- 著者
-
広瀬 明彦
- 出版者
- 日本毒性学会
- 雑誌
- 日本毒性学会学術年会
- 巻号頁・発行日
- vol.44, pp.S21-5, 2017
発がん性物質の定量的なリスク評価においては、リスク算定の対象となる腫瘍の発現メカニズムが遺伝毒性、特に遺伝子の変異に基づくものであるかどうかでそのアプローチが異なる。発癌のメカニズムが、プローモーション作用に基づく場合や、細胞傷害を起因とした組織の再生過程で誘発される場合、変異原性の伴わない染色体異常に基づくと考えられる場合では、NOAEL等のPODに不確実係数を適用してTDIを算定している。一方、変異原性が明らかな場合は、数理モデルを用いたユニットリスク、最近ではベンチマークドース(BMDL)からの直性外挿に基づく計算した10<sup>-5</sup>から10<sup>-6</sup>リスクに相当する値を基準値や管理のための参照値として設定する手法を採用する。しかし、この変異原性の有無を科学的に明らかにすることは困難であることが多い。このような場合に、同じ発がん性が疑われる物質の評価でも、管理機関やリスク評価を審議する委員会等の科学的なポリシーの違いが反映され、異なった評価結果がもたらされることがある。さらに、選択するモデルの違いによる算定結果が、低用量まで外挿する場合に比べて小さくなる利点を持つと考えられているベンチマークドース法においても、実際のリスク評価に採用するモデルの選択により数倍から10倍近くの違いをもたらすことことがあり、例えば、数理モデルの選択基準の違いが反映された結果、同じ発がん性物質のリスク評価が国際的な評価機関の間でも大きな隔たりが示されることがある。本発表では、変異原性の有無の違いに基づく閾値の有無が行政的な発がん性評価の結果に違いをもたらした事例や、同じ閾値なしとして評価したにもかかわらずベンチマークドース法の数理モデル選択の違いにより、異なったPODが算定された事例を紹介することにより、行政的な観点における発がん性物質のリスク評価にたいする閾値の有無の判断が与えるインパクトについて考えてみたい。