著者
野尻 亘
出版者
The Association of Japanese Geographers
雑誌
Geographical review of Japan, Series B (ISSN:02896001)
巻号頁・発行日
vol.65, no.2, pp.129-144, 1992
被引用文献数
1

わが国の地理学においては通勤の研究は主として都市圏の分析に応用されてきたが,海外の地理学においては,交通手段の選択の問題に大きな関心が示されている。それは特に非集計モデルの発達,社会交通地理学研究の進展によって,自動車を利用できない状況にある人々,移動制約者の空間行動に関心が向けられてきたからである。しかし,わが国では既存の統計の不備もあって,自動車通勤や自家用車普及率の地域的な違いは地理学研究では看過されてきた。現在でも1960年代より急速に進展したモータリゼーションの勢いはなお衰えていない。それと同時に,東京をはじめとする大都市圏に人口が集中し,衛星都市が外延的に拡大していく一方で,農山漁村や衰退産業地域の斜陽化は著しい。そこで, 1980年の国勢調査ならびに運輸省等の統計によって,全国各都道府県・都市の通勤利用交通手段の選択比率・世帯あたりの自家用車普及率を調べたところ次のような地域的なパターンがあきらかとなった。公共交通利用通勤者が自家用車利用通勤者を上回っているのは,東京・大阪の2大都市圏と札幌・仙台・名古屋・広島・北九州・福岡の広域拠点都市とその周辺の限定された地域に認められること。公共交通利用通勤者の比率が高く,世帯あたりの乗用車普及率が低いのは東京・大阪2大都市圏内の衛星都市に著しいこと。東京・大阪2大都市圏を除いた国土の大部分で通勤に最もよく利用されているのは自家用車であること。しかし,特に関東北部から中部地方にかけての日本の中央部において,自家用車の利用率と普及率が著しく高いのが目だつことがわかった。以上の結果は,過密する大都市圏においては,道路渋滞や駐車用地の不足が自家用車の保有や通勤利用の抑制要因となっていることを反映していよう。さらにわが国では,公共交通を利用して通勤することが一般的である大都市圏と,自家用車を利用して通勤することが一般的である地方中小都市・農山漁村との生活様式の違いが著しいことが確認できた。モータリゼーションは,利便性だけではなく,公共交通の衰退をはじめ,移動制約者などの交通弱者のモビリティ剥奪などのさまざまな問題を生じさせつつある。本研究は,基本的な事実を統計上から再確認したものにすぎないが,今後の交通行動研究の基礎資料とすべく,さらに1990年国勢調査のデータとの変化を分析することを予定している。

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