著者
廣松 勲
出版者
富山大学ヘルン(小泉八雲)研究会
雑誌
ヘルン研究 (ISSN:24328383)
巻号頁・発行日
no.2, pp.31-35, 2017-03

複数の言語文化を横断したラフカディオ・ハーンの生涯において、マルティニック島での生活は比較的短い期間であった(1887年から1889年)。とはいえ、旧首都であるサン・ピエールに滞在したハーンは、ルイジアナや日本でのように民話や諺等の聞き書きを続けながら、当該地域の19世紀末の言語・文化・社会に関する貴重な資料を残した人物として知られている。本発表では、このようなマルティニックの社会文化的背景を確認した上で、この時代のハーンが残した作品群について簡単に紹介を行った。次に、当該地域におけるハーン受容の一つの事例として、ハーンのマルティニック滞在に関する作品を発表した作家・民族学者イナ・セゼール(Ina Césaire)の小説『私はシリリア、ラフカディオ・ハーンの女家庭教師:1888年、マルティニック島サン・ピエールにおける言葉のやり取り』について、内容と形式の両面から分析を行った。

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