著者
田中 吉郎
出版者
The Association of Japanese Geographers
雑誌
地理学評論 (ISSN:00167444)
巻号頁・発行日
vol.15, no.10, pp.784-797, 1939-10-01 (Released:2008-12-24)

The method herein described is based on the principle of shading by oblique illumination. In working out this new method, however, the author investigated theoretically the intensity of light and shade or the configuration of brightness on a surface, and found a way of correctly representing on a map the brightness thus determined, justifying his view that the reasoning of the investigation should be based on realities, and that the method of drawing should be as scien-tific as possible, so that the resulting map may be exact and true to nature. The process of drawing may be explained with the aid of Fig. 3. The ground is first tinted grey, the contours in the light are then drawn in white, and those in the shade in black. The breadth of the contours, however, varies with the cosine of the angle θ between the horizontal direction of the incident ray and the normal to the contour at the point under consideration. It is shown that the configuration of brightness of the two cases, namely, the actual surface and the map, will resemble each other very closely, if the maximum breadth of the contours may be determined theoretically in terms of the brightness of the ground and of the contours. The advantages of the proposed method are: 1. The method gives a remarkable effect of relief. 2. The process of drawing is simple and scientific, and involves no ambiguity. 3. The maps afford at a glance a clear idea of the minor featuies, no matter how complicated, they may be, to say nothing of the general character of the country.
著者
田中 吉郎
出版者
The Association of Japanese Geographers
雑誌
地理学評論 (ISSN:00167444)
巻号頁・発行日
vol.15, no.9, pp.655-671, 1939-09-01 (Released:2008-12-24)
参考文献数
4
被引用文献数
3 1
著者
田口 雄作 吉川 清志
出版者
The Association of Japanese Geographers
雑誌
地理学評論 (ISSN:00167444)
巻号頁・発行日
vol.56, no.11, pp.769-779, 1983-11-01 (Released:2008-12-24)
参考文献数
11
被引用文献数
1 2

1981年8月24日午前2時12分頃,利根川支流小貝川の左岸堤防が,台風8115号のもたらした降水による増水のため,茨城県竜ヶ崎市内で決壊した.冠水域は竜ヶ崎市を中心に,約3,300haに及んだ. 筆者らは,冠水域内の165地点の標高点において,洪水痕跡から浸水流の最高水面標高の測定を行なった.また,氾濫時に撮影された空中写真の判読等によって検討を加えた結果,浸水流の挙動に関し,次のような知見を得た. (1) 浸水流は北上流,直進流,南下流の3つの主要な流下方向を有していた.このうち,最も水勢が強く,浸水流の主流となったのは南下流であった. (2) 浸水流は水勢の強い時には,地表面の起伏にあまり支配されずに直進するが,流心から離れるに従って,あるいは水勢が弱まるに従って,地表の低まりに追従する. (3) 論所排水は,洪水排水総量は多かったかもしれないが,浸水流の主要な流路ではなかった. (4) 江戸時代に築かれた内堤防の存在の有無が,今回の冠水域の拡大に,大きな影響を及ぼした. (5) 古文書など諸資料から,経験的な土地利用,防災対策を読み取り,活用することは,現代社会にとっても大いに重要である.
著者
市川 正巳
出版者
The Association of Japanese Geographers
雑誌
地理学評論 (ISSN:00167444)
巻号頁・発行日
vol.33, no.3, pp.112-121, 1960-03-01 (Released:2008-12-24)
参考文献数
16

狩野川台風に伴う豪雨によつて,狩野川上流地域に多くの山地崩壊が発生した.その分布密度の高い地域は,総雨量550~700mmの地域,とくに9月26日20-23時の降雨量分布にきわめてよく一致し,同種の岩石で占められる地域においても,雨量の多い地域にとくに崩壊が密集している.このことから,今次の狩野川上流域の山地崩壊は全く雨量型崩壊といえる.従来の研究では,崩壊した物質が, 1度の出水では100mの短距離運搬されるに過ぎないことが知られている.しかし,大見川上流筏場の軽石質砂礫層の大崩壊では,崩壊物質の98%が1度の洪水で数10km下流に流出したことが,原土と下流の洪水堆積物との比較によつて知ることができた. 洪水によつてどこに河岸の侵蝕と河床の堆積が発生するかは,そこの地形的特徴によつて決定することができる.すなわち,侵蝕堆積の地点における川幅と谷幅との比と,河床勾配との関係は第6図のようで,川幅/谷幅の比が大であつても,河床勾配が小であれば,その地点の河床に堆積が生じ,両者の比が小であつても河床勾配が大きい地点には侵蝕が発生する.このことから,ある地点の河床勾配に対応した川幅/谷幅の比を求めることができるので,洪水対策に重要な示さを与えることができるであろう.
著者
菊地 光秋
出版者
The Association of Japanese Geographers
雑誌
地理学評論 (ISSN:00167444)
巻号頁・発行日
vol.33, no.3, pp.184-189, 1960-03-01 (Released:2008-12-24)
参考文献数
2
被引用文献数
1

