著者
竹田 恵子 清原 悠 吉良 智子
出版者
東京女子大学
雑誌
東京女子大学紀要論集 (ISSN:04934350)
巻号頁・発行日
vol.73, no.2, pp.219-241, 2023-03-30

In this paper, we reveal the situation of education on gender/sexuality at Japanese art universities based on both qualitative and quantitative research.We conducted qualitative research from April to December 2021. We had 10 participants, including 5 students and 5 educators, affiliated with 5 universities. In our quantitative research, we found that the situation of gender consciousness varied greatly across universities. At the most enlightened universities, students do not feel a gender gap; however, some students revealed there were sexual assaults and sexual harassment at a few universities. At all the universities we investigated, gender education was not a compulsory subject and was fragmented. Some participants suggested that there was a gap in gender consciousness between male and female students. And an educator suggested that there was a high degree of homosociality between male educators and male students. Almost all participants do not know or use the harassment-prevention system at their universities, or otherwise answered that they cannot trust such systems provided by universities.We then conducted quantitative research from December 2021 to May 2022 at 8 universities and the number of valid responses was 161. Unfortunately, the proportion of male students who answered the quantitative research was too small (18 responses),even though the proportion of male students in fine art is about 30%. This suggests that some male students avoid gender-related issues.In our quantitative research, the data says the circumstance of creation for students is relatively good. On the other hand, the willingness to take gender/sexuality-related courses is generally quite high, with 77%(gender-related courses)and 80.7%(sexuality-related courses)of the respondents answering either “very much” or “fairly much” to the question of whether they would be willing to take such courses. However, the level of knowledge related to gender/sexuality was not high except for a few subjects. More than 50% of students say they cannot trust the harassment-prevention system in their universities. Moreover, more than 50% of students do not know about this system.Through this survey, we can fully recognize the need for gender/sexuality education, especially the need to open gender/sexuality-related courses, and the need for awareness-raising for harassment prevention.本稿では、2020~2021年度に実施した美術大学におけるジェンダー/セクシュアリティ教育の実態調査の概要と結果を示す。近年、芸術分野におけるハラスメントや、ジェンダー・ギャップが問題となり、統計的手法を用いた調査を行おうとする動きが高まっている(竹田2019;表現の現場調査団2022)。美術教育に関する先行研究においても、そもそも女性に対する美術教育は「良妻賢母教育」の一環として行われ、男子学生のカリキュラムにはない「手芸」的要素が含まれていたことが指摘されている(山崎2010)。戦後には国立の美術大学にも女性が入学できるようになり一見平等が達成されたかのようであるが、教員数・学生数のジェンダー比や、美術館に収蔵されている作品の作者、美術館の館長のジェンダー比などを確認すると、そうではないことがわかる(竹田2019)。本稿ではこの実態をさらに詳しく明らかにするために、質的手法、量的手法の両面から調査を行った。質的調査(インタビュー調査)は2020年4月から12月にかけて行った。量的調査(アンケート調査)は電子化し、2021年12月9日から2022年5月31日に実施された。最終的な有効回答数は161である。なお、学校基本調査の美術専攻において3割程度存在する男子学生であるが、量的調査に回答した男子学生の割合は18名(11.2%)で非常に少ない。このことから、男子学生のなかにジェンダーやセクシュアリティに関する事柄に対する忌避意識が存在する可能性がある。結果をつぎから示す。芸術創造環境は質的調査では、大学ごとあるいは大学内の学部・学科ごとにかなり異なることが示唆されたものの、量的調査ではおおむね良好であるという結果となった。また、質的調査においては男子学生と女子学生のジェンダーに対する意識の差、男子学生と男性教員とのホモソーシャルが指摘された。量的調査・質的調査の結果からハラスメント相談室やハラスメント防止ガイドラインの存在の認知度および信頼度に関しては改善の余地があると考えられる。ジェンダー/セクシュアリティ関連科目の有無についてシラバスを検索したところ、多い大学は49少ない大学は9という結果であった。さらにそれらの科目は必修ではないため、受講生の興味によっては、知識獲得水準に格差が出てしまう。実際、ジェンダー/セクシュアリティ関連知識のレベルは一部を除き高いとは言えない。一方ジェンダー/セクシュアリティ関連科目の受講への意欲は「とても思う」「まあ思う」をあわせて77%(ジェンダー関連科目)80.7%(セクシュアリティ関連科目)とかなり高い。またクロス集計の結果から、大学の友人・知人間での「ジェンダーの話題」と「セクシュアリティの話題が出る群の方が、ジェンダー/セクシュアリティの授業を受講したいと考える傾向が有意に高いこと、また「ジェンダーの話題」と「セクシュアリティの話題」の回答の傾向が似通っていることが確認できた。大学におけるジェンダー/セクシュアリティの話題の経験に応え得るものとして、ジェンダー/セクシュアリティ教育への需要が存在することを示す結果と言えよう。本調査を通してジェンダー/セクシュアリティ教育、特にジェンダー/セクシュアリティ関連科目開講および必修化の必要性、ハラスメント予防啓発の必要性が十分に認識できる結果となった。
著者
吉良 智子
出版者
千葉大学大学院人文社会科学研究科
雑誌
千葉大学人文社会科学研究科研究プロジェクト報告書 (ISSN:18817165)
巻号頁・発行日
no.279, pp.148-154, 2014-02-28

