著者
木村 涼子
出版者
Japanese Educational Research Association
雑誌
教育学研究 (ISSN:03873161)
巻号頁・発行日
vol.67, no.3, pp.302-310, 2000

本稿の目的は、そもそもフェミニズムが近代社会における「公私」の区別をいかにとらえたかを踏まえた上で、近年のフェミニズムと公教育に関する議論を検討することにある。20世紀初頭の婦人参政権獲得運動に代表される第一波フェミニズムの主張は、近代的な「公」の定義を前提として、「公」的領域への平等な参加を求めるものであった。しかし、1960年代以降の第二波フェミニズムは、「公私」間の線引き自体を疑問視した。「個人的なことは政治的なこと」という第二波フェミニズムの有名なスローガンは、「公私」の区別に対する批判を表明している。第二波フェミニズムは「公」領域のみならず「私」領域においても性差別が存在することを告発した。生活世界全体をつらぬく、男性優位の権力関係を問題にしようとしたのである。現在、フェミニズムは日本社会において市民権を獲得していると言われる。近年の議論の中では、かつて反体制運動であったフェミニズムが、今や権力側に身をおいているのではないかということを憂慮する主張もみられる。教育に関して言えば、フェミニズムは学校における性差別を告発し、女子にとっての学習環境の改善を要求してきたが、そうした運動は、初等教育から高等教育まで、さまざまな学校段階に影響を与えてきた。その結果、「男女平等教育」や「ジェンダー・フリー教育」といった名の下に、フェミニズムの公教育への制度化とよぶべき事態が生じてきている。公教育そのものを批判してきた第二波フェミニズムにとって、公教育内部へのフェミニズムの制度化は、内在的な矛盾となる。フェミニズムは、学習-教授プロセスに関して、独自の方法論を発達させてきた。第二波フェミニズムが重視する方法論は、たとえば、従来の教師-生徒間の序列的な関係を前提とした一方的かつ受動的な学習を拒否し、「個人的なことは政治的なこと」という原則に基づいて、学習者自身の主体性の確立やコンシャスネス・レイジングの実現を目指すものである。フェミニズムの観点から子どもたちは平等や自由や解放について学ぶべきという理念は、教師-生徒間の不均衡な権力関係が存在する学校の状況と矛盾せざるをえない。そうした矛盾を抱えつつ、男女平等をめざす教育のゆくえはいかなるものになるのか。今後のジェンダーと教育研究の課題は、現在進行中の男女平等をめざす教育推進の実態と、それが何を教育現場にもたらしているのかを、実証的に明らかにしていくことである。

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