狩野川台風による東京地方の水害地域は,水害型と地形の上から, (A) 東部および東南部のデルタ地帯, (B) 西部の武蔵野台地上の地域に2大別される. (B) 地域はさらに3分され, (1) 武蔵野台地上に水源を持つて,台地上を貫流している白子川・石神井川・妙正寺川・桃園川・善福寺川・旧神田上水など,荒川水系の谷とその沿岸地域, (2) 排水溝幹線として利用されている灌漑用水路および元灌漑用水路の沿岸地域, (3) 武蔵野台地上に点在する窪地の湛水による浸水地域で,水路に沿つていない地域とすることができる.東京地方西部の台地上の水害では,山岳部に雨量が少なく,平野部に豪雨が集中したために,中小河川の氾濫が目立つて多く,また窪地の浸水が多かつた.東京西部の市街地における家屋密度の増大と,西部の近郊農村の住宅地域化は,近年目立つて大きくなつている.この住宅地域の拡張と,下水溝および排水路としての中小河川対策が,平行して行われていないため,豪雨の影響をうけて被害が大きかつた.東京西部の台地上における多数の浸水家屋のうち,新築住宅の被つた水害の多いのもいちじるしい特色である.
著者
久保田 雄大
出版者
The Association of Japanese Geographers
雑誌
日本地理学会発表要旨集
巻号頁・発行日
pp.100286, 2015 (Released:2015-04-13)

赤石山脈を通過するリニア中央新幹線のトンネル建設は、史上最大の環境破壊である。東京—名古屋間で約250 kmのトンネルを掘り、残土の量は6200 m3にのぼる。通気口、非常坑口もあちこちに掘られ、とてつもない範囲で環境に影響が出る。 その中でも一番の渦中にあるのは大鹿村だ。南アルプスに抱かれるような谷間集落が点在するこの美しい村は、過去50年間人口流出に悩まされて来たが、いま大鹿にのこって住んでいる人々は、不便な中にも辺境の村で暮らす幸せを持っている。移住者も増え、200人とも300人とも言われている。 大鹿村は10年以上リニアトンネルの掘削工事に悩ませることとなる。残土運搬ダンプの台数は、最大一日1700台という数字が示された。トンネル付近の沢では50~80%の水量低下、生活用水の影響など、アセスメントで示されたものだけでも生活に相当のダメージを与える。「リニアによるメリットは、大鹿村には、何も無い」。住民も、村役場も、JRでさえもこのことを認めている。 住民は、様々な方法で要望を伝えて来た。パブコメで。役場を通じて。環境アセスメントの手続きにのっとり、県知事意見書経由で。JRは、しかし、一度たりもまともな説明はなく、現場で工事が次々と始まっているのが現状である。 10月に国交省の着工認可が出て、工事に関係する東京-名古屋間の市町村すべてで、すぐに説明会が始まった。2014年11月10日JR東海が大鹿村で開いたリニア中新幹線の事業説明会には約300人の住民が集まり、質疑応答は延長に延長を重ね2時間半に及んだ。工事への理解を求めるJR東海に対し、住民からは「リニア計画は白紙に戻すべきだ」「山に手をつけなければ失われる命(山、水、動植物)はない」「風景は一度失ったら取り戻せない」など根本的な反論が相次いだ。今までJRが説明責任を果たして来なかった不満も爆発した。JRは「地元との合意がなければ、着工できないとおもっています」という言葉を繰り返した。議論はなく、結局は平行線に終わった。 11月下旬、JRは地区単位の説明会を行った。それも骨抜きの内容で「今後、詳しく説明します」に終始し、地主と直接交渉をし、集落の至近距離の土地を借り上げ、工事を着手している。 JRとの合意形成に住民が関わる最後の場として、大鹿村では、他の町村に先んじて「対策委員会」がつくられたが、突如「着工ありき」議論しかしてはいけないことになり、残土置き場をどこにするか、JRが議論するダンプの通行道ルートどの道にするかなど具体的な妥協案を住民がだしていくことが求められた。JR+政府⇒役場⇒住民という力でねじ伏せて行くやり方への不快感が、「対策委員会」メンバーの住民や村会議員からも聞こえてくる。 南アルプスを貫くトンネル工事や、残土処理に関しては、地元在住の専門家達が最も危険を警告していることである。世界でも造山運動が最も活発な南アルプスの掘削と、断層段丘である伊那谷での残土処理は、最近頻発する集中豪雨による災害の危険と隣合わせだ。国交省自身が、伊那谷のほとんどの場所が深層崩壊の危険地に指定しているので、矛盾している。アセスでは残土処理に関してはすっぽり抜けていて、地域に処理の方法を考えさせようとしている。責任を回避しようとしているように感じられる。自民党色の強い自治体では大量の残土で土地を造成する計画を既に進めているところもある。
著者
松原 宏
出版者
The Association of Japanese Geographers
雑誌
地理学評論 (ISSN:00167444)
巻号頁・発行日
vol.55, no.3, pp.165-183, 1982-03-01 (Released:2008-12-24)
参考文献数
19
被引用文献数
7 3

本稿では,私鉄資本による代表的な大規模住宅地開発である東急多摩田園都市をとりあげ,その形成過程や特徴に,開発主体である東急の動向がいかに具現化しているかをみた.その結果は以下の点に要約できる. (1) 東急主導の土地区画整理手法.この手法により東急は,少量で分散した土地買収状態でも,新線沿線の広域的開発を主導できた.しかも事業を代行することにより,新たに保留地を安価で大量に取得することが可能となった. (2) 人口定着策としての高密度開発.私鉄資本ゆえに新線の収益性を無視することはできない.そこで,東急は高密度開発を進めたが,一方で社会資本の不足を激化させることになった. (3) 遠隔地からの住宅地形成.東急は新線沿線各所に土地を所有していたため,地価上昇を見込んで遠隔地から分譲するという傾向がみられた. (4) アンバランスな土地利用の混在.東急は高級な一戸建住宅や分譲マンションを,地元地主は独身寮や賃貸マンションを建設したため,土地利用は無計画なものとなった.
著者
小林 岳人
出版者
The Association of Japanese Geographers
雑誌
日本地理学会発表要旨集
巻号頁・発行日
pp.100008, 2014 (Released:2014-03-31)

