- 著者
-
古西 勇
- 出版者
- JAPANESE PHYSICAL THERAPY ASSOCIATION
- 雑誌
- 日本理学療法学術大会
- 巻号頁・発行日
- vol.2009, pp.E4P2267-E4P2267, 2010
【目的】正座は,靴を脱いで家に上がる文化や畳に代表される日本独自の住環境を背景に,食事や来客の対応,仏事などに際して誰にでも要求され,人生の長い期間にわたって繰り返される習慣である.正座にはかしこまった気持ちを表現するという儀礼的な意味合いが強いため,特に高齢女性では,膝痛があってもその習慣を続ける場合が多いと考えられ,女性の方が男性よりも変形性膝関節症の有症率が高いこととも関連している可能性が考えられる.地域での保健活動における理学療法士などリハビリテーション専門職の果たすべき役割の重要性は今後も増していくと考えられるが,膝痛のある中高年者,特に膝痛のある中高年女性を対象とした,正座など日本独自の習慣や文化を考慮した疫学的研究は少ない.本研究では,膝痛のある中高年者において正座の習慣の有無や,正座の習慣がない場合の理由に性別による違いがあるかどうかを明らかにすることを目的とした.<BR><BR>【方法】新潟県北部内陸にあるA市在住の40歳以上80歳未満の市民から居住地区・年齢階層・性別で抽出率が等しくなるように無作為に抽出した3600人を対象とし,平成20年度後半に郵送法による「ひざの痛みに関するアンケート調査」を実施した.回収した1866人分の回答(回収率51.8%)から,重度の障害があると回答した人を除き,性別・年齢・居住地区・身長・体重や正座に関する質問項目への回答の記入漏れがなく,回答から膝痛のあることが確認された493人(女性296人,男性197人)を分析対象とした.属性は,身長158.7±9.0cm(女性153.6±6.0cm,男性166.3±7.3cm),体重58.7±10.3kg(女性53.9±7.8kg,男性66.0±9.2kg),BMI23.3±3.3kg/m<SUP>2</SUP>(女性22.9±3.2kg/m<SUP>2</SUP>,男性23.9±3.3kg/m<SUP>2</SUP>)[平均値±標準偏差]であった.正座に関する質問は,普段正座をする習慣があるかないか,それがないとしたら理由は正座が困難なためか必要ないためかという2項目とした.正座の習慣の有無と性別との関連と,正座の習慣がない場合の理由と性別との関連を明らかにするため,χ<SUP>2</SUP>独立性の検定を行った.有意水準は5%とした.<BR><BR>【説明と同意】アンケートの調査票の1枚目の扉に,回答が匿名化情報として処理されることを明記し,回答をもって「みなし同意」とした.<BR><BR>【結果】正座の習慣の有無と性別との関連において,女性では習慣ありが215人(72.6%),なしが81人(27.4%),男性では習慣ありが111人(56.3%),なしが86人(43.7%)と女性が男性に比べて習慣ありの割合が有意に大きく(p<0.001),オッズ比は2.06であった.正座の習慣がない場合の理由と性別との関連において,女性では困難のためが61人(75.3%),必要ないためが20人(24.7%),男性では困難のためが50人(58.1%),必要ないためが36人(41.9%)と女性が男性に比べて困難のためという理由の割合が有意に大きく(p=0.019),オッズ比は2.20であった.<BR><BR>【考察】本研究の結果から,膝痛のある中高年者の中で,女性は男性に対して正座の習慣のある人の割合が大きく,その習慣がない人の中でも正座が困難なために普段の正座を控えている人の割合が大きいことが示唆された.既に膝痛のある人にとって,正座の習慣を続けることは膝痛の改善を妨げ,変形性膝関節症の発症や症状の進行のリスク要因となる可能性が考えられ,習慣や住環境など国際生活機能分類(ICF)でいうところの背景因子への働きかけを含めた地域での保健活動が必要と考えられる.今回の結果で,正座の習慣がない人の中で,その理由が正座をする必要がないためと回答した人が,自宅でどのような座位をとっているのかまでは明らかにできなかった.今回の結果は,農村部で一般的な畳や襖,縁側などのある開放的な家屋の多い地域を対象とした調査に基づくことから,より都市型の住環境の多い地域など,異なる地域へも調査範囲を拡大することも今回の結果を一般化するために必要と考える.<BR><BR>【理学療法学研究としての意義】地域で在宅の膝痛のある高齢者や中高年者を対象とした理学療法介入の研究は行われているが、正座のような習慣や住環境へのアプローチを含めた研究は少ない.本研究は,理学療法士の職域を地域へと拡大していくための有用な情報を提供した.