著者
横山 智
出版者
人文地理学会
雑誌
人文地理学会大会 研究発表要旨
巻号頁・発行日
vol.2010, pp.38, 2010

<B>1.はじめに</B><BR><BR> 発表者は、東南アジアのナットウに興味を持ち、これまで研究報告が存在しなかったラオスのナットウを調査し、中国雲南省からの伝播ルートとタイからの伝播ルートが混在していることを明らかにした。しかし、先行研究では、タイのナットウ(トゥア・ナオ)は、ミャンマーのナットウ(ペポ)と同じグループと論じられている。<BR> そこで本研究では、2009年に実施した北タイとミャンマーの市場調査とナットウ製法調査をもとに、発酵の際に菌を供給する植物に着目して、ミャンマーおよび北タイのナットウの類似点と相違点を解明することを目的とする。<BR><BR><B>2.販売されているナットウの種類</B><BR> 北タイで製造されるナットウは、(1)粒状、(2)ひき割り状、(3)乾燥センベイ状の3種類に大別することができる。ただし、日本の「納豆」と同じ「粒状」ナットウは、現地の市場で見かけることはほとんどない。北タイでは、タイ・ヤーイと称されるシャン人(ミャンマーのシャン州出身)の村では見ることができるが、それ以外の市場では、「ひき割り状」か「乾燥センベイ状」しか売られていない。<BR> 一方、ミャンマーで製造されているナットウは、多様性に富んでいる。北タイに多い「ひき割り状」と「乾燥センベイ状」以外に、シャン州のムセーの市場では、油で揚げて甘い味付けをしたもの、豆板醤のようなソースをからめたもの、そして乾燥したものなど、「粒状」を加工したナットウが多く売られていた。さらに「ひき割り状」を一度乾燥させた後に蒸かして円筒状に形を整えた珍しいナットウも売られていた。しかし、日本の「納豆」のような糸引きナットウは、2009年の調査で訪れたシャン州内の市場では少なかった。ところが、バモーより北のカチン州に入ると、シャン州で見られたような加工された「粒状」ナットウよりも、糸が引く日本の「納豆」と同じ「粒状」ナットウの比率が高くなり、カチン州都のミッチーナ市場では、強い糸が引く「粒状」ナットウがほとんどであった。<BR><BR><B>3.ナットウの製法と地域的特徴</B><BR> 北タイとミャンマーのナットウの製法は基本的に同じである。大豆を水に浸した後、柔らかくなるまで煮て、その後、プラスチックバックや竹カゴに入れて数日間発酵させれば、「粒上」のナットウができあがる。なお、どの地域でも発酵のために種菌を入れることはない。その後、粒を崩し、塩や唐辛子などの香辛料を混ぜて「ひき割り状」のナットウとし、さらに「乾燥センベイ状」の場合は、形を整えて天日干しする。この製造工程のなかで、地域的な差異が見られるのが、菌の供給源となる植物の利用である。<BR> シダ類(未同定)とクワ科イチジク属は、ヒマラヤ地域で製造されているナットウの「キネマ」でも利用されていることが報告されており、カチン州との類似性が見られた。またシダ類は、シャン州でも利用されているため、ヒマラヤ地域の「キネマ」とミャンマー全域の「ペポ」との類似性も見いだすことができよう。そして、チークの葉およびフタバガキ科ショレア属の利用という視点からは、シャン州と北タイに類似性があることが判明した。<BR> 本研究の結果は、以下のようにまとめることができる。北タイとミャンマーのシャン州で大規模に「乾燥センベイ状」ナットウを生産している世帯では、発酵容器に竹カゴは用いられず、肥料袋のようなプラスチックバックに煮た大豆を数日間保存するだけであり、菌の供給源となる植物も入れない。<BR> 形状と糸引きの強弱に関しては、シダ類やイチジク属を用いているヒマラヤ地域とカチン州は「粒状」が多く、糸引きも強い傾向がある。チークやショレア属の葉を用いるシャン州や北タイは、多くが「乾燥センベイ状」で、粒状の場合でも糸引きが弱いことが明らかになった。<BR><BR><B>4.おわりに</B><BR> 本研究では、これまでの議論とは視点を変えて、菌を供給する植物に焦点をあて、植物利用からナットウ製法の地域区分を実施することを試みた。それの結果、これまで全く議論されていなかった、ミャンマーとタイでの類似点と相違点、そしてミャンマー内での類似点と相違点を解明できた。これらの結果をもとに、未だ達成できていない中国側での植物利用調査を進めることが出来れば、東南アジアのナットウが中国からの伝播かどうかを議論する際の重要な手がかりになると思われる。<BR>

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