現代社会のあらゆる諸活動が安全かつ効率的であるためには、確実なナヴィゲーションが根幹に存在している。諸活動において「移動」は必須である。ナヴィゲーションでの失敗、いわゆる「道迷い」は、多くの諸活動において深刻な問題を引き起こす。道迷いは災害時や遭難などでは、命にかかわる問題となる。先の東日本大震災など自然災害に見舞われることが多い日本においては人々にとってナヴィゲーションは不可欠な技術であり、人間にとって「生きる力」、つまりライフスキルそのものである。こうしたことから、ナヴィゲーション技術は、学校における教育活動の中に位置づけることが必要である。これは、地理の学習指導要領の中の地図の学習に盛り込まれているように、地理教育に位置付けることがふさわしい。しかし、地理教育においてナヴィゲーションの学習に関する蓄積は乏しい。新学習指導要領実施に伴い、ナヴィゲーションの学習についての授業実践、教材開発、教育研究は喫緊の課題である。ナヴィゲーションの学習を地理学習の中で効果を上げるための方策として、ナヴィゲーション技術を競い合うオリエンテーリング競技からの知見を活用した。学習者はナヴィゲーション技術における効果を実感した。しかし、実践が選択科目クラスであり20名程度の少人数であるようにこの授業実践は限定された状況下でのものであった。今回の授業実践は発表者が受け持っている千葉県立松戸国際高等学校第1年次地理A受講者男子58名女子107名計165名及び第3年次地理B受講者男子12名女子20名計32名の合計197名を対象として行った。より普遍性を伴った授業実践にするためには、クラス単位の必修科目を念頭に従前の実践のほぼ2倍の人数である40人程度の生徒を対象にしての実践が可能であるかを見極めることが必要である。男女別の2種類のコースとして2名が同時にスタートすることによって、人数が増加した分も授業時間内での実施が可能となる。これは、コントロールの設置数の増加や地図印刷等については事前に十二分に準備時間をとることによって対応する。よって、スタートの処理とフィニッシュ後の処理が速やか行えるかが見極め点となる。これらについては第1年次の地理の授業実践にて見極めることができた。オリエンテーリング競技では地図を読みながら具体的に移動を伴うため、読図能力(技術力…知力)と移動能力(走力…体力)が問われる。そこで、移動能力を長距離走の能力、読図能力を地理の考査得点とそれぞれ対応させ、これらとオリエンテーリングの競技結果の関係を求めた。まず、各回の完走者と失格者それぞれの地理の考査の平均得点を比較した。男子では有意な結果は出なかったが、女子では完走者の地理の考査の平均得点が失格者よりも明確に上回った。次に完走者についてオリエンテーリングの各回の所要タイムと持久走及び地理の考査得点との相関関係を算出した。男子では地理の考査得点との相関関係が有意になった。女子では初回は地理の考査得点との相関関係が有意であったら、2回目以降は持久走との相関関係が有意になった。地理考査得点がナヴィゲーションに大きく関与している。女子ではまず完走するには地図読図能力が影響する。そして、完走者の中では持久走の能力が所要タイムに影響し、回を重ねるにつれてその影響は大きくなる。男子では地理の考査得点が所要タイムに大きく影響する。校内敷地という生徒にとって、よく知っているような場所にも関わらずこのような結果が得られたことは、地図の学習がいかに重要かを重く受け止める必要があろう。ただ、ナヴィゲーション技術は地図読図能力と移動能力それぞれを鍛えればよいということではない。相関係数の値からもわかるように説明力はそれほど大きくはない。移動しながら情報処理をする能力がナヴィゲーション能力である。ナヴィゲーションという野外でのスキルの習得が、学校内で通常の授業時間内での活動によって可能であり、効果的であるということの意義は大きい。学習指導要領解説地理の「見知らぬ土地を地図をもって移動すること」の真の意味での実践は、校外での活動にある。例えば宿泊を伴う林間学校のような活動や日帰りの遠足のような活動での一つとしてオリエンテーリング実習をすることなどがあたる。今回の研究の成果として、こうした活動における事前学習が校内でも十分に可能であるという点もあげられる。実際に授業での実習を経験した生徒の多くが他のところで是非オリエンテーリングをやってみたいと思っている。また地理の授業でオリエンテーリングというスポーツ競技を行うことによって持久力向上をめざす学習において保健体育科とのクロスカリキュラム的な効果やコラボレーションの可能性も追求できた。地理学習の他、他教科、校外活動、日常的な行動等に及ぶ有益な学習となるだろう。
著者
村田 陽平
出版者
The Association of Japanese Geographers
雑誌
地理学評論 (ISSN:13479555)
巻号頁・発行日
vol.75, no.13, pp.813-830, 2002-11-01 (Released:2008-12-25)
参考文献数
45
被引用文献数
2 3

本稿の目的は,従来の地理学ではほとんど検討されてこなかったセクシュアリティの視点に注目して,公共空間における男性という性別の意味を解明することである.日本のセクシュアルマイノリティの言説資料を基に,「外見の性」という性別に関わる概念を分析軸として検討する.まず「外見の性」が現代の公共空間といかに関連しているのかを考察する.次に,男性の「外見の性」に意味付けられる女性への抑圧性を検討し,その意味付けを行っている主体は,女性のみならず男性でもあることを示す.そして,公共空間における男性という性別は,「外見の性」が男性である状態を意味することを明らかにする.この知見は,日本における「女性専用空間」の意味を考える上で有意なものである.
著者
斎藤 叶吉
出版者
The Association of Japanese Geographers
雑誌
地理学評論 (ISSN:00167444)
巻号頁・発行日
vol.32, no.8, pp.432-442, 1959-08-01 (Released:2008-12-24)
参考文献数
11

