著者
餅川 正雄
出版者
広島経済大学経済学会
雑誌
広島経済大学研究論集 = HUE journal of humanities, social and natural sciences (ISSN:03871444)
巻号頁・発行日
vol.41, no.2, pp.29-54, 2018-09

本研究では,最初に,遺産分割制度の3つの理念と4つの前提について考察した。遺産分割の理念としては,「公平」・「自由」・「安定」の三つがある。そして,遺産分割を実行するためには,次の4つの前提(premise)が確定していなければならない。遺産分割の第1前提として,「遺産分割の当事者が確定していること」が必要である。第2前提として,遺産分割の対象となる「相続財産の範囲が確定していること」が必要となる。第3前提として「遺言書の有無を確認していること」である。第4前提として,遺産分割の基準となる「各相続人の具体的相続分率が確定していること」である。本論では,この4つの前提のうち,第1前提の遺産分割の当事者の確定に焦点を当てて,次の5つの問題について検討を加えた。第1に,「遺産分割の当事者は,法定相続人だけなのか?」を考察した。遺産分割の協議に参加する当事者は,法定相続人だけではなく,共同相続人に準ずる当事者として,被相続人の書いた『遺言』によって遺産を贈与されるいわゆる受遺者(=割合的包括受遺者)や相続権の譲受者なども含まれることを明らかにした。第2に,「包括遺贈と特定遺贈の長所・短所は何か?」について考察した。「遺贈」とは,遺言書を書くことによって,相続財産を法定相続人以外にも与えることである。包括遺贈は,財産構成が変化しても対応できるという長所があるが,権利だけでなく義務(借金の返済義務)も課すことになるという短所がある。特定遺贈の長所は,借金などのマイナスの財産を引き継がないことであるが,短所は財産構成の変化に対応できないということにある。ただし,本研究では,遺言方式等についての詳しい内容の考察は割愛した。第3に,「遺産分割協議が不調に終わった場合にどうなるのか?」を考察した。多くの相続では,当事者間で遺産分割の話し合いが成立するため,争いは発生しない。相続人間で分割内容の合意が成立しなかった場合は,家庭裁判所での「調停」ということになる。多くの相続争いはこの調停によって解決する。それゆえに,それ以降のことは国民にとって関心が薄いと言える。本研究では,この調停で解決しなかった場合には,自動的に「審判」手続きとなることや,その審判に不服があるときには,高等裁判所での「審理」で最終決着するため,相続争いは,最高裁判所に持ち込まれることはないことを明らかにした。第4に,「相続人の選択権の保障はどうなっているのか?」を考察した。具体的には,相続の承認と相続放棄の区分について検討した。相続人が遺産を相続するか放棄するかの選択権は,3か月の熟慮期間が設定されている。筆者は,この熟慮期間は現実の相続を想定するならば,12か月程度に伸ばすべきだと考えている。第5に,「相続人の存否が不明のときはどうするのか?」という問題について考察した。相続人を探索しながら,同時に相続財産を管理清算する手続きを進めるために,相続財産を法人と擬制し,家庭裁判所は利害関係人又は検察官の請求によって,そこに「相続財産管理人」を選任し(民法第952条),相続人が出てくれば相続人に承継させることになっているが,相続人や特別縁故者がいない場合,最終的に国庫に帰属することを整理した。1.はじめに 1.1問題意識 1.2研究の前提 1.3筆者の立場 2.遺産分割の理念についての考察 2.1民主主義の私法原理 2.2遺産分割の3つの理念についての考察 2.2.1「公平」……相続人の間の公平性を確保する 2.2.2「自由」……相続人の自由意志を尊重する 2.2.3「安定」……遺産分割の安定性を確保する 2.2.4筆者の見解 3.遺産分割の前提についての考察 3.1遺産分割を実行するための4つの前提 3.2相続当事者の確定 3.3筆者の見解4.相続の開始から遺産分割の終了までの流れ 4.1『遺言書』の有無と遺産分割の指定の有無を確認 4.2当事者全員の合意に基づく「遺産分割協議書」の作成 4.3家庭裁判所での遺産分割調停の手続き 4.3.1調停委員2名が調停室で双方の言い分を聞いて調整 4.3.2調停委員は独立した公平な立場で客観的に判断 4.4家庭裁判所での審判手続きは訴訟と同じようなもの 4.5高等裁判所での審理 4.6「司法統計」から見るえてくる相続争いの現実 4.7筆者の見解 5.遺産分割当事者の確定についての考察 5.1共同相続人とは法定相続人のこと 5.2相続人に準ずる当事者の存在確認 5.3その他の当事者 5.4筆者の見解 6.包括遺贈についての考察 6.1包括遺贈の長所としての財産構成の変化対応性 6.2包括遺贈の短所としての負債の継承 6.3配偶者と一親等の血族以外は相続税額の2割加算 6.4筆者の見解 7.特定遺贈についての考察 7.1特定遺贈の長所としての負債の不継承 7.2特定遺贈の短所としての財産構成変化への対応力の弱さ 7.3筆者の見解 8.当然相続主義と相続人の選択権の保障についての考察 8.1民法で当然相続主義が採用されている理由 8.2相続人の選択権を保障する理由 8.3相続人の選択権は3か月の熟慮期間内に行使 8.3.1原則としての「単純承認」は意思表示不要 8.3.2相続人全員が共同して選択する「限定承認」 8.3.3相続の効果が遡及的に消滅する「相続放棄」 8.4限定承認の申し立て 8.5相続放棄と相続分の譲渡の違い 8.6筆者の見解 9.相続人の不存在と相続財産法人についての考察 9.1相続人が存否不明の場合の相続財産の管理・清算 9.2相続財産法人の成立と相続財産管理人 9.3筆者の見解 10.おわりに

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