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奉行人奉書にみる細川京兆家の政治姿勢 : 勝元期から政元期にかけてを中心に
著者
馬部 隆弘
出版者
大阪大谷大学歴史文化学科
雑誌
大阪大谷大学歴史文化研究
巻号頁・発行日
no.16, pp.84-60, 2016-03
言及状況
変動(ピーク前後)
変動(月別)
分布
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(9 users, 13 posts, 15 favorites)
『奉行人奉書にみる細川京兆家の政治姿勢』は何度も読み返している好きな論文ですが、"幕府の裁定が覆りそうになって初めて受益者が京兆家に追認を求めている"と、まさにそういう内容です。 https://t.co/iFJxbePJft
京兆家当主が「管領」の職に依ることなく幕政に多大な影響を及ぼしたことは、その形骸化と裏表の関係と考えますが、京兆家側の変化の経緯については、馬部隆弘先生の『奉行人奉書にみる細川京兆家の政治姿勢 : 勝元期から政元期にかけてを中心に』が参考になります。 https://t.co/iFJxbePJft
馬部先生によると、長洲庄の関連史料に頻出する藤岡秀友(藤岡後藤次)という人物は、薬師寺長盛の右筆を務めていたとのこと。藤岡氏は京兆家から配属された寄子であり、淀城の城主でもあった。多分これが『後法興院記』永正元年9月6日にある「与一在淀藤岡城」の件。 https://t.co/iFJxbePJft
「寺町太郎左衛門」で検索していて見つけた、馬部隆弘先生の論文。昨年発売の鈍器1号にも収録されていますが、Webでも読めたんですね。浜口誠至先生の「細川京兆家奉行人奉書による幕政の補完と代行」に続く内容のようで、冒頭のまとめも参考になります。安富元家情報もあり。 https://t.co/iFJxbePJft
収集済み URL リスト
https://ci.nii.ac.jp/naid/120006594269
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