福島盆地について桑園減少と果樹園増加の傾向,両者の関係,各地域の内部構造について調査した.その主な結果は次のごとくである. 桑園増加は1920年頃まで行われ,その後は停滞か減少をつづけた.これは暖地の桑園増加におされた結果である. 1929年以降の桑園増減形式では,南部は戦後も残存が多いが,減少をつづける型,東部も残存多く,最近やや増加傾向を示す型,その他の地域には減少をつづける型があらわれる. 桑園は根刈か中刈が多いが,ここは兼用桑園の北限にあるため,根刈は葉が軟弱となり,能率が悪い.交互抜採の中刈桑園がよい. 盆地の桑園は現在,梁川付近の阿武隈川氾濫原に多いが,県全体の分布中心地は,その西の阿武隈山麓丘陵地にある.福島県の桑園分布の中心は東に動いた形勢がある. 果樹園の増加は各果樹の古くからの中心地から周辺に広がつた形をとつている. 1929年以降の増加傾向をみると,最大の増加地域は盆地の中央部にあらわれ,西部から西北部がそれについでいる.これらは桑園減少の大きい地域と一致する.未結果果樹園の分布も果樹園増加傾向と似ているから,現在福島盆地にみられる地域分化は,今後いつそう深められそうな状況がうかがえる. 最初りんごは水田,梨は開墾畑,桃は河畔や丘陵の畑に入つたが,戦後,りんごは水田・普通畑・桃畑,梨は普通畑,桃は桑畑と開墾畑に多く入る.農業統計からみると,盆地中央部の果樹地域では水田と桑園が果樹園化し,その他は桑園からであるが,桑園の減少した面積を果樹園と普通畑,ときには水田も加わつて,地域ごとに異なる割合でで蚕食している.開墾畑の果樹園化も考えられる. 藤田・保原・福島・微温湯を結ぶ線は,果樹作と他の形の農業との競合線にあたる.その線の内外で農業目標を異にし,内部溝造にも影響がおよんでいる. 盆地は農業の地域分化が明らかである.未結果果樹園率からみて,甲府盆地・長野盆地ほど果樹園化が活発でなさそうに思えるから,この地域分化は当分の間存続しそうである.
著者
阿賀 巧
出版者
The Association of Japanese Geographers
雑誌
日本地理学会発表要旨集
巻号頁・発行日
pp.100088, 2016 (Released:2016-04-08)

<B>1.はじめに</B><BR> 地方都市の中心商業地では郊外化の進展とともに買回り品の供給機能が縮小する一方で,アニメ・コミック・ゲームに関連する商品を取扱う「オタク」系の店舗の集積地が形成されつつある.本研究はこの地方に新たに成立した「オタク関連商業集積」に注目し,商業集積研究の観点からその形成過程の解明と地理学的な位置づけを図った.<BR>そこで本研究は,全国スケールの商業集積形成の動向とオタク系ショップの出店動向を把握した上で,栃木県宇都宮市を事例として,2015年9月中旬から11月上旬にかけて聴き取り調査およびアンケート調査を実施した.宇都宮では,商業ビル「フェスタ」とその周辺にオタク系ショップが集中している.フェスタは2001年に若者をターゲットとしたファッションビルとして開業したが,2010年前後には売場の大半がオタク系のテナントで固められるようになった.当日の発表では,このフェスタの来店者に対して行ったアンケート調査の結果を中心に報告する.<BR><B>2.オタク関連商業集積の形成過程</B><BR>2000年代を通してオタク文化は若者全体に広く浸透し,新たに参入したライト層がオタク市場の多数派となった(オタクのライト化).「ライト化」に伴う市場の拡大はオタク系ショップに出店の機会をもたらし,特に低価格商品を取扱う全国チェーン店が地方進出を加速させた.その際,多くの全国チェーン店で郊外ではなく中心市街地への立地が志向され,かつ集積の利益を求めて互いに近接立地する傾向が観察された.また,「ライト化」は偏見に晒されがちなオタク文化に対して地域の各主体が持つイメージの改善にも寄与した.<BR>一方で地方都市の中心市街地では,若者をターゲットとしたファッションビルやファッションストリートが相次いで成立したが,次第にそれらファッション関連商業集積同士で競争が激化し,一部の経営者に差別化の誘因をもたらした.その結果,2010年前後からオタク系ショップの集客力を認識した商業施設の経営者によって,オタク系テナントが積極的に誘致されるようになった.この段階において,それまでは個々の店舗の出店戦略に基づいて自然発生的に形成されてきたオタク関連商業集積は,1つの商業施設の内部に「計画的」に形成される傾向が強くなったと考えられる.<BR><B>3.オタク関連商業集積の位置づけ</B><BR>まず,オタク関連商業集積は地方都市の中心市街地にあってなおも、買回り品的な性質を持つ商品によって広域の商圏を維持するということを指摘できる.店舗構成の面では,商業集積における全国チェーン店のウエートが高いという特徴が観察され,この点で個人経営者による小規模店舗が多数存在するとされる大都市圏のオタク街およびファッションストリートと対比される.さらに,商業施設の経営者はオタク系ショップにファッションと同じく広く若者を集客することを期待するため,地方のオタク関連商業集積はファッション関連商業集積に準じる存在と考えることもできる. <BR>また宇都宮の事例から,コアな消費者が商業集積を安定的に支える一方で,来店頻度は高いが支出額の少ないライトな消費者が来店者の多数を占めることが明らかとなった.地方都市の「オタクの街」は「ライト化」した現代のオタク市場の特徴を強く反映し,オタク文化を好む若者の交流の拠点として機能しつつある.
著者
鏡味 完二
出版者
The Association of Japanese Geographers
雑誌
地理学評論 (ISSN:00167444)
巻号頁・発行日
vol.25, no.1, pp.1-14, 1952-01-01 (Released:2008-12-24)
参考文献数
23

