著者
塚本 紀子 小嶋 秀幹
雑誌
福岡県立大学心理臨床研究 : 福岡県立大学大学院心理教育相談室紀要 (ISSN:18838375)
巻号頁・発行日
vol.6, pp.85-91, 2014-03-31

福祉事務所で働く新人ケースワーカー(以下、CW)11名に対し、職務ストレスとその対処プロセスを半構造化面接法により調査した。結果は、質的に分析し、以下の仮説を生成した。CWは、配属直後から敬遠される職務であるという不安を抱く。実務により、訪問・対応の困難さや事務の煩雑さ、生活保護法や他法がわからないといったストレスを感じ、上司や家族の支援が十分でないと感じる。若い自分を意識し、自分だけではうまくいかないと感じ、仕事の悩みを一人で抱える。このような職務ストレスに対して、経験と共に対処スキルを向上させていくが、背景には、上司や同僚の支援、CW同士で辛さを共感できる職場環境がある。職務を継続するうち、徐々に自己内面が変化し、余裕ができ、価値観の違いを理解し受け止め、突き放した関心といった自己の変化も体験する。しかし、その過程で、プレ・バーンアウト状態に陥る者もいる。自己スタンスを確立できた者は、さらに自己バランスを構築しながら職務を継続する。
著者
本田 沙貴 吉岡 和子
出版者
ヨシミ工産株式会社
雑誌
福岡県立大学心理臨床研究 (ISSN:18838375)
巻号頁・発行日
vol.13, pp.3-13, 2021-03-31

本研究の目的は、まず、自己愛的脆弱性の特徴によって調査対象者が6つのサブタイプに分類されることを確認することである。次に、自己愛的脆弱性サブタイプによって友人関係の在り方にどのような違いがあるのかを検討し、各サブタイプが友人関係にどの程度満足しているのかを明らかにすることである。自己愛的脆弱性の得点によりクラスター分析を行った結果、6つのサブタイプを見出し、想定した2つのうち1つが抽出された。次に、自己愛的脆弱性サブタイプと友人関係の在り方について検討した。友人と自分の役割を対等と考えている一方で、「自分で不安や衝動をコントロールできないので誰かに調整してもらおうとする」特徴を持つサブタイプは、友人の方が自分よりも役割を果たしていると感じており、実際に自分がしていることに自信がないことが推察され、自分が役割を果たせていないと考えていることが示唆された。そのため、友人との関係を深めることに戸惑いを感じている可能性がある。そして、各サブタイプが友人関係にどの程度満足しているのかについては、有意差は見られなかった。友人関係への満足感が60点以上の者が大半であり、思い浮かべた友人は、親密度が高い者であったことが理由の1つであると思われる。
著者
池 志保 池永 真義
雑誌
福岡県立大学心理臨床研究 : 福岡県立大学心理教育相談室紀要 (ISSN:18838375)
巻号頁・発行日
vol.9, pp.75-85, 2017-03-31

本研究は,心理学と美術教育学の研究者共同で創造性研究に取り組むことを試みたものであり,大学生の創造性を発揮させる教育者の態度にはどのようなものが有効か,美術の対話型鑑賞を用いて,本人の資質と環境との相互作用を念頭に心理学的に探索し,検証していくことを目的としている。九州地方A大学大学生(男性2名,女性8名,平均年齢21.1歳,SD=0.74)を対象に,2015年12月中旬,大学の附属研究所にて対話型鑑賞を通した実験を行った。その際,創造性を測る目的で,対話型鑑賞前後にバウムテストを実施し,結果をCFBS(Creativity Focused Baum-test Scale;池・山本,2015)の指標を用いて事例ごとに分析を行った。結果,自由な発想で作品を語り合える教育者の態度や学生との相互作用によって,大学生の創造性が賦活する可能性が示唆された。また,創造性に抑制的に働く非創造的態度は減退する可能性が示唆され,資質に関わらず学生の創造性が発揮される可能性が考えられた。
著者
寺嶋 愛 吉岡 和子
雑誌
福岡県立大学心理臨床研究 : 福岡県立大学心理教育相談室紀要 (ISSN:18838375)
巻号頁・発行日
no.9, pp.35-48, 2017-03-31

