著者
岸本 泰樹
出版者
公益社団法人 日本理学療法士協会
雑誌
理学療法学Supplement
巻号頁・発行日
vol.2009, pp.E2Se2073, 2010

【目的】現在我々理学療法士は、医療報酬・介護報酬の枠組みの中で運営する病院や老健などの施設で働いている場合が多い。平成21年現在、一般の保育園、幼稚園で働く理学療法士は皆無といってよい。しかしながら、昨今全国的に展開される様々な分野の公的機関民営化の流れに伴ない、これまで医療・介護に関わってきた医療法人が保育園を運営する例も珍しくなくなってきている。一般の保育・教育の現場でも、障害を有さない健常な子供たちとの生活の中で、我々理学療法士に対する期待の声も高まっており、こうしたことは多職種協働を目標に掲げる我々が、なすべき役割を発揮するひとつのチャレンジなのかもしれない。今回、岐阜市内における保育園との1年を通じた関わりを経験したのでここに報告する。<BR><BR>【経緯】岐阜市内のA保育園はこれまで岐阜市が運営を担っていたが、市が推進する平成20年度の民営化改革より、これまで同市内において病院や老健を運営してきた当医療法人が管理・運営することとなった。同園は5歳児(年長)・4歳児(年中)・3歳児(年少)それぞれ1クラスと3歳未満児クラスを有する保育園であり、障害児の受け入れも積極的に進めている。また同園ではこれまで、いわゆる「体操教室」のような運動に特化する時間を設けておらず、園児の運動発達や身体能力に注目することが少なかった。そこで今回の民営化を機に園児への健やかな運動発達を誘導する一方法として理学療法士が派遣されることとなった。<BR><BR>【方法】同園内で隔週1回を基本とし身体を動かす楽しさと大切さを伝える「理学療法士による体操教室」を開催した。また通常の教室とは別に正常な運動発達をチェックする観点から、園児たち全員に対する運動機能評価(スポーツテスト)を行ない、子どもたちの運動能力の現状を確認した。得られた結果は保育士と共に分析を行ない、園全体で共有できるよう努めた。また同時に、日常の遊びや生活動作の中での運動発達状況を記録するシステムを構築した。さらに現在運動発達障害を有し病院などで治療を続けている子どもたちにおいては、担当の理学療法士との情報交換をしながら実際に保育園に来ていただき、園での日常生活における保育士の対応について指導もいただいた。<BR><BR>【説明と同意】今回の取り組みに関しては保育園側への十分な説明を行なうとともに、園児と保護者に対する理解と同意を得て計画的に実践にあたった。<BR><BR>【結果】スポーツテストの結果では全体的に当園の子どもたちの運動能力が低下傾向であることが確認された。中でもテニスボール投げや両足連続飛び越えのような全身の協応性を求められる項目でスコアが伸びなかったのは、これまで運動を指導されたことがない園児たちが今持ち合わせている基本的な運動能力を、発展的かつ巧に利用することが不得手であることをうかがわせた。また日々の発達を年間を通じて記録することは、客観的な変化を担当保育士が理解・共有することにつながり保育業務の一助となった。障害児への対応では、保護者との面談や通院先の担当理学療法士への訪問活動、担当理学療法士に日常生活での指導をいただくため園に招く活動などを通じ、これまで希薄であった保護者・保育士・担当理学療法士のつながりを強化する働きかけとなった。<BR><BR>【考察】少子化が進む現在、子どもたちの能力を伸ばすための働きに注力する保育園・幼稚園が増えてきている。医療法人がこうした運営を担うケースは今後増えてくると予想され、我々理学療法士に広がる新しい業界として展開される可能性が十分にある。そこでは、運動発達学的な視点をもとにした適切な運動能力評価、障害児を受け入れている園の担当保育士への指導、また該当児の治療を担当する理学療法士と保育士とを有機的につなげるパイプ役、など様々な役割が求められ、これまで障害に対するアプローチのみが主な生業であった我々が今後構築すべき新たな地平といえるのかもしれない。<BR><BR>【理学療法学研究としての意義】「多職種との協働」や「理学療法士としての職域の広がり」の観点から、今回のような新しい切り口での取り組みは、今後研究されるべき課題の投げかけという意味でも意義深いものであると考える。

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