There are many different nominations of mountains in Japan. The author picked up here only the last syllables of the mountain-name. He count, ed More than seventy sorts all in Japan. Among them, “-yama”, “-také”, “-mori”, “-miné”, these four sorts of calling are definitely more frequent than the others. Hence he took in this paper the distribution and meaning oof these four suffixes. This study consists of two parts, the one is title significance and history of these four sorts, and the other is the historical geography of their distribution and meanings. . They are described as follows. “Yama” is the name that has existed from the ancient time throughout the history of the Yamato race. It distributes widely all over the country and are attached to the highest Mountains as Fujino-yama as well as to the lowest hills as are seen everywher. “-Miné” has long a history as “-yama”, since the earliest time of the Yamato race. Many of these names are found in the famous poetical works, such as Mannyo-shyû. But now “-mine” has become less common because it changed its conceptionn into the meaning of mountain-ridge or tower-shaped peak. It does not distribute so widely as “yama” in the whole country, but is found rather densely is the districts that indicate the past Yamato race's domain and decreases in the marginal areas. “Také” is later in its history of development than “-mine”, but its distribution covers the whole country. It may be remarked that “-také” has a linguistic influence from continent. This development of “-také” was taken in the period of Nara dynasty. Having no distribution within the district of “-miné” and “-sen” (“-sen was existed from ancient times as “-miné”), “-také” has a blank area in the district of “-mine” and “-sen”. (Fig. 4) This district coincides with the area of the earlier period of Yamato dynasty. (Fig. 10) And “-také” is found on the rocky mountain. “-Mori” has its origin in Ainu and Korean languages, perhaps the former influence was more definite. These names are almost found on the round topped peaks, and its distribution, according to the Law of Baxter, is made up from three districts as no distribution area in the centre, “-mori-yama” region in the intermediary, and “-mori” region in the outer part of Japan.
著者
村山 良之 八木 浩司
出版者
The Association of Japanese Geographers
雑誌
日本地理学会発表要旨集
巻号頁・発行日
pp.100225, 2014 (Released:2014-03-31)

1. 2012年土石流災害と本実践の目的 2012年5月5日,アンナプルナ連峰のセティ川沿いで大規模な土石流災害が発生し,72名が死亡または行方不明となった。標高7,000m以上のアンナプルナⅣ峰直下で発生した岩盤崩落は,岩屑なだれ,土石流へと変化して60km流れ下った。発生当日は快晴であり,土石流が迫っていることを下流川の住民は認識できなかった。被災したのは,好天下の河床で採石,採砂の作業者,農耕用家畜を水浴させていた農民,河床に作られた温泉に入浴中の旅行者であった。八木らは聞き取り調査から以下を明らかにした。 高台にいて被害を免れた山麓部の住民は,土石流が来る30分前頃(崩壊発生時刻頃)から,山の方からの振動や爆音,煙状の雲の発生,冷たい風の吹き抜けなど様々な異変に気づいていた。しかしそれらが何わからず,土石流を見てやっと認識するに至った。 地変を目撃した観光遊覧飛行パイロットは,空港管制官に通報し,管制官は地元のFMラジオ局に連絡した。大崩落発生から1時間後に土石流が到達したポカラ市では,そのFMラジオ局が避難勧告を出したことで,犠牲者をかなり食い止めることができたようだ。 地変発生から時間的余裕の少ない大ヒマラヤ山麓部では,住民自らが予兆としての異変に気づき,迅速かつ適切な判断と避難行動を導く知識の普及が必要である。防災教育がこのような災害から命を守るための鍵であることが,明らかになった。 災害に対して脆弱な子どもは,防災教育の対象として重要である。大雨や地震にともなって高頻度で発生する土砂災害だけでなく,静穏時における低頻度だが大規模な災害を見据えると,次世代への継承も視野に入れた,子ども対象の防災教育が必要であり,学校の防災教育支援が重要であると考える。 本実践の目的を,児童が以下のように現象を正しく理解し適切な防災行動ができるようになること,とする。①地すべり,崖崩れ,土石流などの誘因として,豪雨,地震があることを理解し,普段より強い雨や地震の際には急な崖や川筋から離れる。②大雨や地震でなくとも山岳域で崩壊が発生すると土石流となって下流を襲うことを理解し,異様な振動,音などを察知して高台などに避難する。2. 実践の準備と工夫 2012年10月,発表者らは,土石流災害のあったセティ川沿いのカラパニKarapaniにある学校(Shree Annapurna Lower Secondary School,以後アンナプルナ小中学校とする)と,その西隣のモディ川沿いのセラベシ村(ナヤプールの対岸)の学校(Shree Navajyoti Tham Secondary School,以後ナヴァジョティ中学校とする)を訪問し,児童への土石流災害からの回避に関する防災教育を実施したい旨を伝えて,快諾をいただいた。 2013年9月,八木が両校を訪問して日程を確定し,上級学年対象については,NPO法人ネパール治水砂防技術協会のプロジェクトとして,下級学年は発表者らが行うこと等を確認した。 2012年災害を踏まえた上記の目的,対象児童の発達段階,学校の事情を勘案して,土砂災害とそれからどのように逃れるかを示す「紙芝居」と,土石流災害と地すべりの様子を示す「パラパラマンガ」を作成することとした。 紙芝居ののシナリオを発表者らが作成した後,山形大学マンガ研究会に作図を依頼した。その際に,頂部が白い急峻な山,麓の家とバナナ,当地の学校の制服を模した服装等を描いて,子どもたちに身近な話題と感じてもらうようにした。試作段階において複数回の協議を経て,作画を完成させ,また山形大学大学院教育実践研究科の院生諸君(修士1年)から助言を得て改善を重ねた。これをネパールに持ち込み,トリブヴァン大学地質学教室の学生とともにネパール語に訳して,紙芝居の裏に書き込んでもらった。3. 実践の成果と課題 2013年10月21日アンアプルナ小中学校,22日ナヴァジョティ中学校で,紙芝居による授業を,上記学生を授業者として,行った。 土砂災害という子どもにとって難解と思われる現象およびそれへの対処法について,マンガ絵の紙芝居という親しみやすい教材を用いて,さらにネパール人女子学生によるやさしい言葉での問いかけによる授業によって,子ども達は授業に集中できた。このことは,子どもたちの行動や表情,さらに22日の実践で描いてもらったまとめ(感想)の絵等から,明らかである。(まとめの絵については,さらに分析を進める必要がある。)また,両校の校長先生からは,防災教育の必要性を感じながらもどのように伝えるかわからなかったが,本実践が参考になったこと,提供された教材を今後の教育に利用したい旨,おうかがいした。 単発のイベントにとどまらず今後も継続すること,他の学校に広めることが,今後の課題である。
著者
安田 初雄
出版者
The Association of Japanese Geographers
雑誌
地理学評論 (ISSN:00167444)
巻号頁・発行日
vol.16, no.10, pp.657-672, 1940-10-01 (Released:2008-12-24)
参考文献数
25

