- 著者
-
髙井 寿文
- 出版者
- 公益社団法人 日本地理学会
- 雑誌
- 日本地理学会発表要旨集
- 巻号頁・発行日
- vol.2015, 2015
<b>1.研究の目的<br></b>2006年の総務省『地域における多文化共生推進プラン』により,外国籍住民に対する防災情報の提供が推奨されている.多くの自治体で外国籍住民向けのハザードマップが作成されてきたものの,地名を多言語で表記しただけの地図で彼らが読図できるのか疑問である.そこで本研究では,外国籍住民の事例として日系ブラジル人を対象とした読図実験を行った.そして,彼らにとって分かりやすいハザードマップの地図表現について考える.<br><b>2.研究の方法</b><br>1)調査対象者<br>名古屋市港区の九番団地に居住する日系ブラジル人10名(男性5名,女性5名)を対象とした.調査を実施した2006年2月~2007年1月時点での年齢は20~60歳代,在日年数は1~8年間であり,多くは自動車関連工場で働く労働者である.<br>2)使用した地図<br>ハザードマップの基図の1つに用いられる都市計画基本図(平成12年度版)を用いた.個々の建物の家形枠が表示されているため,地図上で自宅を定位できる.都市計画基本図をベースに要素を追加し,表現の異なる3種類の地図を作成した.いずれも大きさはA2版で,縮尺は2万6千818分の1である.3種類の地図に表記した要素の内容は,それぞれ以下の通りである. 地図A:区の境界線. 地図B:地図Aの要素に加えて,学区の境界線,学区名,鉄道線路,鉄道駅,路線名,駅名. 地図C:地図Aと地図Bの要素に加えて,コンビニエンスストア,ガソリンスタンド,スーパーマーケットのロゴマーク.信号機,国道番号. 地図Bは,現行のハザードマップに合わせた地図表現である.地図Cで追加した要素は,髙井(2004)で明らかにされた,日系ブラジル人がナヴィゲーションの際に用いるランドマークの特徴に基づいている.<br>3)実験の手続き<br>調査対象者の自宅である九番団地と,彼らにとって身近な施設である港区役所および協立総合病院の位置をたずねた.地図A,地図B,地図Cの順番で提示し,九番団地に続けて港区役所と協立総合病院の位置を探し出してもらった.このとき読図しながら頭の中で考えたり思ったりしたことを,意識的に発話してもらった. 地図の紙面全体が収まる画角で8mmビデオカメラを設定し,調査対象者10名の読図の過程を録画した.読図中の発話プロトコルでは,彼らが手がかりとして用いた地図の要素に着目し,地名やサインの時系列での出現のしかたを検討した.また,録画した映像には調査対象者の地図上での手の動きが記録されている.この動作は定量的に把握できないものの,指示した場所は読図中の手がかりとして扱った.<br><b></b><b>3.分析結果</b><br>1)定位した位置の正誤<br>地図Aでは,全ての調査対象者が九番団地を定位できなかった.団地を示す家形枠に類似している工場や倉庫を間違えて定位した者が多かった.地図Bでは,大きく離れて定位した者は減少した.それに対して,地図Cでは10名中8名が正確に定位できた.定位した九番団地の位置と本来の位置との距離のずれは,地図Aで最も大きく,次いで地図B,Cの順に小さくなった.地図Bでは大体の位置に定位できたものの,地図Cの方が,より正しく定位しやすくなることが分かった.一方,地図Cで港区役所または協立総合病院を定位する課題では,いずれも正しく定位できた者は少なかった.<br>2)発話プロトコルの内容と読図中に指示した場所<br>地図Aでは,名古屋港や幹線道路を発話しながら探し出そうとしたが,地図上で指示した場所は,そのほとんどが間違っていた.地図Bでは,最初に名古屋港駅を見つけた後に,地下鉄の線路をたどりながら,次々に駅名の注記や幹線道路を指示した.地図Cでは,全員が九番団地の向かい側にある『サークルK』を発話しながら指示した.この『サークルK』が,九番団地の定位を容易にするサインであることがわかった. しかし,同じコンビニエンスストアのロゴマークがたくさん表記されているために,かえって定位するのに混同した者もいた.このことは,ランドマークを機械的に表記すれば良い訳ではないことを示唆している. 以上の分析から,日系ブラジル人にとって自宅を定位しやすいハザードマップの地図表現が明らかとなった.適切なランドマークを現行のハザードマップに加えると,読図の精度が飛躍的に向上する.たとえばコンビニエンスストアのロゴマークのような絵記号を表記した地図表現が効果的である.<br><b>参考文献</b><br>髙井寿文2004.日本の都市空間における日系ブラジル人の空間認知.地理学評論77(8):523-543.