著者
島村 宣男
出版者
関東学院大学[文学部]人文学会
雑誌
関東学院大学文学部紀要 (ISSN:02861216)
巻号頁・発行日
no.116, pp.95-106, 2009

アメリカン・コミック界を代表して、いまや「アメリカのイコン」(the American icon)と化した《バットマン》、1989年から本格的なシリーズ化が始まったハリウッド映画界では、2005年からはよりリアルなヒーロー像をという期待に応える新シリーズがコア・ファンの熱烈な支持を獲得、第一作 Batman Begins(2005)に続く続編 The Dark Knight(2008)が記録的な興行収益を挙げたことはまだ記憶に新しい。アメリカ国内ではシリーズ三作目の期待がいよいよ高まるばかりだ。《バットマン》がなぜアメリカ人をかくも熱狂させるのかについては、筆者はここ20年にわたって計5篇の論文を公表し、「言語文化論」を意識した近著『新しい英語史』(2006)をはじめ、他の場所でも多少とも言及する機会があった。本稿は、先稿「"Why so serious?"--映画 The Dark Knight の倫理学」(2008)において、紙数の関係から論及を割愛した部分の考察にかかる。

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こんな論文どうですか? "a blinding mass of Batman, black fur and bared teeth"--The Dark Knigh(島村 宣男),2009 https://t.co/pOGGaYKQVs アメリカン…

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