著者
神谷 宣広
出版者
天理大学
雑誌
研究活動スタート支援
巻号頁・発行日
2014-08-29

ペルテス病(小児大腿骨頭壊死症)は大腿骨頭への血流不全により大腿骨頭の変形・圧潰をきたすとされ、歩行・起立困難となる難治性疾患である。国際的な報告から換算すると我が国では毎年小児600人に発症することが推定されるが本国での正確な疫学調査はない。発症の年齢幅は4歳から10歳に多く活発的な男児に多い傾向があるとされるが、スポーツ活動との因果関係も全く不明である。療育施設に入所して治療に3~4年を要したり、また、学童期に長期の免荷が必要となるため、学校生活・活動が制限されるだけでなく患者を支える家族に大変大きな負担を与える。それでも完全に治るとは限らない。これら病態発症や進行の機序は全く分かっておらず、有効な治療薬もない。対症療法として行われる免荷や手術方法はこの100年間大きく変わっておらず、有効である場合とそうでない場合が混在する。臨床的には病態が大きく悪化・進行する症例が多くあり、その予測が困難であることが挙げられる。本研究は、ペルテス病の病態を解明し、病態に基づいた治療薬を将来確立することを目的とした。本申請書では、その第一段階として、採取したペルテス病患者関節液を網羅的に解析することにより炎症起因物質(サイトカイン)の一種であるインターロイキン6が特異的に上昇していることが確認された。この知見は、ペルテス病患者の股関節MRI検査所見において、関節液貯留や滑膜炎が見られる結果を強く肯定するものであった。さらに、股関節関節液にインターロイキン6を分泌する組織として、関節液に接する関節軟骨が大きく関与している可能性が示唆された。ペルテス病の病態に炎症起因物質が関与している報告は世界的に初めてであり、本研究により今後ペルテス病の病態の理解が大きく進歩することが期待される(これらの新知見は国際論文にて発表した)。
著者
松田 美智子 南 彩子
出版者
天理大学
雑誌
天理大学学報 (ISSN:03874311)
巻号頁・発行日
vol.68, no.1, pp.79-105, 2016-10

高齢者福祉・介護にかかわる人材確保の対策は,これまでハード面からの支援策中心に行われてきており,ソフト面からの支援策すなわち対人援助職者の共感疲労に伴うストレスへの対処といった側面に焦点が当てられてこなかった。そこで本研究では,感情労働の視点から福祉・介護従事者を捉え,インタビュー調査の方法を用いて,高齢者福祉施設における介護・福祉従事者の感情的疲弊(共感疲労)とそれへの対処の現状を明らかにすることを目的とした。 最終的に作成されたストーリーは,「高齢者福祉施設に従事する福祉・介護従事者は,【感情労働】によってストレスフルな状態にあり,なかでも【援助者としてのストレス】や【職業人としてのストレス】によって【共感疲労】に至る可能性を孕んでいる。しかしながら,【職場の支え】や【自己覚知による学びと自己理解】や【それぞれの対処法】を駆使しながら,サポートシステムをうまく活用することによって,支援の報酬としての【共感満足】に変化させることが可能である」というものである。今後の課題として,支援者自身がストレスから来る感情的疲弊に陥らないために,疲弊の蓄積を早めにチェックする自己診断票等のツールの開発を行うこと,また,介護・福祉現場でサポートシステムが早急に整備されるべきであることが明らかになった。
著者
吉川 敏博
出版者
天理大学
雑誌
天理大学学報 (ISSN:03874311)
巻号頁・発行日
vol.68, no.1, pp.1-25, 2016-10

言語習得における「臨界期仮説」は,Eric Lenneberg(1967)がBiological Foundations of Language『言語の生物学的基礎』の中で提唱した仮説である。本稿では,この臨界期仮説について神経言語学から検証する。臨界期は,失語症や精神遅滞の子どもの母語喪失からの言語能力回復に関連づけた仮説であったが,第一言語(母語)習得に関連して立てられたこの仮説が第二言語(外国語)習得に当てはまるのか否かについて第二言語習得研究者の間では意見が分かれている。第一言語と第二言語の両方の習得に関して年齢による影響は認められているが,はたして臨界期なるものがあるのか,そして根本的な疑問点として言語習得に関わる臨界期とはどのようなものか,また,その原因は何か,と言った疑問に取り組み,この臨界期仮説についての先行研究を概観しながら第二言語習得との関係を論じる。 この臨界期は,子どもの成長と深く関わりも持つ脳の成熟スケジュール,脳の機能分化による可塑性(plasticity)と関係していると考えられるが,本稿では,一側化(lateralization)による脳の左半球と右半球に機能分化することによって,母語習得は右脳使用による暗示的習得メカニズムが働き,一方,第二言語習得では,認知機能をつかさどる左脳を中心とした明示的習得メカニズムが稼働するとする仮説を提案する。そして,脳科学研究から臨界期を少しでも明らかにしながら,脳の成熟による習得メカニズムへの変化が第二言語習得にどのような影響を与えるのかについて論じていく。
著者
長森 美信
出版者
天理大学
雑誌
天理大学学報 = Tenri University journal (ISSN:03874311)
巻号頁・発行日
vol.71, no.2, pp.1-32, 2020-02