It is prevailing rural landscape that Hasagi (trees on which the rice harvest is hanged to dry) spread over on low land in Hokuroku district. In Etigo, Hasagi are distributed all over the main delta plains composed of Agano, Sinano, and Ara-kawa. The plains of Toyama, Kaga, and Hukui that are compound alluvial fans, are dot-ted with regions of Hasagi, throughout all of which regions Hasagi are planted along creeks and foot pathes in a marshy rice field of swampy delta or margine of alluvial fan. No Hasagi are found in mountaineous regions and upper part of alluvial fan. As Hasagi shades the sunshine, there distribute artificial Hasa built after harvest, in the former, where materials for it are obtained near by. In the latter regions, rice crop is layed down to dry directly on the field drained when harvest is finished. Rainy season always visit Hokuroku in September or October as soon as the rice harvest is finished. On this reason how to dry is the most important concern to the farmers in this district. And Hasa is the best. method for this purpose. At marshy land of delta and margine of alluvial fan, alders and ashes are planted as Hasa-gi, for there are no materials to built artificial Hasa. Explanation of figures: Fig. 1 Distribution of dialects meaning Hasa ; Hasa, Haza, Hase, and Haze. Fig. 2 Diffusion of Hasa-gi in Kaitu plain, NE part of Niigata prefecture. Fig. 3 Damaged district by the flood of Oct. 1st, 1917. Fig. 4-7 Diffusion of Hasagi at plains of Kubiki, Toyama, Kaga, and Hukui respectively. Every figures except 1, shades show the density of Hasagi.
著者
米島 万有子
出版者
The Association of Japanese Geographers
雑誌
日本地理学会発表要旨集
巻号頁・発行日
pp.16, 2014 (Released:2014-10-01)

