著者
藪内 英子
出版者
日本細菌学会
雑誌
日本細菌学雑誌 (ISSN:00214930)
巻号頁・発行日
vol.58, no.3, pp.505-548, 2003

古来, 炭疽は畜産に甚大な被害を与えたのみならず, 農工業食品などを介してヒトの散発症例, 大・小規模の集団発生を記録してきた。近年先進国では恣意的でない炭疽症例は, ヒト・家畜ともに激減したが, 炭疽の病原菌 <i>Bacillus anthracis</i> はその病原性, 芽胞の耐久性と製造・運搬・撒布の容易さなどから生物兵器として密やかな脚光を浴びて来た。2001年9月のニューヨークでのハイジャック機自爆テロに引き続いて実行された<i>B. anthracis</i> 芽胞を混じた白色粉末郵送による生物テロは, 改めて世界の耳目をこの菌に惹き付けた。<br>今後の不測の事態に備えるため, 我々はこの菌種についてあらゆる意味での性格を熟知し対応策を立てておかねばならない。炭疽が疑われる患者の臨床検査から患者の迅速診断と迅速治療, 毒素の作用機序と分子生物学, 毒素の解毒方法, ワクチンならびに同種受動免疫抗体の開発・実用化など多岐にわたる知識と技術を具えた研究者群を確保していただきたい。<br>この総説では1864年の Davaine の論文から始めて2003年の Colwell の論説まで引用した。<i>Bacillus cereus</i> group の菌種の分類学上の問題点が未解決である事, 公的統計として発表されていない明治以降の本邦炭疽症例, 旧ソ連軍事施設からの芽胞漏洩による大惨事とその隠蔽, 多様な臨床病型などを比較的詳述した。毒素に関する記述を簡単な引用に留めた部分も少なくないが, 炭疽毒素の抗腫瘍効果も含めて, この総説から何かを得て下されば幸甚である。

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