壬辰丁酉(文禄慶長)の戦乱(1592~98年)によって多くの朝鮮人が日本軍に連れ去られた。朝鮮政府は,彼らを被擄人(被虜人)と呼び,その「刷還(送還)」につとめたが,17世紀前半までに帰国したことが確認できる被擄人の総数は6000人余りという。数万人とされる被擄人の大部分は異域・異国で暮らすことを余儀なくされたのである。被擄人のうち,有田・萩・薩摩などで陶磁器生産に従事した陶工や一部知識人等についての研究が蓄積されているものの,一般的な被擄人たちの定住過程については不明な点が多い。被擄人の大部分は自ら記録を残すことがなかったからである。本稿では,日本で洗礼を受けてキリシタンとなった被擄人の記録,すなわち,16世紀末~17世紀に日本で活動した宣教師の記録と17世紀前半の長崎平戸町の人別帳史料を通して,朝鮮被擄人が日本に連行され,定住していく過程を考察した。
著者
石村 広明 田里 千代
出版者
天理大学
雑誌
天理大学学報 (ISSN:03874311)
巻号頁・発行日
vol.68, no.3, pp.61-74, 2017-02

High school baseball has given us many dreams and inspirations in our country. However, it also holds many problems, and one is the issue of corporal punishment. The purpose of this research is to make comparisons with religious culture, which enforces corporal punishment and acceptance. An interview was held with 12 high school baseball related-persons with experience. 5 cultural elements were found as a result of the interview. They are the unsociable environment, the absolute pecking order, rational interpretation, the pursuit of victory and compromise and recognizing anew of the corporal punishment and the group mentality. These 5 elements are also functioning as a cultural device. In this composition, I would like to link these elements to a discovery of an educational way to eradicate the use of the cane.
著者
中村 久美
出版者
天理大学
雑誌
天理大学学報 (ISSN:03874311)
巻号頁・発行日
vol.66, no.2, pp.113-128, 2015-02

月と鏡はともに他者の像を反映するという相似の機能を担い,心理的にも互いに隣接する観念である。両者は地上の現実世界の反映であると同時に,異次元世界へと人を誘う扉でもあり,我々のなじみ深い世界にぽっかり空いた未知の世界,夢の世界への入り口である。しばしば絵画や文学作品の主題ともなり,重要な場面に欠かせない道具ともなる月と鏡であるが,これらは偶然というより,見かけの相似以上のつながりがあるのではないだろうか。西洋とわが国の文学作品を比較した時,その結びつきはより明らかになるが,東西の違いもまた浮かび上がる。月は西洋では不吉な事件の前兆となることが多く,日本では異界への入り口の象徴になることが多い。また鏡は西洋では現実の真実を現すのに使われ,日本では裏面の真実が語られる。
著者
石村 広明
出版者
天理大学
雑誌
天理大学学報 = Tenri University journal (ISSN:03874311)
巻号頁・発行日
vol.71, no.3, pp.41-57, 2020-02

In this paper, clarified the high school baseball culture that approve "pitching too much". One of the problems of high school baseball in Japan is "pitching too much". As a countermeasure, "pitch count limits" has not been implemented. Fans feel the appeal of "hometown" and "hard" in high school baseball. Such factors have created the ideal games for high school baseball. And fans think that "pitch count limits" loses the appeal of high school baseball. That's one of the reasons against "pitch count limits". However, it is clear that "pitching too much" has an adverse effect on the body of high school baseball players. This is a problem that should be tackled not only in high school baseball but also in the entire Japanese baseball world. High school baseball is the yearning and goal of many baseball boys and girls. And high school baseball has a great influence. The most effective reform is to change the high school baseball world. Even if the game of "pitch count limits" becomes basic, there is a possibility that a new appeal will be born there.
著者
桑原 久男 山内 紀嗣 日野 宏 巽 善信 飯降 美子 橋本 英将
出版者
天理大学
雑誌
基盤研究(B)
巻号頁・発行日
2008

