著者
中川 映里
出版者
東京大学大学院総合文化研究科言語情報科学専攻
雑誌
言語情報科学 (ISSN:13478931)
巻号頁・発行日
no.15, pp.179-195, 2017

本稿は,森鷗外の翻訳業績のなかで看過されがちな短篇小説の翻訳に注目し,記述的翻訳研究の枠組みを用いてその実態を分析することを目的とする.分析対象とする作品は,日本での短篇小説形式の成立において重要な役割を果たしたと考えられる翻訳短篇小説集『諸国物語』に収録された「病院横丁の殺人犯」(原作はEdgar Allan Poe の "TheMurders in the Rue Morgue")である.鷗外が短篇小説というジャンルの固有性を理解し,翻訳を通じてその形式を日本に紹介,移入しようとしていたこと,また翻訳に関しては,日本人読者にとっての読みやすさを追求し,原作の味わいを極力残しながら日本語の作品としての完成度を高める意識を持っていたことから,翻訳実践において短篇小説という形式を再現すること,文学性の高い日本語を用いることといった規範が働いていたという仮説を立て,テクスト分析を行った.原文および他翻訳者による同作品の翻訳との比較検討の結果,日本語らしい表現への置き換え,文章のつながりやリズムへの配慮,自然な口調の演出による巧みな人物造形といった特徴が明らかになり,仮説は支持された.こうした鷗外の短篇翻訳の意義は改めて評価されるべきである.

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