著者
植田 康孝 木村 真澄
雑誌
江戸川大学紀要 = Bulletin of Edogawa University
巻号頁・発行日
vol.27, 2017-03-31

日本人は,鉄腕アトム,ドラえもんなど,いつの時代も人間そっくりのヒト型ロボットに憧れて来た。そして,その憧れは,近年,技術革新が著しい人工知能へと結び付く。人間のように動き,時に感情まで持つアンドロイド(ヒト型ロボット)は様々なSF マンガに登場するため,今やエンタテインメントには欠かすことが出来ない存在になっている。鉄腕アトムやドラえもんといった,ロボットを題材としたアニメが人気となった日本では,特にヒト型ロボットの研究が先行して来た。コミュニケーションが出来るヒト型ロボットは海外でも需要が高い。日本以外にも少子高齢化に悩む国では新たな労働力が必要となるためである。サービス業でロボットを利用すれば,生産性を向上して経済成長を促すことが出来る。日本は,福島第一原発,少子高齢化に伴う健康・医療,介護,労働力不足,地方経済の疲弊など数多くの課題を抱えるが,課題解決するためには人工知能(ロボット)の活用が不可欠である。課題先進国であるからこそ,人工知能の開発が進むチャンスである。 問題となるのは,ロボットが獲得する「自律知」である。人間が作り出す人工知能を搭載する最新のロボットは果たして「心」を持つことが出来るのか。「感情」や「自意識」を持った「人格」がロボットに宿るのか。議論の分かれ目は「感性」や「意識」,そして「精神」や「魂」といったある種の神秘性をロボットが持てるか,それともそれらがロボットには欠落するか,という点に尽きる。この問題は,ハリウッドのSF 映画における見方と日本アニメ文化の見方で大きく分かれる。西欧キリスト教文明では,心を持つのは人間だけに限定され,動物には心はないと考える。ましてやロボットのような無機物の「魂」には「心」も「魂」もないと考える。一方,日本人は,路傍の石やモノノケなど森羅万象あらゆるモノに「モノの気」があると考えて来た。もちろん森羅万象の「気」「魂」「心」「意識」「自我」には様々な階層があるが,自然に対するそのような見方の下では,人間以外の存在も「心」や「魂」を持てることを,日本人は自然に受け入れることが可能になっている。 「ドラえもん」や「鉄腕アトム」のような「自律知」を持った「汎用人工知能」を実現するためには,2つの問題を解決しなければならない。人工知能のシステムに価値観を「植え付ける」という技術的問題と,その価値観はどういうものにするべきかという倫理的問題である。道徳論はいわば,人類の永遠のテーマとして扱われて来た。何千年も前から議論が続いているが,私たちはいまだ道徳論に対する「正解」を見つけられずにいる。汎用人工知能として日常生活に溶け込むロボット「ドラえもん」にどのような倫理観を植え付けるべきかという正解を見つけることは,今後ともに議論の余地を残す。軍事ロボットを開発する米国や中国と異なり,ロボットを平和用途に限定して用いる日本が果たすべき役割は大きい。いつの時代も問われているのは人間の倫理観である。

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