著者
堀本 ゆかり
出版者
JAPANESE PHYSICAL THERAPY ASSOCIATION
雑誌
日本理学療法学術大会
巻号頁・発行日
vol.2011, pp.Gc1038-Gc1038, 2012

【はじめに、目的】 理学療法業界の質の低下が言われるようになり久しいが、臨床教育でも対応に難渋する学生が増え、相応の対応に迫られている。これまで学生の心理テストを実施し、生活指導や臨床実習の情報提供等に活用してきた。しかしいわゆる「氷山モデル」で示される通り、水面下である人格は後天的な変化が期待しにくい部分であり、行動変容の手掛かりには成り難かった。相原によるとコンピテンシーは「それぞれの仕事において、高いパフォーマンスに結びつく行動」と定義され、物事の考え方や仕事に対する姿勢、行動特性を明確に観察・測定できるツールとして、人材マネジメントに活用されている。今回、知識やスキル向上のベースとして必要な行動特性に着目し、この先臨床実習に臨む学生を対象にコンピテンシー診断を行ったので報告する。【方法】 対象は本学の3年生43名である。内訳は男子23名 女子20名(平均年齢21.65±3.27歳)である。方法は集合調査法で文化放送キャリアパートナーズ社製コンピテンシー診断「SPROUT」を使用した。質問項目は66で、A・B2つの質問に対して4つの選択肢が設定されており、そのうち1つを選択するものである。所要時間は概ね15分程度である。診断は社会人基礎力に対応した小項目18項目を総括する6領域に集約され、10段階で評価される。これらは「能力、興味・関心、こだわり」といった社会人基礎力を構成する要因とも強い関係があるものが抽出されている。出力は自己啓発支援書として、学生個々に手渡し、面談や臨床実習情報提供書に活用する。統計処理は日本科学技術研修所製JUSE-StatWorks/V4.0を使用し、危険率p<0.05で解析した。【倫理的配慮、説明と同意】 対象には事前オリエンテーションを実施し本診断の内容及び利用について説明し、署名にて同意を得た。また、個人情報の運用については保護者にも書面で同意を得ている。本診断は、本学倫理規定に則りヘルシンキ宣言を遵守し、個人情報の管理には十分配慮し実施した。【結果】 「SPROUT」6領域の平均得点は5.39で「SPROUT」全体平均5.5よりも低い値となった。相手の悩みや相談にのり手助けをするといった"コンサルテーション"、新しい環境に応じて自分の行動や考え方を切り替える"適応力"は良好な結果であった。一方、自分のやり方を実現するための"戦略策定"、状況を鑑み正しく状況を理解する力である"分析的思考"は課題となった。各要因に関して性別による統計的有意差は認められなかった。領域に関して主成分分析の結果、第三主成分までの累積寄与率は0.762であり、コンピテンシーが発揮されたものとそうでないものとは約90度の位置関係であった。データを総括した6領域のうちコンセプト形成・情報指向性・分析的思考で構成される"新しい価値を創る力"の平均得点は4.77と特に低い傾向がみられた。【考察】 Goncziらによれば「コンピテンシー(臨床能力)」とは医療専門職としての実践に必要な知識・技術・態度などの組み合わせであるという。専門的な仕事をする際に、認知・感情やその他のリソースを連携させ、自らすすんでそれらを活用する事に意味がある。J.A.DentやR.M.Hardenらは患者が抱く期待、医療制度、学生の要求などの変化に応じ、新しいカリキュラムの開発が必要であると述べている。理学療法分野における質の向上に関しては、ハイパフォーマーと呼ばれる人材の行動特性をモデルとして、標準化する必要がある。今回は、その前段階として理学療法士を目指す学生を対象に、社会人に求められる要因の評価より"強み""弱み"を明確にし、実習前の課題認識を促す手掛かりとして使用した。今回の結果を社会人基礎力に置き換えてみると情報収集と現状把握、複数のものや考え方を組み合わせて解決策や新しいものを構築する能力、自分の意見を他者にわかりやすく伝えるプレゼンテーション力、その内容を十分に理解して他者に伝える論理性に課題がある事がわかった。これらの"弱み"は企業採用活動調査でも重要視されており、臨床実習を通じて、社会人の中でトレーニングされる要因であることから、"強み"である傾聴力・柔軟性を発揮する事により改善することが期待できる。一方、これらの要因は指導者の教授能力に大きく影響される事が予測される。そうすると、優れた臨床実習指導者の行動特性が明らかになれば、ハイパフォーマーとの補正を行う人材育成プログラムを構築する事である程度の質の保障は期待できると考える。今後、理学療法士の職能特性を加味したコンピテンシーモデルを構築し、人材育成の手掛かりとしたい。【理学療法学研究としての意義】 理学療法業務をヒューマンサービスと位置付けると、知識・技術を発揮する核となる能力を明確にすることは、学内教育に留まらず、卒後の人材育成にも寄与できると考える。

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