著者
岡 真一郎 矢倉 千昭 緒方 彩 加来 剛 城市 綾子 濱地 望 木原 勇夫
出版者
JAPANESE PHYSICAL THERAPY ASSOCIATION
雑誌
日本理学療法学術大会
巻号頁・発行日
vol.2009, pp.A3O1033-A3O1033, 2010

【目的】高齢者が自立した生活を送るためには,下肢筋群の筋力を維持,向上させることが重要である.高齢者における下肢筋群の筋力低下は,歩行能力やバランス能力の低下によって転倒リスクを増加させる.また,転倒は頭部外傷や骨折などの原因となるだけでなく,転倒への不安や恐怖感から行動制限を引き起こし,ADL,QOLの低下を招くことが示されている.これらのことから,高齢者の下肢筋力評価による筋力低下の早期発見は,介護予防における筋力の維持,向上のために重要である.高齢者に対する簡易的な下肢筋力評価には,椅子からの立ち上がり動作を一定回数行ったときの時間,一定時間行ったときの回数を測定値とする椅子立ち上がりテストがよく用いられている.一方,同じ高さの椅子からの立ち上がり動作は,対象者の体重,下肢長など体格の違いによって力学的な仕事量に差が生じることから,立ち上がり回数や時間よりも立ち上がり動作の仕事率(立ち上がりパワー)で評価する方が下肢筋力を反映する可能性がある.そこで,本研究は,糖尿病予防セミナーに参加した壮年女性を対象に10回椅子立ち上がりテスト(Sit-to-Standテスト,以下STS)の立ち上がり時間(STS-time;STS-T)および立ち上がりパワー(STS-Power;STS-P)と等尺性膝伸展力との関係について調査した.<BR>【方法】対象は,島根県出雲市に在住する住民で,糖尿病予防セミナーに参加した女性47名であった.対象者の基本特性は,平均年齢58.3±4.9歳,身長1.55±0.1m,体重54.2±6.7kg,BMI22.6±2.7kg/m2であった.測定は,STS,等尺性膝伸展力の順で行った.STSの測定は,対象者に両上肢を胸の前で組ませ,両下肢を肩幅程度に開き,膝関節を軽度屈曲させ,高さ42cmの安定した椅子から立ち上がって座る動作を10回行った時間(STS-T)を2回測定し,その平均値を代表値とした.STS-Pは,椅子の高さから立位での重心位置までの仕事率とし,立位での重心位置を身長の55%として推定し,STS-P=(身長×0.55-椅子の高さ)×体重×重力加速度×立ち上がり回数/立ち上がり時間,の計算式で算出した.等尺性膝伸展力は,徒手筋力計(μTas F-1,アニマ社)を用い,対象者を診察台に座らせ,徒手筋力計の歪みセンサーをつけたベルトを診察台の支柱に固定し,歪みセンサーを下腿遠位部にあて,股関節90°,膝関節90°屈曲位での等尺性膝伸展力を左右交互に2回ずつ測定した.等尺性膝伸展力の代表値は,左右の最大値の平均値とした.統計解析は,SPSS 11.0J for Windows(SPSS Inc.)を用いて,STS-TおよびSTS-Pと等尺性膝伸展筋力との関係はPearson積率相関分析を行い,危険率5%未満をもって有意とした.<BR>【説明と同意】セミナー開始前,参加希望者から事前に書面にて説明と同意を得てから実施した.なお,本研究は島根大学医学部・医の倫理委員会の承認を得て実施された.<BR>【結果】STS-Tは,等尺性膝伸展筋力と有意な相関はなかったが,STS-Pでは有意な相関があった(r=0.37,p<0.01).<BR>【考察】本研究の結果,STS-Tは等尺性膝伸展力と有意な相関がなかったが,STS-Pでは有意な相関があった.身長から推定した立位での重心位置と体重から算出した立ち上がりパワーは,従来の立ち上がり時間による指標よりも下肢筋力を反映できるのではないかと考える.しかし,STS-Pと等尺性膝伸展力との相関は,r=0.37(p<0.01)と低かった.STS-Pの計算式における重心位置は,身長からの推定値を用いていることから,STS-Pの値に影響を及ぼした可能性がある.また,フィールド調査における徒手筋力計を用いた等尺性膝伸展力の測定では,シートやベルトによる体幹および大腿部の固定が不十分であり,発揮された筋力が部分的に歪みセンサーへの応力として伝達されなかった可能性がある.今後は,地域高齢者やリハビリテーション対象者に対する椅子からの立ち上がりパワーと下肢筋力との関係について,さらなる調査が必要である.<BR><BR>【理学療法学研究としての意義】椅子からの立ち上がり回数や時間を指標とするより,体格を考慮した椅子からの立ち上がりパワーは,地域高齢者やリハビリテーション対象者における簡易下肢筋力評価として有用になる可能性がある.

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