著者
山田 一憲 中道 正之
出版者
日本霊長類学会
雑誌
霊長類研究 Supplement
巻号頁・発行日
vol.21, pp.11, 2005

子殺しはオスの繁殖戦略として進化したと考えられている。しかし、複雄複雌の社会構造と季節性のある乱交的な繁殖様式を持つニホンザルでは、子殺しが起こることは極めて稀である。それは(1)メスが複数のオスと交尾を行い、(2)子ザルの父親である可能性のある複数のオスが群れオスとして集団にとどまり、子殺しの危険から子ザルを守る、(3)子殺しを行っても、子殺しオスがその母ザルと繁殖できる機会は交尾期に限られるためである。<br> 私たちは、勝山ニホンザル集団において、群れ外オスが4ヵ月齢のアカンボウを攻撃して、死亡させるという事例を観察し、その様子をビデオカメラで記録した。<br> 4ヵ月齢のアカンボウが集団から取り残され餌場に単独でいる時に、群れ外オスが餌場に現れた。アカンボウはオスに気づくと即座に逃げ出したが、すぐに捕まった。オスは周囲を何度も見回しながら、アカンボウの手、足首、腕を咬んだが、その場で殺すことはなかった。5分後にアカンボウは逃げ出したが、オスが再度攻撃することはなかった。アカンボウは右上腕から大量の出血が見られ、2日後には姿を消した。<br> 今回の事例の特徴は以下の3点にまとめられる。(1)子殺しを行ったオスはその時初めて観察した個体であった。(2)子殺しが起こる数ヶ月前に3頭の中心部成体オスが続けて死亡・姿を消しており、さらにアカンボウが単独で餌場に取り残されたため、子殺しからそのアカンボウを守る個体がいなかった。(3)子殺しは交尾期開始の数週間前に起こり、その結果、アカンボウの母ザルはすぐに発情し、翌年の出産期に次子を出産した。<br> ニホンザルにおける子殺しはこれまでに5つの記録があるが、本観察と同様に、(1)攻撃したオスは子ザルの父親である可能性が低く、(2)子ザルを守る群れオスがいない時、(3)交尾期直前または当初の時期には、ニホンザルにおいても、子殺しが生起していることが指摘できた。

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