千葉大学大学院人文社会科学研究科研究プロジェクト報告書 第279集 『歴史=表象の現在』上村 清雄 編今日、「人形」は主に女児向けの「玩具」として認識されることが多いが、前近代においては、「女児のアトリビュート」として特殊化されたものではなかった。明治初期以前にも女性のライフサイクルに関わる「雛人形」なども存在したが、それは同時に公家や武士階級あるいは富裕な町人が、その社会的なステータスを示す事物でもあり、「女児の文化」だけに還元されない意義も備えていた。また、祭礼などに使用される「山車」や「菊人形」などは、むしろ成人向けの娯楽産業として成立していた。しかし、人形は、明治以降の近代的な教育制度や教育観の普及とともに、幼児教育という視点から論じられる傾向が強くなり、明治後期には玩具としての人形という認識が形成された。一方で、近代化にともない流入した西欧の概念にそった「美術」が形成された結果、「美術」「美術工芸」「工芸」などのカテゴリーが成立した。しかし、人形は分業体制などの制作工程が「近代的芸術家象」と一致せず、職人的な「伝統工芸」という位置づけをされ、「美術/芸術」の枠組みから外された。このパラダイムの転換を決定付けたのは、一九二〇年代末に始まる「人形芸術運動」だった。芸術としての人形の地位獲得を目指した人形師とコレクターによって始まった人間芸術運動は、数々の研究団体や同人店の開催、人形師とアマチュア作家の技術的交流などを経て、一九三六年の官展進出によりその目的を果たした。この運動は、人形に対する社会的な関心の高まりのほかに、当時女性の間に流行していた人形創作の意欲を巻き込みながら展開したことが、これまでに指摘されてきた。「手芸」の概念…p. 155の図版はリポジトリ未収録
著者
吉良 智子
出版者
千葉大学大学院人文公共学府
雑誌
千葉大学人文公共学研究論集 = Journal of studies on humanities and public affairs of Chiba University (ISSN:24332291)
巻号頁・発行日
no.40, pp.42-57, 2020-03

[要旨]近代日本の対外的文化戦略における「人形」は、人形に対するジェンダー観の変遷および「美術/芸術」の成立ともに変化してきた。前近代では男女問わず広く享受された人形は、近代国家における女性の国民化に必要とされた良妻賢母教育の媒介として使用された。一方で前近代以来の成人男性が楽しむ人形文化は、「美術/芸術」の枠組みからの疎外・吸収を経て、女児文化としての近代的人形観と交渉を重ねながら、百貨店という近代的商業システムの中で生き残った。 戦後アメリカ占領下の日本では食糧支援の「見返り物資」として、工芸品をアメリカ向けに戦略的に制作・輸出する計画が国家主導で立てられた。しかし成人男性が享受した「美術/芸術」的人形は対象からはずされ、かわって小児向けのセルロイド製人形が採用された。アドバイザーを務めた GHQ の女性将校は、百貨店のデザイナーという経歴を背景に、西欧的ジェンダー観に基づいて商業的成功が期待できる小児用玩具を選定したためであった。 対外的文化戦略構想から排除されたこの種の人形は、戦後工芸界の再編のなかで新たに創造された「伝統」に回収される。戦前において制御の対象だった女性性を帯びた人形観は、大量生産大量消費社会の中で、人形を享受する成人男性にとっての脅威となった。