を無想へと導く円月殺法は、正剣に対する邪剣として造形されたが、それが最終的に独自のヒューマニズムを発現させる物語の展開は、先の史料を典拠に用いた時点で、あらかじめ運命づけられていた。

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