著者
百々 幸雄
出版者
日本人類学会
雑誌
人類學雜誌 (ISSN:00035505)
巻号頁・発行日
vol.95, no.1, pp.19-35, 1987
被引用文献数
24

最初に,眼窩上孔と舌下神経管二分の解剖学的および発育学的性質が再検討された.その結果,研究者間の誤差を少なくするために,眼窩上縁に存在し,しかも眼窩に開通するすべての孔(前頭孔と滑車上孔を含む)を眼窩上孔と記録することが適当であると考えられた.舌下神経管二分の判定に関しては,とくに問題になるような研究者間誤差が入り込む余地がないように思われた.この二形質とも,出現頻度が生後発育とともに増大するので,OSSENBERG(1969)の提唱する骨過形成的変異形質に分類してさしつかえないようであった.しかし,両形質の発現はほとんど独立に生じる,という結果が得られた.<br>次に,眼窩上孔と舌下神経管二分の出現頻度を,モンゴロイド38集団,コーカソイド37集団,ネグロイド4集団,オセアニアン13集団について比較した。その結果,眼窩上孔の出現頻度は明らかにモンゴロイド集団で高く,舌下神経管二分の出現頻度は,コーカソイドと北アメリカのモンゴロイド集団で高いことが明らかになった.二変異形質の出現率を組み合わせて集団の散布図を描くと,オーストラリア原住民,ネグロイド,コーカソイド,アジアのモンゴロイド,北アメリカのモンゴロイドの五つのクラスターが識別され,この二形質がヒト集団の大分類にきわめて有効であると考えられた.<br>最後に,近世アイヌと日本の先史&bull;原史時代集団における出現頻度を検討した.両形質の出現頻度をもとに集団の散布図を描くと,土井ケ浜および金隈弥生人,東日本および西日本の古墳人集団の分布は,現代日本人を含むアジアのモンゴロイド集団の分布範囲とほぼ完全に一致するが,北海道アイヌと東日本および西日本の縄文人集団はこれらから大きく離れて,一つのクラスターを形成する傾向にあった.このことから,土井ケ浜型の弥生人,古墳人および現代日本人は,遺伝的に密接に関連していることが推察された。<br>縄文人的な形態的特徴を有する西北九州型等の弥生人についてのデータがないので,性急な結論は差控えたいが,眼窩上孔と舌下神経管二分の出現型からみる限り,現代日本人の成立には,弥生時代から古墳時代にかけての大陸からの渡来集団の遺伝的影響が大いに関与しているように思われる.

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