- 著者
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岩橋 宗哉
- 雑誌
- 福岡県立大学心理臨床研究 : 福岡県立大学大学院心理教育相談室紀要 (ISSN:18838375)
- 巻号頁・発行日
- no.6, pp.23-32, 2014-03-31
本論文では、文学、民俗学等の知見を踏まえつつ、対象関係論的精神分析の観点から、古事記中巻の垂仁記を検討した。 サホビメは、相手から語り出されたコトにそって、自らの思いを現実化しようとする点で、自己と対象が分化していない人物として描かれている。相手のコトと自らの思いの間でそれらを調整する<私>が欠如しているのである。 誕生以来発語のなかった第二の主人公ホムチワケは、古いものに殉じた反逆者サホビメを母親にもつ天皇の御子という境界的人物である。ホムチワケは、古く隠れたものの象徴である出雲大神の真意を理解し、相手を認め、語らうための言を発することで、言葉を獲得する。それは、失われたものを認め称える語らいによって新しいものと古いものを橋渡しする<私>の成立を示している。垂仁記では、二つのものの境界領域にあって、一方に同一化することで、<私>が欠如したり喪失したりするのではなく、<私>が形成するために対象と同一化して同じになることと同時に対象を異なる存在として認識することの重要性が示されている。