著者
工藤 喜作
出版者
日本哲学会
雑誌
哲学 (ISSN:03873358)
巻号頁・発行日
vol.1959, no.9, pp.26-34, 1959

十七世紀は中世的桎梏を脱して自己の立場を確立しようとした哲学が、新しく勃興してきた数学的自然科学に喚起されて、「方法」の問題を積極的に取扱った時代である.この点スピノザも例外ではなく、幾何学的方法をもって自己の方法となした.単に幾何学の外面的な形式をその模範とし、最早証明せられない要素から、定義・公理を駆使して論証の体系を構成する外面的な方法と幾何学の内的な方法を哲学的認識に適用し、もって幾何学の内容とその内的合法則性或いは諸関係を哲学的存在の模範とする内面的方法があるとするならば、その両者ともスピノザの場合には幾何学的方法であった.外面的方法は周知の如くユークリッドを模範とし彼の主著エチカに於いて果されている.内面的方法に関しては彼の認識論の心身平行関係が等式と曲線との関係に於いて表現されていることから、デカルトの幾何学をその模範としていたことが主張されている.因みに彼はすでに一六五三年頃にはデカルトの幾何学を知っており、またそのテキストを二冊所有していた.だが幾何学的方法に関してのデカルトの影響は、単に心身関係を外面的に考察するだけでは充分ではない.むしろ精神と物体との内面的構造或いは内容から帰結されなければならない.この点彼の知性改善論の第二部を形成する定義論は、定義それ自身の論理-数学的構造を明らかにし、もって彼の実在的事物が如何に或いは如何なる幾何学によって構成されるかをその内面から示してくれる.<BR>スピノザに於いては形而上学的・物理学的・論理-数学的世界像は相互に区別されて考察され、またそれらから新しく再構成されることにより、その真の体系が樹立される.このため定義論は、物理学と並んでその体系樹立の一環として、彼がしばしば言明したところの真の観念による自然の再現の方法が, 如何なる論理-数学的秩序に基づいているかを示さねばならない.だが彼はよき定義の条件を知ることとその定義の発見法を知ることにその定義論を限定している.そして前者については定義の諸規則を設けて論じたが、後者に関しては充分に詳述せず、むしろ一種の混乱を惹き起しているように見える.しかしこれがためには知性についての充分なる知識を持たねば論及されないため、むしろこの問題は彼の認識論に於いて考察されねばならないものであろう.因みに彼の方法論は、知識の探求のための方法であるよりは、上述の如く体系を構成するための方法即ち自然を思想に於いて再現するための方法であるため、それは定義の発見を目指す方法というよりは、むしろ定義をその前提として出発する方法であった.彼が知性改善論に於いて挙げた定義の諸規則もその哲学の内面的要求より生じたものであり、その規則の適用は、結局その哲学を前提としそれを確証することに外ならない.<BR>定義に関してスピノザはアリストテレス・スコラ的な類・種差による定義を排した.この点彼はデカルトと軌を一にする.神をも定義しようとするスピノザは、アリストテレス派の論理学者の主張と同様に、最高類或いは最高の存在としての神が、類・種差によって定義されないことを認めた.しかし彼の場合、神が定義されなければ、それから生ずる他の一切の事物は理解されることも認識されることもできない.ここに彼はデカルトの影響をうけ、数学的な分類法・論理に基づいて、神並びに他の一切の事物を定義しようとする.かくて彼の定義論についての考察はその定義の論理的構造を明らかにし、もってそれを如何に実在的事物に適用したかを見なければならない.

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