著者
木島 英夫
出版者
特定非営利活動法人 高齢市民が活躍するための社会技術研究会
雑誌
バイオフィリア (ISSN:21868433)
巻号頁・発行日
vol.2015, no.2, pp.99-100, 2015
被引用文献数
1

私はバイオフィリアリハビリテーション学会設立時に会長を務めた。それまで21世紀リハビリテーション研究会と称したが、初代会長は滝沢恭子氏、2 代は福井圀彦氏、3 代で名称が替り、記名の学会になった。学会設立時の就任挨拶で、「介護・依存から自立へ・2025 年で16%弱と想定される要介護老人の発生を10%以下にする。を実現するため、会員諸兄の一層の研究努力を期待致します。」と述べたが、国内ばかりでなく、世界に目を向けた活動を継続している状況は期待に違わぬ活動と喜んでいる。<br>私がこの学会の会長に就任したのは、「寝たきりをなくすという滝沢茂男氏の努力がどのような結果をえられるか見守る」ことが中心であった。<br>氏は、政治家として大成することを嘱望された藤沢市の青年議員であった。高齢社会への深い洞察を持ち、広い視野を持っていたからこそ、誰も気づく事のなかった訓練結果と手法の特異性、そして手法のシステム化・プログラム化が可能なほどの合理性に気づき、市会議員の座を投げ打ち、引退する県会議長の出馬要請に応じることなく、この研究に取り組んだ。氏がこの国際活動を国内学会の部会として立ち上げ、部会長を務め、さらには国内学会全会員合意の下、独立組織に再編して、理事長として活動を継続していることは望外の喜びである。<br>思えば、志をたて、親である滝沢恭子氏の実施しているリハビリテーションの方法をシステム化し、着実に世に出す努力を続けていた氏から、「泣き言」といってもよい「僕がドクターならはやいのに」との言葉を聞き、私が協力を申し出てから、20 年を経た。当時理学療法士の参加による組織としてかなりの実績をあげていたが、論文発表をする医師はいなかった。そのままでは個人の経験が個人の経験のままで終わってしまったことであろう。元日本臨床整形外科医会故金井司郎理事長と相談し、論文採用に向けて、氏を全国の臨床整形外科医会々員に紹介し、説明に当たってもらい、その後論文をまとめて、発表したことは忘れられない。多くの藤沢市内臨床整形外科医会々員の協力も得て発表したこの論文が、学会へ進歩する基礎となった。当時、学会への組織変更にあたり、「思いたつ者はいても実現できるものはほとんどいない」として、監事を快諾する医師や、ES細胞を利用した神経伝達機構の再生を研究する部会を提案する内科医がいた。 <br>氏の提唱する、高齢障害者の自立こそが、団塊世代の高齢化に伴う社会崩壊を防ぐとの認識は、時代の移り変わりと共に重要になり、識者の中では共通の認識になっている。神経伝達機構再生研究の提案は実現できずに終わったが、世界で活動する本学会の今後の焦点として、分子遺伝学からの脳機能再建が課題になっていると聞く。今回PubMed 登録にむけて、日本語論文集を再編し、世界の読者へ知識を提供することになった。我々のこれまでの研究がまだ陳腐化していないことは医学改革の困難さを示している。ぜひ広く英知を集め、簡単ながら、効果の高いタキザワ式リハビリテーションがリハビリテーション医療の中核になるよう読者各位の研究参加、普及推進を期待している。

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