著者
本多 裕一
出版者
公益社団法人 日本理学療法士協会
雑誌
理学療法学Supplement
巻号頁・発行日
vol.2012, pp.48100268, 2013

【はじめに、目的】 昨今,理学療法学生の精神面の弱さが指摘され,実習を継続できない事例も散見される.これを受け,臨床実習とストレスの関係を調査し,本校の実習指導における介入尺度の一つとするべく本研究を行った.学生個々のストレスに対する強さが異なる中で一定の尺度の下,平均以上の者と未満の者とで実習に対するストレスの感じ方に差があるか否かを検証した.また実習の要素として大きな比重を占めると考えられるスーパーバイザー(以下S.V)との関係性とストレスについても検証した.【方法】 学生(有効回答 男42名,女15名25.45±6.2歳)に対し,2種類の質問紙調査を行い,統計処理を行った.実習1期及び2期それぞれの開始前後にSOC(sense of coherence)縮約版13項目スケール(東京大学大学院医学系研究科健康社会学・Antonovsky研究会作成)を実施した.同スケールは,スコアの低い者は主観的健康感がよくない者やうつ状態の割合が高く,少しのストレッサーでも心身の健康が悪化しやすい.逆に高い者は多くのストレッサーがあっても健康が損なわれにくく「ストレス対処能力」が高いとされ,以下の3つの下位尺度が含まれる.即ち日々の出来事や直面したことに意義がある,あるいは挑戦とみなせる感覚を示す「有意味感」,自分の置かれている状況を予測可能なものとして理解する感覚を示す「把握可能感」,困難な状況を何とかやってのけられると感じられる感覚を示す「処理可能感」である.「有意味感」について「あなたは自分のまわりで起こっていることがどうでもいい,という気持ちになることがありますか?」など4項目,「把握可能感」について「あなたは,気持ちや考えが非常に混乱することがありますか?」など5項目,「処理可能感」について「どんな強い人でさえ,ときには自分はダメな人間だと感じることがあるものです.あなたは,これまで自分はダメな人間だと感じたことがありますか?」など4項目,合計13項目の質問から構成され,それぞれ7件法で評価,点数化(範囲は7~91点)される.一般平均は54~58点とされる.続いて2期目実習終了後に質問紙調査(4件法で1~4の順序尺度をコード化)を行った.質問A:「実習中にストレスを1.とても感じた ~ 4.全く感じなかった(ストレスの程度)」,S.Vとの関係性について,質問B:「(S.Vに対して)質問は1.とてもしにくかった ~ 4.とてもしやすかった(質問しやすさ)」,質問C:「指導内容は1.全く理解できなかった ~ 4.とても理解しやすかった(指導内容の理解)」の3項目を準備した.そしてSOCスコアについて平均以上と未満の者,また1期前と1期終了後(2期開始前)でスコアが同じか上がった者と下がった者に群分けした.そして質問Aについて,選択肢1.2(概ねストレスを感じた)と3.4(概ねストレスを感じなかった)を群分けし,それぞれの群について2×2分割表を作成,χ²検定によって検証した.更に質問AとB間, 質問AとC間の相関関係をスピアマンの順位相関係数検定によって検証した.有意水準5%で検定した.【倫理的配慮、説明と同意】 ヘルシンキ宣言に則り,文面及び口頭にて調査の趣旨,個人情報保護について説明し,同意を得た学生に対して行った.【結果】 SOCスコアに関する2つの群と質問Aとのそれぞれの分割表に有意差は認められなかった.質問AとB及びAとCの関係について,それぞれrs=0.57(P<0.01),rs=0.42(P<0.01)の「相関」が認められた.【考察】 今回の調査では,実習前のSOCスコアは実習中のストレスの程度に反映するとは言えず,指導介入尺度の一つとして単純に取り入れることは難しいことが示唆された.このことは実習施設ごとに実習生への接し方や対応方法が異なるため,SOCスコアの高い者が過負荷に感じたケースやその逆のケースも見られたこと,また一部クリニカル・クラークシップが導入されていたことなどが要因と考えられた.一方,S.Vとの関係性について,その一端を示すと考えられた「質問しやすさ」や「指導内容の理解」と「ストレスの程度」との間に「相関」が見られた.このことから,S.Vとの関係性の如何がストレスの程度に影響を与えた可能性が考えられた.【理学療法学研究としての意義】 理学療法教育における臨床実習にクリニカル・クラークシップの導入が検討され,現在一部導入されている.今後,従来型実習からクリニカル・クラークシップに移行していく過程において,学生のストレスと実習ならびにS.Vとの関係性がどのように変化していくのかを捉えることで,養成校における指導方法の方向性を探る一端になると考える.

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