本研究では,娘が母親の情緒的関わりによって母娘の絆を築くことで安心感を得ることができたかどうかによって,娘の本来感や「いい子」を振る舞うかどうかが変化するのではないかと仮定し,娘の「いい子」の関連モデルを検討することを目的とした。女子大学生とその母親に対する質問紙調査を実施した結果,『「母親の情緒的関わり」という「母親から認められる」経験が娘の「安心感」の獲得につながり,その「安心感」を基に「母娘の絆」を築いていき,「お母さんは自分の欲求を満たしてくれる,信頼できる存在なのだ」という母親に対する信頼感を得られる。それによって「本来感」が得られ「本当の自分」を表出することが可能となる。』という一連の過程が経験できれば,『娘は「我慢」して「いい子」を振る舞うことなく「自分らしく」いることができる』ということが示された。娘が「いい子」を振る舞うかどうかには「母親の情緒的関わりによる安心感の獲得」が非常に重要であり,娘が成長し,自立へと向かう過程においても継続して重要な意味を持ち続けると考えられる。
著者
岩橋 宗哉
雑誌
福岡県立大学心理臨床研究 : 福岡県立大学大学院心理教育相談室紀要 (ISSN:18838375)
巻号頁・発行日
no.6, pp.23-32, 2014-03-31

本論文では、文学、民俗学等の知見を踏まえつつ、対象関係論的精神分析の観点から、古事記中巻の垂仁記を検討した。 サホビメは、相手から語り出されたコトにそって、自らの思いを現実化しようとする点で、自己と対象が分化していない人物として描かれている。相手のコトと自らの思いの間でそれらを調整する<私>が欠如しているのである。 誕生以来発語のなかった第二の主人公ホムチワケは、古いものに殉じた反逆者サホビメを母親にもつ天皇の御子という境界的人物である。ホムチワケは、古く隠れたものの象徴である出雲大神の真意を理解し、相手を認め、語らうための言を発することで、言葉を獲得する。それは、失われたものを認め称える語らいによって新しいものと古いものを橋渡しする<私>の成立を示している。垂仁記では、二つのものの境界領域にあって、一方に同一化することで、<私>が欠如したり喪失したりするのではなく、<私>が形成するために対象と同一化して同じになることと同時に対象を異なる存在として認識することの重要性が示されている。
著者
麦島 剛
雑誌
福岡県立大学心理臨床研究 : 福岡県立大学心理教育相談室紀要 (ISSN:18838375)
巻号頁・発行日
vol.8, pp.25-35, 2016-03-31

ミクロ経済学およびそれを含む標準的経済学では、個人および企業は常に合理的行動(最大利得のための振舞い)をとることが大前提となる。一方、行動経済学は、人間および動物の行動には最大利得に向かわないバイアスがあることと、生産消費行動の基盤になる価値が必ずしも金銭的・経済的価値だけで規定されるものではないことを示し、経済学的法則性には心理学的要因が強く関与することを示した。心理学的現象は神経メカニズムとの関係が示唆され、その解明が進展しており、経済学的行動もその神経基盤の解明が始まった。神経経済学は、神経科学と経済学および心理学とを結びつけた領域であり、不確実な状況での選択行動や意思決定等に関する神経機構を検討する分野である。神経経済学は、応用的分野の理論的基盤を築く可能性を持ち、また応用的分野に視座を与える可能性がある。例えば、発達障害に対する心理臨床的援助に対して、衝動的選択の頻度を減らしてセルフコントロール選択の頻度を増やすための応用行動分析に活用できるであろう。エネルギー政策・環境政策の策定に対しては、超長期利得とそれよりは短い中長期的利得との間で合理的に比較検討する視座を与えるであろう。また、企業等の組織経営や労働政策の策定に対しては、仕事の意味づけ等の価値と金銭的価値とを合理的に比較検討する視座を与えるであろう。
著者
麦島 剛
雑誌
福岡県立大学心理臨床研究 : 福岡県立大学大学院心理教育相談室紀要 (ISSN:18838375)
巻号頁・発行日
vol.6, pp.137-144, 2014-03-31