本研究では、イスラエル、下ガリラヤに所在するテル・レヘシュ遺跡の発掘調査を3シーズンにわたって遂行し、前期青銅器時代の建築遺構(東斜面)、中期青銅器時代の壮大な城壁の一部(テル頂部西端)、初期鉄器時代のオイル・プレス(テルの各所)やカルト・スタンド、土製仮面などの宗教的遺物(テル下段北側)、鉄器時代の要塞建築(テル頂部)、ローマ時代の「ファームハウス」など、居住の歴史と様相に関する貴重な所見を得ることができた。
著者
古賀 崇
出版者
天理大学
雑誌
若手研究(B)
巻号頁・発行日
2013-04-01

本研究では、「政府のオープンデータをいかに保存し、その長期的アクセスをいかに保障するか」という観点での制度・政策的課題、および米国連邦政府を中心とした課題解決の試みを明らかにした。研究成果の中で提示したポイントは、以下のような点である。(1)「オープン・ガバメント時代」のもとで政府情報は「メディアとしての多様化」を示しており、その全体像を把握していく必要がある。(2)オープンデータが有する「機械可読性」を、保存においても考慮する必要がある。(3)政府のオープンデータや、官・民によるその加工物の保存は、「ガバナンス」すなわち官・民が交わる統治状況を遡及的に検証することにつながり得る。
著者
石村 広明 田里 千代
出版者
天理大学
雑誌
天理大学学報 (ISSN:03874311)
巻号頁・発行日
vol.68, no.3, pp.61-74, 2017-02-26 (Released:2017-03-09)

High school baseball has given us many dreams and inspirations in our country. However, it also holds many problems, and one is the issue of corporal punishment. The purpose of this research is to make comparisons with religious culture, which enforces corporal punishment and acceptance. An interview was held with 12 high school baseball related-persons with experience. 5 cultural elements were found as a result of the interview. They are the unsociable environment, the absolute pecking order, rational interpretation, the pursuit of victory and compromise and recognizing anew of the corporal punishment and the group mentality. These 5 elements are also functioning as a cultural device. In this composition, I would like to link these elements to a discovery of an educational way to eradicate the use of the cane.
著者
夏目 漱石 JAMET Olivier
出版者
天理大学
雑誌
天理大学学報 (ISSN:03874311)
巻号頁・発行日
vol.68, no.1, pp.123-132, 2016-10

夏目漱石の「創作家の態度」は,(明治41)年2月15日,東京朝日新聞社が主催する,朝日講演会の第一回と(して,神田美土町の青年会館で行われた。他の講演者三宅雪嶺,内藤鳴雪,杉村楚人冠らであった。 「文芸の哲学的基礎」と「文学論」の論点とは異なり,この講演では「物」と「我」の対立ではなく,「我」と「非我」の対立として問題を立て直している。 「我」を主とするものを「主観的態度」,「非我」を主とするものを「客観的態度」として,文学の様態を,既存の文学史やジャンル分けに拘束されない形で再編成している。 本講演のテキストはかなり長いものであるため,今回は(第四段)を紹介する。この続きは次号以降に順次訳出する予定である。
著者
吉岡 みね子 KOVITHAVATATTAPHONG Chotiros
出版者
天理大学
雑誌
基盤研究(B)
巻号頁・発行日
2002

平成14年度〜平成17年度実施計画にそって研究を実施し、目的としていた極めて貴重な以下の研究成果を得た。また本研究成果を基盤にしたさらに高次元の課題で、本研究の集大成化を図る今後の研究方針が得られたことは、今後の国の内外の研究に少なからず資するものと確信する。1.学術資料としての文芸誌の調査、収集、再評価を図る実証的研究、及び研究対象の原本、文学作品、関連文学作品、文献史料の調査、収集の成果所在不明であった当該文芸誌『アクソーンサーン』や『ワンナカディーサーン』について、その所在、内容(発行年、巻、号数等)の確認ができ、マイクロジャケットで入手後、CD化した。また関連文芸誌『エーカチョン』、『スパープブルット』、『セーナースックサー・レ・ペーウィッタヤーサート』、『ラックウィッタヤー』をマイクロフィルムで入手、研究対象の原本、文学作品、関連文学作品、文献史料についても調査と収集を積極的に図り、成果を充実化させた。2.タイ側共同研究者、及び国の内外の専門家より助言、レクチャーを聴講資料の入手、分析、考察、研究成果の公開等についてタイ、及びイギリスの専門家より助言、レクチャーを拝受し、また意見交換を行った。3.思想、文化、歴史観点からの新しい研究アプローチによる分析、考察、及び研究成果の公開上記入手資料を分析、考察し、成果の一部を英文で執筆した。また研究内容の充実と国際化を図るため、研究過程での成果、及び関連作家について国の内外で発表した(2003年、タイ国立開発行政大学院大学他)。さらに国際学会EUROSEA(2004年)をはじめ、国の内外の学会、研究会に積極的に参加し、研究の視野を広げ、学際研究の向上に努めた。4.関連作家の文学活動追究:セーニー・サオワポン作『敗者の勝利』の翻訳出版学術界のみならず、研究成果の社会への還元、及びタイ、日本両国の友好と文化理解促進という観点から、タイ文学史上の上記名作を翻訳出版した。
著者
服部 志帆
出版者
天理大学
雑誌
基盤研究(C)
巻号頁・発行日
2019-04-01