1.研究背景と目的 終戦後まもなく蚊の発生原因としてみなされていた彦根城堀の一部の埋め立ては,マラリア防疫の偉業として知られている(小林1960).しかし,その埋め立てが実際に蚊の発生を抑制した程度は不確かである.さらに,彦根城堀の埋め立てをめぐり衛生土木事業による歴史的景観を問題視する一部の住民組織と行政が対立した経緯も明らかになっている(米島2011).このような歴史的景観としての堀の環境衛生問題は,過去の出来事に限定されない.京都新聞の記事(2010年5月3日付 二条城が蚊の「大量発生源」?住民指摘、京都市が生息調査)によれば,2009年の秋に二条城北側周辺の住民から「蚊が多い」こと,さらに堀を蚊の発生源と指摘する意見が寄せられ,堀に環境衛生上の問題を懸念する意見が表明された.京都市は蚊の発生調査を実施し,記事が掲載された5月の時点において幼虫は確認できなかったとされている.しかし,住民の蚊の被害実態や堀についての歴史的景観としての評価ならびに環境衛生問題への懸念について明らかにされていない点が多い.そこで,本研究は郵送質問紙調査により,二条城周辺の住民の蚊による被害実態および蚊の発生をめぐって堀に対する意識を明らかにし,堀の景観保全と健康・公衆衛生との関係を検討する.2.研究方法 調査は,二条城北側の住宅地から蚊の発生に対する苦情が寄せられたことから,二条城の北側に位置し,堀川通,千本通,竹屋町通,丸太町通の範囲内にある,京都市上京区の12町を対象とした.調査票の配布対象は,これらの町内にある全住宅および事業所2,853軒である.調査票は,指定した地域のポストが設置されている住宅,事業所全て(郵便の受取拒否をしている場合を除く)に配布できる日本郵便のタウンプラスを用いて,2013年1月下旬に上記の町内全戸に郵送配布し,郵送で回収した.調査票の回収数は882通(30.9%)であり,そのうち自宅752通(85.3%),事業所70通(7.9%),自宅兼事業所47通(5.3%),その他7通(0.8%),無回答6通(0.7%)だった.3.結果 アンケート調査の結果,蚊による吸血被害に「毎日」あるいは「2,3日に1回」の高頻度で遭っている回答者が全体の48.2%を占めた.特に高頻度の吸血被害は,二条城の堀に隣接しない町(42.6%)よりも,堀に隣接する町(54.5%)の居住・勤務者の方が多い.また,自宅ないし事業所敷地内で蚊に刺されることについて,気になるという回答率は71.1%にのぼった.すなわち二条城北側の住宅地,とりわけ堀と隣接する町では,蚊に悩まされていることが明らかになった.京都市が二条城堀において蚊の発生調査を行った結果,蚊の発生は認められなかったことを伝えた上で,堀が蚊の発生源になっていると思うかについて問うたところ,高頻度で蚊の吸血被害を受けている人ほど堀が蚊の発生源と認識している傾向があった. 次に,二条城の堀から蚊が発生する疑いを受け,堀に対してどのような対策をとった方がよいのかについて質問した.ここでは,A:現段階で,堀から蚊が発生する可能性に備える場合,B:将来,堀から蚊の発生が確認された場合,C:将来,堀から発生した蚊からウエストナイル熱ウイルスが確認された場合の3つの状況を設定し,それぞれの好ましいと思う対策について回答を求めた.その結果,Aの蚊の発生がない段階では,将来の蚊の発生を未然に防止する対策には消極的であった.しかし,C堀から発生した蚊からウイルスが検出される状況では,「堀を埋め立てる」べきとの回答数が著しく増加した.他の質問項目と照らしてみると,地域住民は,城(建造物)と堀をひとまとまりとして,歴史的価値ないし観光資源としての価値を認めてはいるものの,感染症という脅威にさらされた場合には,彦根市のマラリア対策と同様に,健康・身の安全を守るためには堀を埋め立てる選択肢もやむを得ないと考える意見も多く示された.4.おわりに 蚊による被害を受けている人ほど堀を蚊の発生源としてみなしている傾向があり,堀の水の衛生環境が悪い印象を与えていることが考えられる.また,堀の景観上の価値を認めつつも,仮に堀が原因で健康に支障が生じる場合には,保全よりも堀の埋め立てを推進する意見がみられることから,彦根の事例と同様に堀の保全と衛生的と思われる環境の形成との間には,潜在的に対立しうる関係が認められる.歴史的景観としての堀の保全には,その景観が「衛生的である」ことにも配慮する必要がある.
著者
杉原 重夫
出版者
The Association of Japanese Geographers
雑誌
地理学評論 (ISSN:00167444)
巻号頁・発行日
vol.43, no.12, pp.703-718, 1970-12-01 (Released:2008-12-24)
参考文献数
24
被引用文献数
11 10

下総台地の西部を構成する地形面を,とくに関東ローム層の層序に注目して区分・対比し,台地の地形発達を明らかにした. (1) 関東ローム層をのせる地形面は,上位から下総上位面,下総下位面,千葉第1段丘,千葉第2段丘に分けられる. (2) 下総上位面は海岸平野,下総下位面は海岸段丘又は氾濫原平野,千葉第1段丘,千葉第2段丘は河岸段丘である. (3) 下総上位面,下総下位面の分布状態から,下末吉海進の海が海退に転じた直後の古東京湾中部における古地理を明らかにすることができた.古東京湾の海が南(東京湾方向)と北東(鹿島灘方向)に分化した時期は,少なくとも下末吉ローム層中部のPm-1軽石層堆積以前である. (4) 周辺諸台地との対比をおこなった結果,今まで下末吉面と武蔵野面の2段に区分されていた地形面は, S1・S2・Mの3面に分けられるべきことが明らかになった.このうち台地の主面として広く分布するのは, S1・S2面で,これまでの武蔵野面 (M面)は,ごく狭い地域にしか分布しない.
著者
山本 健太
出版者
The Association of Japanese Geographers
雑誌
地理学評論 (ISSN:13479555)
巻号頁・発行日
vol.80, no.7, pp.442-458, 2007-06-01 (Released:2010-03-12)
参考文献数
17
被引用文献数
6 2 3

東京におけるアニメーション産業の集積メカニズムを企業間取引と労働市場の実態分析により検討した. その結果, 企業間取引の特徴として, 業界内の受外注は短納期であり, 契約内容が明文化されないことが明らかになった. アニメーション制作企業は取引先企業の技術力と支払いに対する信頼を通して取引の柔軟性を得ている. そのため, 企業相互の関係構築が重要になっている. 一方, 労働市場の主な特徴はフリーランサーが業界の主要な労働力になっていることである. フリーランサーは不安定な就業状態におかれているが, 仕事を通じた縦の人的つながりによって技術を修得し, 仕事仲間の横のつながりによって仕事を得ている. したがって, アニメーション産業の東京集積は, (1) 相互間の知識と信頼に立脚した取引が可能となる同業他社との近接性, (2) 柔軟性に富んだ専門的な労働者の確保と再生産が可能な労働市場, (3) スポンサーとなる関連コンテンツ産業の集積, (4) 新規労働者を供給する専門学校などの相互連関により維持されていると理解できる.
著者
千葉 徳爾
出版者
The Association of Japanese Geographers
雑誌
地理学評論 (ISSN:00167444)
巻号頁・発行日
vol.45, no.7, pp.461-474, 1972-07-01 (Released:2008-12-24)
参考文献数
4
被引用文献数
3 2