注意欠陥多動性障害(attention deficit hyperactivity disorder:ADHD)は、不注意、多動性、衝動性を主症状とする発達障害の一つである。ADHD治療薬atomoxetineにより阻害されたnoradrenalineトランスポーターが前頭前野のdomapime濃度を上昇させることによってADHD症状が緩和されるとされ、前頭前野ではdopamine 神経終末上のdopamineトランスポーターが少ないために再取り込みの役割をnoradrenalineトランスポーターが代行していると考えられている。事象関連電位は刺激の物理特性のみならず、内因的な認知処理も反映する。その一つのミスマッチ陰性電位(MMN)は、注意を必要としない条件下でも惹起されるため、前注意過程を反映すると考えられる。ADHD児では頭頂部のMMN振幅が有意に低く、頭頂と注意機能の関連が示唆されている。MMNの他、注意機能と関連のあるERPとしてP300、Nd、N2b、paired stimulationへの反応などが検討されている。自然発症高血圧ラット(SHR)を用いたMMNが検討され始め、対照系統で見られる皮質MMN様反応がSHRでは惹起せず、臨床知見がADHDモデル動物で初めて示唆された。またELマウスを用いた行動薬理学・行動経済学研究による衝動性の検討も開始され、今後の進展が期待される。
著者
岩橋 宗哉
雑誌
福岡県立大学心理臨床研究 : 福岡県立大学大学院心理教育相談室紀要 (ISSN:18838375)
巻号頁・発行日
vol.6, pp.55-73, 2014-03-31

本論文では、文学、民俗学等の知見を踏まえつつ、対象関係論的精神分析の観点から、古事記中巻の応神記を検討し、さらにこれまでの研究(岩橋,2014a,2014b,2014c,2014d,2014e)から、古事記中巻全体を考察した。 応神記については、衰退したコトの論理に代わって、調和や秩序を維持する原理として、人々を内側から制御する孝などの道徳や交わされた言への信頼が示される。 古事記中巻全体は、未知の領域に対する言事一致のコトの論理による万能的思考から、現実との接触によって現実についての認識を分化させながら、分化した2つに領域を渡すために<私>が形成されてゆく過程として、捉えることができた。最終的には、外部の未知に対しては、事象間の相互作用を理解し真実を求める<私>の動きへと、また、内部や人々に対しては、秩序と調和を維持するために、応神記に示された原理へと向かってゆく。 また、2つの分化した領域を渡すために<私>が機能するためには、対象と<異なること>、対象の存在を<認めること>、対象によって<信じられること>が重要であることなども示した。
著者
権 静香 小嶋 秀幹
雑誌
福岡県立大学心理臨床研究 : 福岡県立大学心理教育相談室紀要 (ISSN:18838375)
巻号頁・発行日
vol.7, pp.31-42, 2015-03-31

在日コリアン青年11人に、本名と通名の使い方についてインタビュー調査を行い、在日コリアン青年の名のり行動を形成するプロセスと、名のり行動と心理的葛藤との関連を明らかにした。名のり行動の形成には、<経験>、<イメージ>、<環境・制度の影響>、<重要他者の意識>、<意識>、<名のりに伴う感情>が関連していた。また、名のり行動において葛藤を示す人と、葛藤を示さずに現在の名のり行動を形成している人がいることが明らかとなった。本名を名のることでポジティブな経験をし、それによって本名に対するポジティブな感情を持ちながらも、本名を名乗ることによるネガティブな経験やネガティブな感情が同時に存在する場合、また、重要他者の意識が通名使用を促すものであり、かつ自分自身の経験や感情が本名に対してポジティブなものである場合、葛藤が生じるというプロセスが見出された。