本研究では、屋久島の狩猟活動の変遷を具体的に明らかにし、今後の展望を開きたい。まず、狩猟活動の変遷を、島外からの政治経済的な需要や島内からの文化的な需要の影響をふまえながら分析する。次に、2010年ごろから猟師のあいだで深刻化しつつあるコンフリクトや、近年若い世代の猟師が開始したジビエ販売やお土産物の商品化、非営利のジビエレストランの運営、屋久犬の保存会といった新たな動きを明らかにする。そして、環境政策やジビエブームなどと併存しながら、屋久島の人々が世界遺産と狩猟文化を維持していけるような方策を検討する。
著者
北森 絵里
出版者
天理大学
雑誌
基盤研究(C)
巻号頁・発行日
2004

本研究の対象は、ブラジルの都市において1990年以降、貧困層の若者から大きな支持を得ているヒップホップという音楽とスタイルである。研究の目的は、この研究対象の実態を明らかにすることを通して、貧困層の若者がどのように自己を表現しアイデンティティを構築しているかを考察することである。ブラジルのヒップホップは、米国のヒップホップを土着化した音楽とスタイルである。リオデジャネイロでは、それは「ファンキ」と呼ばれ、サンパウロでは「ヒッピホッピ」と呼ばれる。両者に共通するモチーフは、若者が日常的に経験する貧しさと社会的排除の実態および犯罪である。都市の貧しい若者のアイデンティティの構築にとって、これらのモチーフは根本的であることが理解できる。一方、リオデジャネイロのファンキに固有の特徴は、2000年代以降、ファンキの歌詞に快楽と暴力の強調が見られる点である。サンパウロのヒッピホッピに固有の特徴は、人種デモクラシーに対する批判とネグリチュードの主張である。両者にはこのような違いが見られるが、どちらも政府や富裕層に対する批判性であり、かっ貧しい若者が、社会において自ら「内なる他者」であろうとする点である。したがって、ブラジルのヒップホップの社会的文化的な意味は、貧しい若者が社会において自らを差異化することによって、支配層を排除し彼ら自身の世界の境界を画定することであると考えられる。今後は、米国をはじめ、アフリカ都市部およびラテンアメリカ各国のヒップホップとの比較研究を進めたい。
著者
山倉 明弘
出版者
天理大学
雑誌
天理大学学報 = Tenri University journal (ISSN:03874311)
巻号頁・発行日
vol.72, no.1, pp.29-57, 2020-10

1790年に初めての帰化法を制定した合衆国議会は,帰化の資格を「自由白人」であることとした。アメリカ人の境界を定めるのに人種という基準を用いていた162年間の始まりである。奴隷制の存続を巡って戦われた内戦の後に行われた革命的政治変革により,それまでの帰化諸法は改正され,帰化の資格に「アフリカ生まれの外国人とその子孫」であることを加えた1870年帰化法が成立したが,その審議において,奴隷制廃止運動の急進派のリーダーであった上院議員が帰化要件から「白人」の語を削除することを提案し,それが中国人を「アメリカ人」の境界内に編入することを意味したために審議は大いに紛糾し,結局中国人の帰化は明示的に否定された。本論は,1860年代末までの帰化を巡る合衆国の動きを法的な側面を中心に概観したうえで,1870年帰化法審議の歴史的意味を考察する。
著者
中祢 勝美
出版者
天理大学
雑誌
天理大学学報 (ISSN:03874311)
巻号頁・発行日
vol.68, no.1, pp.49-78, 2016-10