1) 八重山諸島のマラリアは3日熱のほか,わが国に稀な熱帯熱マラリアを含む.著者はその歴史的消長過程を手がかりとして,風土病についての地域の諸構成要素の連関を分析し,やや詳しい記述を試みた. 2) この地域では,日光の照射を必要とするnopheles minimusが,熱帯熱マラリアの強力な媒介者として山麓の渓流・湧泉に棲息し,近世の開墾の進展と津波災害にもとつく森林の減少にともなって,日光を忌む比較的弱い媒介者, Anopheles ohamaiと交代した.近世中期以後にマラリアによる廃村化が急速に進行した1因は,かような生態的作用系列によると推測される. 3) 八重山諸島のマラリアのEndemicareaに,あえて住民を立入らせ,Pandemicな流行を出現させた作用は,近世から明治中期までは人頭税,太平洋戦中の軍による疎開命令,その後には人口過剰による移民促進という,地域外から及んだ社会的作用系列に属する. Endemicareaの地域的構造は,薬品によるマラリア原虫駆除の完了によっても,なお厳存していて,将来何かの原因でマラリア原虫が導入されれば, Pandemyが再現される可能性がある.
著者
阿部 康久 高木 彰彦
出版者
The Association of Japanese Geographers
雑誌
地理学評論 (ISSN:13479555)
巻号頁・発行日
vol.78, no.4, pp.228-242, 2005-04-01 (Released:2008-12-25)
参考文献数
18
被引用文献数
1 1

衆議院への新選挙制度の導入によって,個人後援会に代表される国会議員の政治組織が,空間的にどのような変容を遂げつつあるのかを長崎県を事例として検討した.並立制導入以降も,議員の多くは,新選挙区から外れた地区においても政治活動を行い,中選挙区時代の後援会組織を,基本的には維持している.その要因として,選挙区外の支持者であっても,選挙の際には支援を受けられるという点があるが,中選挙区時代の区割りが,現在でも議員や後援者の意識に,強い影響力を有しているという側面も指摘できる.これに対して,現在の選挙区が,交通アクセスが悪い諸地域から成り立っているところでは,中選挙区時代の後援会組織を維持することに消極的である.また,衆院から参院議員や知事に鞍替えした議員は,広大な選挙区をカバーする後援会組織を作ることが難しく,その空間的範囲は,衆院時代のものに限定されている.党派別に見ると,与党系の議員は,自前の後援会組織だけでなく,党所属の地方議員や支持団体からも支援を受けられるのに対して,保守系野党議員は,このような支援を受けにくく,従来の後援会組織に集票活動を依存する傾向が強くなっている.
著者
渡辺 和之
出版者
The Association of Japanese Geographers
雑誌
日本地理学会発表要旨集
巻号頁・発行日
pp.13, 2014 (Released:2014-10-01)

原発事故による畜産被害を聞き取りしている。2013年秋と2014年春に南相馬市で調査をおこなった。南相馬市には福島県内にあるすべての避難区域が混在する。20km以内の旧警戒地域は小高区にあり、旧計画的避難区域(2012年4月解除)や特定避難勧奨地点(以下勧奨地点)は原町区の山よりの集落に集中する。原町区の平野は比較的線量も低く、旧避難準備区域(2011年10月解除)となり、30km圏外の鹿島区では避難も補償もない。調査では原町区の山に近い橲原(じさばら)、深野(ふこうの)、馬場、片倉の集落を訪れ、4人の酪農家から話を伺うことができた。  南相馬では転作田を牧草地としており、いずれの農家も20ha以上の牧草地を利用する。このため、糞や堆肥置き場には困っていない。ただし、事故後牛乳の線量をND(検出限界値以下)とするため、30Bq以上の牧草を牛に与えるのを禁止し(国の基準値は100Bq)、購入飼料を与えている。  ところが、酪農家のなかには1人だけ県に許可を取り、牧草を与える実験をしている人がいる。彼は、国が牧草地を除染する以前から自主的に除染をはじめ、九州大学のグループとEM菌を使った除染実験をしている。牛1頭にEM菌を与え、64Bqの牧草を与えてみた所、EM菌が内部被曝したセシウム吸着し、乳の線量が落ちていた。  市内では震災を機に人手不足が深刻化しており、酪農家の間でも大きな問題となっている。南相馬の山の方が市内でも線量が高く、いずれの酪農家の方も子供を避難させている。妻子は県外にいて1人で牛の面倒を見ている人もおり、今までの規模はとても維持できないという。といって、少ない規模だと、ヘルパーも十分に雇うこともできず、牛の数を半分以下に減らした人もいる。  現地では地域分断よりも、地域の維持がより大きな問題となっている。ある酪農家は「続けられるだけまだいいと、今では考えるようにしている」という。「小高や津島の酪農家を見ていると、いつ再開できるのか先が見えない。農家によって状況も違うし、考え方も違う。どうやって生きて行くのか、その先の見通しを何とか見つけないと。事故がなくても考えなければいけないことだったかもしれない。ただ、無駄な努力をさせられたよな」とのことである。片倉では、小学校が複式学級になる。深野でも小学校の生徒が10人に減ってしまった。「避難先には何でもある。30-40代は戻ってこない。だから、昨年から田んぼも再開した。続けていないと集落が維持できなくなる」とのことである。  人がいなくなったことで獣害問題も深刻化している。山に近い片倉や馬場では、震災前からイノシシの被害はあったが、震災後に電気柵を設置したという。「電気柵をはずすと集中砲火を受ける。猿も定期的に群れで来る。あれはくせ者。牧草の新芽を食べる」という。  このような状況でありながらも、彼らは後継者不足には悩んでいない。週末になると避難先の千葉から息子さんが手伝いにくる人もいれば、息子が新潟の農業短大を卒業したら酪農をやるという人もいる。「酪農で大丈夫かとも思うが、牧草さえ再開できれば牛乳は足らないし、やってゆけなくはない」。また、「一度辞めると(酪農の)再開は困難。それ(息子が家業を継ぐ)までは今の規模を維持して行かないと」という。酪農仲間たちは、「親の背中を見てるんだねえ」とコメントしていた。