著者
岡橋 秀典
出版者
人文地理学会
雑誌
人文地理学会大会 研究発表要旨
巻号頁・発行日
vol.2006, pp.31, 2006

1.はじめに 日本の中山間地域は、高度経済成長期を経て公共事業や分工場に依存する外部依存性の高い周辺型経済を形成してきた。それが曲がりなりにも1970~80年代に地域経済を支え、地域を存続させる役割を果たしたことは否定できない。しかし、今日、急速に進むグローバル化、構造改革の波は、そうした経済にも根本的転換を迫っている。また、現代日本における知識経済化の急速な進展はこうした転換を促す大きなベクトルを醸成している。それゆえ、こうした認識にもとづき、わが国の中山間地域における新たな経済社会システムを展望することが求められている。 本報告では、上記課題に応えるための第1歩として、広島県内の農村ツーリズムの1事例を取り上げる。対象地域は、東広島市福富町竹仁地区である(福富町は2005年2月に東広島市へ編入合併した)。2.「こだわりの郷」の成立と展開 この地区には、釣り堀と飲食店などの複合施設をはじめ、天然酵母のパン屋、酪農家によるジェラート店やレストラン、いくつかのブティック、その他の飲食店など、多様な業態の店舗が分散的に立地している。これらの飲食店、ブティックなどは90年代になって徐々に集まってきたが、「こだわりの郷」という名称の下でネットワーク化されることで、地域外に広く認知されるようになった。その活動は90年代中頃から始まり、正式にグループが発足したのは99年である。この組織の成立の経緯は、立地店舗の中の1経営者が「こだわりの郷」のネーミングを考案し結成を呼びかけたのが発端で、行政はその形成のプロセス、運営にも一切関与していない。現在は13業者が加入しているが、活動は共通パンフレットの作成やスタンプラリーを行う程度であり、ゆるい結合の組織である。 地域振興という点で重要なのは、分散的にこの地区に立地していたに過ぎなかった店舗群が、一つの名称を与えられることで、特徴ある地域集積として広く認知されるようになったことであろう。ネットワーク化と地域ブランド化が、タイミングよくなされた事例と言える。3.物産館の設置とその役割 この地区の地域振興に新たな展開をもたらしたのは、福富町(当時)による2002年の物産館設置である。「こだわりの郷」の集客力に注目した町が、国の補助事業によって、農産物等の加工と販売を行う休憩施設を地区中央の道路沿いに設置した。この物産館には地元の9グループ約140人が参加し、野菜の直売に加え、エゴマ油、豆腐、味噌、餅、パンなどの多彩な手作り物産の製造販売を行い、また小規模ながら食事の提供も行っている。 このような活発な活動が功を奏し、来客数は初年度の5万人弱が年々増えて2005年度には8万人に達した。販売金額も順調に伸びている。 この物産館は、この地区での行政による観光関係事業としては最初のものであったが、自然発生的な地域づくりの動きを的確に捉えて有効な施策を実施し、インフラ面、社会面、経済面など多方面で成果をあげていることが特筆できる。4.来訪者の特性と行動 まず来訪者の特性をみる。回答者は性別では男と女、ほぼ同数であるが、年齢層では50歳台と60歳台が多く、両者で全体の60_%_以上を占める。居住地は、東広島市が1位で40_%_強、2位が広島市で30_%_弱を占め、これら2市で全体の70_%_に達する。 回答者の半数は10回以上この地区を訪問している。このようなリピーターが来訪者の半分を占めるということは、根強いファンが存在することをうかがわせる。また、同伴者は、夫婦だけで50_%_弱に達するが、これに夫婦プラス子供同伴の20_%_弱を合わせると、夫婦を中心とする形態が70_%_にも達する。夫婦を中心とした来訪が基本パターンであり、それには居住地による地域差もほとんどみられない。 この地区への訪問目的で最も多いのが、約40_%_を占める物産購入であり、食事が30_%_でこれに続く。他方、この地区の魅力として強く意識されているのは自然や田園景観である。このため、この地区のツーリズムは魅力的な自然や田園景観というベースの上に、食事や物産の提供が行われることで成立していることがわかる。しかし、地区内での訪問先は3箇所程度であり、しかも大部分は自動車利用であるため滞在時間が短いのが問題と言える。5.おわりに 以上検討した事例からは、知識経済化時代の中山間地域の地域振興に求められるいくつかの要素が見出せる。列挙すれば、行政への依存度の少なさと住民の自主性、ネットワーク型の組織、地域ブランド、新旧住民双方の関与と交流、来訪者とのコミュニケーション重視の販売形態、健康に代表される生活文化領域での提案、自然環境や景観の重視などである。

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