本論文では,バルバラの代表作のひとつであり,「独仏和解の歌」としても知られる『ゲッティンゲン』の成立を独仏文化交流の興味深い事例として捉え,両言語圏の史料を読み解く作業を通じて歌の成立背景に肉薄しようと試みた。この歌は,ゲッティンゲンでのリサイタル(1964年)で起こったハプニングや町の人々との交流が創作の強い動機になったが,論文前半では成立の経緯をいったん脇に置き,作品としての歌に向き合い,主に歌詞の分析を通じて,町の知名度が低いことを利用しようとしたバルバラのねらいを解明した。論文後半では,バルバラの『回想録』の問題点を示し,リサイタル実現に決定的な役割を果たしたペンカートを始めとする当事者に筆者が行なった聴き取り調査を踏まえ,ゲッティンゲン大学歴史学研究室に1950年代前半から醸成されていた本物のフランスびいきがバルバラの赦しを引き出す磁場として働いていたことを明らかにした。
著者
中袮 勝美
出版者
天理大学
雑誌
天理大学学報 = Tenri University journal (ISSN:03874311)
巻号頁・発行日
vol.72, no.1, pp.1-28, 2020-10

バルバラの代表作のひとつで,「独仏和解の歌」としても知られるGöttingenには,フランス語版のほかにドイツ語版(1967年)があり,作者は後者にも格別の愛着をもっていた。小論では,これまで十分な光が当てられてこなかったドイツ語版の成立を,独仏文化交流史における興味深い事例として捉え,さまざまな立場でドイツ語版LPの成立に関与した人々の具体的なやりとりを観察することで,1960年代半ばの西ドイツのポピュラーソング界におけるフランス志向について考察した。また,小論の後半では,バルバラがステージで初めてドイツ語版を披露したゲッティンゲンでの「凱旋コンサート」が実現した経緯をたどるとともに,バルバラが書いたオリジナルの歌詞とブランディンの訳詞を比較し,訳詞の特徴と訳者のねらいを明らかにした。
著者
中村 久美
出版者
天理大学
雑誌
天理大学学報 = Tenri University journal (ISSN:03874311)
巻号頁・発行日
vol.71, no.1, pp.41-65, 2019-10

真珠はシェイクスピアにおいて特徴的な使われ方をしている。クレオパトラがアントニーとの晩餐で,王国が買えるほどの高価な真珠を酢に溶かして飲んだという逸話が大プリニウスの『自然博物誌』に記録されているが,シェイクスピアの『アントニーとクレオパトラ』にはこの有名な逸話は登場せず,逆にクレオパトラはアントニーから別れの餞別に真珠を贈られる。また,『ハムレット』では,国王クローディアスがハムレットの健勝を祝して盃に真珠を入れるが,ハムレットはその盃を口にすることはなく,母ガートルードがそれを飲んで死に至る。『リチャード3世』や『あらし』では,罪人の集めた真珠は当人の元に長く止まることなく,再び海の底に戻る。シェイクスピアにおいては真珠を所有する資格のない者や,粗末に扱う者には天罰が下るのである。このことは,真珠の価値が富にあるのではなく,その象徴するところの純潔と美徳にあることを示している。同時にそれは真珠好きで知られる時の女王エリザベスがスペインの無敵艦隊を破り,英国に富と繁栄をもたらしたことがエリザベスの純潔性に由来することを象徴的に示そうとしたものと解釈できる。象徴としての真珠の起源は聖書における「天国の門」「豚に真珠」の例にまで遡るが,その純潔,高貴,美徳のイメージは,中世の真珠詩人(Pearl Poet) にも引き継がれるなど,十字軍遠征以後ヨーロッパ中に広まり,「庶子」エリザベスが国内外に女王としての正当性をアピールするのに欠かせない道具であった。これを反映してか,シェイクスピア作中の人物が真珠をどのように扱うかは,その人物の善悪や貴賎を知る一種の試金石となっている。
著者
箱田 徹
出版者
天理大学
雑誌
基盤研究(C)
巻号頁・発行日
2016-04-01

1970年代前半のミシェル・フーコーの著作を「戦争」概念に注目して分析することで、後に展開される権力論と統治性論が、フランス「68年5月」後の政治・理論状況と密接な関係にあることを改めて明らかにするともに、フーコーの権力や統治についての後年の議論を、近代社会の政治的統治の類型論であることを超え、社会を変革する主体の生成という角度から読み直す手がかりが、この時期のフーコーの理論的歩みのなかにあることを明らかにした。
著者
天理大学人文学会 [編]
出版者
天理大学
巻号頁・発行日
1949