著者
田中 亮 木下 義博 山下 雅代
出版者
公益社団法人 日本理学療法士協会
雑誌
理学療法学Supplement
巻号頁・発行日
vol.2012, pp.48101160, 2013

【はじめに,目的】先天性多発性関節拘縮症(以下AMC)は先天性非進行性の四肢多発性の関節拘縮と運動障害を主症状とする症候群である。原因は不明であるが、神経支配の欠如など神経原性と筋自体の異常など筋原性の2つの病型に分類されている。最近は文献での報告は少なく、臨床で出会うことの少ない疾患であると思われる。今回このAMCを持つ女児を6ヶ月の初診時から担当する機会を得た。約3年の治療経験から見えてきた臨床像や理学療法を実施する上での治療方針について考察したので報告する。【方法】症例は、41週2日2598gで出生。出生時より膝関節伸展位での股関節屈曲など異常を認め、転院先で牽引療法を実施していた。月齢5ヶ月初診。6ヶ月で理学療法開始となる。全体像は、愛嬌のある可愛らしい女児。母親とのやりとりを楽しむ姿が印象的。おもちゃへの興味も高く触ろうとするが、肘関節屈曲位の上肢を肩甲骨挙上や体幹伸展で持ち上げていた。疾患名の通り、四肢の関節には拘縮が認められたが、筋力低下も併せもっているように思われた。自発運動を含む粗大運動、関節可動域に加え、筋力や感覚も評価した。2歳からはPEDIを聴取し、日常生活状況も評価した。理学療法は運動や遊びの促しを目標にし、母親への指導と運動療法を中心に理学療法を開始した。母親へは姿勢の介助方法や遊び方の指導を行った。運動療法では座位や立位練習を早期から開始し、頭部と体幹の支持性向上に努めた。また、移動の経験や上肢筋力向上を目的に車椅子自走も早期から行った。【倫理的配慮,説明と同意】今回の発表についてはその旨を本人と保護者に説明し、保護者から同意書を得た。【結果】初期評価として、粗大運動は頚定不十分、背臥位での頭部回旋や腹臥位での瞬間的頭部挙上は可能。側臥位までの寝返りも可能。関節可動域は肘関節伸展右-25°左-25°、膝関節屈曲右60°左70°と制限が認められ、肩関節屈曲や外転、股関節伸展にも可動域制限が認められた。母指内転や外反踵足などの変形も見られた。体幹変形はなかった。筋緊張は全身的に低緊張。自発運動では上肢では肩関節屈曲や肘関節伸展、母指外転が、下肢では膝関節屈曲や足関節底屈は観察されなかった。筋力は自動運動の観察からMMTによる段階づけを基準に行った。頚部・体幹伸展、肘関節屈曲、股関節屈曲・内転、膝関節伸展はMMT3以上相当、体幹屈曲、肩関節屈曲、肘関節伸展はMMT2相当、股関節伸展、膝関節屈曲、足関節底屈はMMT1以下相当と判断した。上肢より下肢に筋力低下が目立った。四肢の触覚刺激への反応は認められた。運動発達の経過は、頚定7ヶ月、座位1歳、ずり這い1歳2ヵ月、起き上がり1歳6ヵ月であった。その後、2歳7ヶ月に座位でのPush Up、2歳10ヶ月にはベンチ移乗が可能となったが、四つ這いや歩行には至っていない。移動においては2歳4ヵ月時に車いすを作製し、3歳2ヶ月時には「お家でお手伝いがしたい」という本児からの希望を叶えるためローカートを作製した。また、座位にて肩より高いものをとることができるようになり、母指外転も可能となり、上肢の操作性も向上した。関節可動域においては肩関節屈曲が左右とも180°、肘関節伸展も左右とも0°と改善がみられた。しかし、下肢においては上肢に比べ変化は見られていない。PEDIは2歳、2歳6ヶ月、3歳4ヶ月時に聴取した。尺度化スコアが移動領域の機能的スキルでは32→42.4→49.7に、介助者による援助では31.9→40.9→47.2に、セルフケア領域でも機能的スキルでは37.8→45.2→54.9に、介助者による援助では20.1→44.4→53.4に変化した。知能検査は2歳時に実施しIQ83であった。足部変形に対しては2歳7ヶ月時に手術を行っている。【考察】本症例は主治医より「関節が硬いだけで、関節が動けば歩ける」と伝えられていたが、実際には関節拘縮と筋力低下が主症状であった。上肢では腋窩・橈骨神経領域に、下肢では坐骨神経領域の筋力低下が目立ち、神経原性拘縮と思われた。上肢においては筋力の回復に伴う関節可動域の改善が見られたが、下肢を含めると筋力など著しい身体機能の改善は得られていない。しかし、知的に高く代償動作の獲得や移動器具の活用が可能であり、PEDIの結果からも日常生活能力の向上が認められた。AMCを持つ児への理学療法においては、知的状況も含めて残存機能を評価し把握することで、運動発達や日常生活能力の獲得を予測し、アプローチを行うことが重要であると考えられた。【理学療法学研究としての意義】本報告は、報告例の少ないAMCについて理解や治療方針を考える上での一助となりうる。

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