著者
中村 久美
出版者
天理大学
雑誌
天理大学学報 = Tenri University journal (ISSN:03874311)
巻号頁・発行日
vol.71, no.1, pp.41-65, 2019-10

真珠はシェイクスピアにおいて特徴的な使われ方をしている。クレオパトラがアントニーとの晩餐で,王国が買えるほどの高価な真珠を酢に溶かして飲んだという逸話が大プリニウスの『自然博物誌』に記録されているが,シェイクスピアの『アントニーとクレオパトラ』にはこの有名な逸話は登場せず,逆にクレオパトラはアントニーから別れの餞別に真珠を贈られる。また,『ハムレット』では,国王クローディアスがハムレットの健勝を祝して盃に真珠を入れるが,ハムレットはその盃を口にすることはなく,母ガートルードがそれを飲んで死に至る。『リチャード3世』や『あらし』では,罪人の集めた真珠は当人の元に長く止まることなく,再び海の底に戻る。シェイクスピアにおいては真珠を所有する資格のない者や,粗末に扱う者には天罰が下るのである。このことは,真珠の価値が富にあるのではなく,その象徴するところの純潔と美徳にあることを示している。同時にそれは真珠好きで知られる時の女王エリザベスがスペインの無敵艦隊を破り,英国に富と繁栄をもたらしたことがエリザベスの純潔性に由来することを象徴的に示そうとしたものと解釈できる。象徴としての真珠の起源は聖書における「天国の門」「豚に真珠」の例にまで遡るが,その純潔,高貴,美徳のイメージは,中世の真珠詩人(Pearl Poet) にも引き継がれるなど,十字軍遠征以後ヨーロッパ中に広まり,「庶子」エリザベスが国内外に女王としての正当性をアピールするのに欠かせない道具であった。これを反映してか,シェイクスピア作中の人物が真珠をどのように扱うかは,その人物の善悪や貴賎を知る一種の試金石となっている。

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