- 著者
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吉良 智子
- 出版者
- 千葉大学大学院人文公共学府
- 雑誌
- 千葉大学人文公共学研究論集 = Journal of studies on humanities and public affairs of Chiba University (ISSN:24332291)
- 巻号頁・発行日
- no.40, pp.42-57, 2020-03
[要旨]近代日本の対外的文化戦略における「人形」は、人形に対するジェンダー観の変遷および「美術/芸術」の成立ともに変化してきた。前近代では男女問わず広く享受された人形は、近代国家における女性の国民化に必要とされた良妻賢母教育の媒介として使用された。一方で前近代以来の成人男性が楽しむ人形文化は、「美術/芸術」の枠組みからの疎外・吸収を経て、女児文化としての近代的人形観と交渉を重ねながら、百貨店という近代的商業システムの中で生き残った。 戦後アメリカ占領下の日本では食糧支援の「見返り物資」として、工芸品をアメリカ向けに戦略的に制作・輸出する計画が国家主導で立てられた。しかし成人男性が享受した「美術/芸術」的人形は対象からはずされ、かわって小児向けのセルロイド製人形が採用された。アドバイザーを務めた GHQ の女性将校は、百貨店のデザイナーという経歴を背景に、西欧的ジェンダー観に基づいて商業的成功が期待できる小児用玩具を選定したためであった。 対外的文化戦略構想から排除されたこの種の人形は、戦後工芸界の再編のなかで新たに創造された「伝統」に回収される。戦前において制御の対象だった女性性を帯びた人形観は、大量生産大量消費社会の中で、人形を享受する成人男性にとっての脅威となった。