著者
中川 優梨花 飯野 由梨 斉藤 真一 小林 万里 玉手 英利
出版者
日本霊長類学会
雑誌
霊長類研究 Supplement
巻号頁・発行日
vol.29, 2013

ゴマフアザラシ (Phoca largha)の配偶システムは,一夫一妻型であるとされている.しかし,配偶ペアがどの程度安定して維持されるのか(pair-bond),ペア外繁殖がどの程度起こるのか (mating fidelity)など,配偶行動と実際の繁殖成功度の関連については,観察・遺伝データ共に十分な知見が得られてはいない.そのため本研究では,長期個体観察が可能である飼育集団を対象とし,主に遺伝学的手法を用いて繁殖履歴の調査を行った.また,副次的な課題として飼育個体・集団の遺伝的多様度を測定し,野生集団との比較も行った. 研究に用いた個体は,鶴岡市立加茂水族館と城崎マリンワールドの飼育個体 (母獣・成熟メス計 5個体,父獣候補 6個体,仔 16個体 )である.比較を行う野生個体は,計 30個体 (礼文,羅臼,納沙布各 10個体 )である.体毛 (産毛を含む )・組織から DNAを抽出し,近縁種由来 microsatelliteマーカー5座位 (Han et al., 2010),種特異的 3座位 (小林,2011)を用いて遺伝子型を決定した.得られた遺伝子型から飼育個体の血縁判定を行い,個体の繁殖成功を推定,mating fidelityの評価を行った.その後,ヘテロ接合度・血縁度・近交係数の算出を行い,遺伝的多様性の評価を行った. その結果,特定の個体が繁殖を独占したこと,配偶ペア間で pair-bondが維持されていた可能性が示された.鰭脚類は,集団間で行動に差異が生じている種も少なくない.また,成熟オスは互いに威嚇しあい,少数が繁殖に有利な機会を得るとされる.そのため,成熟個体が同所飼育された場合には優位劣位の関係が生じ,特定の個体が繁殖に関して有利となった可能性が考えられる.しかし,メスは優位オスを必ずしも配偶相手に選ばない可能性も示唆されている (Flatz et al., 2012).今後,さらなる観察データ等の蓄積が必要と考えている.
著者
河部 壮一郎 小林 沙羅 遠藤 秀紀
出版者
日本霊長類学会
雑誌
霊長類研究 Supplement
巻号頁・発行日
vol.29, 2013

 食肉目における水中への適応進化は幾度かおこっており,そしてその度合いも様々である.これまでに,一部の半水棲種における嗅球が小さくなることが知られているが,このことから嗅球体積は水棲環境への依存度を反映していると考えられている.嗅球体積は頭骨形態から計測できるため,絶滅哺乳類における水棲適応の進化を知る上で欠くことのできない重要な情報である.しかし鰭脚類における嗅球体積が他の食肉動物のものと異なるのかどうか詳しく知られていない.一方,視力や眼球サイズも水棲環境への依存度により変化するとされている.しかし,水棲適応度と眼窩サイズに関係があるのか,その詳細な検討はされていない.水棲適応の進化を解明する上で,嗅球や眼窩サイズが水棲環境への適応度の違いを反映しているのかどうかを明らかにすることは重要である.よって,本研究では食肉目における嗅球および眼窩サイズが脳や頭蓋サイズに対してどのようなスケーリング関係を示すのか調べた.その結果,眼窩・脳・頭蓋サイズは互いに高い相関を示すことがわかった.しかし,嗅球体積と脳あるいは頭蓋サイズとの間に見られる相関は比較的低かった.陸棲種と比較すると,鰭脚類を含む水棲・半水棲種の嗅球体積は,脳や頭蓋に対して小さいという結果を得た.これまで,水棲適応度が高い種ほど嗅球体積は小さくなると言われていたが,鰭脚類においてもこのことは当てはまることが明らかとなった.よって絶滅種における水棲適応度を考える上で,嗅球体積は一つの重要な指標になる得ることが示された.しかし,水棲適応度と眼窩サイズには明確な相関が見られなかった.このことは,視覚器は水棲適応により構造的な変化は示すものの,サイズは大きく変化しないという可能性を示しているが,今後のより詳細な検討が必要である.
著者
盛 恵理子 島田 将喜
出版者
日本霊長類学会
雑誌
霊長類研究 Supplement
巻号頁・発行日
vol.30, pp.31, 2014

日本の伝統芸能猿回し(猿舞師)では、サルは調教師であるヒトの指示を聞き、観衆の面前で様々な芸をすることができる。しかしサルは芸が初めからできるわけではない。では、「芸ができるようになる」とはどのようなプロセスなのだろうか。エリコ(第一著者)は調教師として茨城県の動物レジャー施設、東筑波ユートピアにおいて、餌を報酬としたオペラント条件付けによる芸の調教を行っている。アカネと名付けられたニホンザル(4歳♀)に、今までやったことのない芸「ケーレイ」を覚えさせるべく調教を行ったアカネはすでに「二足立ち」、「手を出すと前肢をのせる」などができていた。7日間(1日20分間)の調教を行い、その全てをビデオカメラに記録した。動画解析ソフトELANを用いアカネとエリコのパフォーマンスを、ジェスチャー論の枠組みを援用し、コマ単位で分析した(坊農・高橋 2009; Kendon 2004; McNeill 2005)。ストローク長(右手がアカネの場合右背側部、エリコの場合右大腿部で静止してから額に付き静止するまでの動作時間)と、開始・終了同調(エリコのパフォーマンス開始・終了コマに対する、アカネのパフォーマンスの遅れ)の調教日ごとの平均値・標準偏差を算出した。アカネ・エリコ双方において、ストローク長の標準偏差は後半になるにつれ小さくなっていき、平均値は最初と最後でほとんど変化が見られなかった。開始・修了同調は、後半で平均値は0に近づき、標準偏差は減少した。古典的モデルによればエリコは「情報」を教える側であり、芸ができるのでばらつきは最初から小さいと予想されたが、予想とは逆に、エリコもアカネの変化に合わせて自分のパフォーマンスを変化させていたことが示唆される。調教とはサルとヒトの双方が状況と互いに他のパフォーマンスに応じて自分のパフォーマンスを調整し同調させてゆくプロセスのことであり、芸を完成させていく異種間相互行為であると考えられる。
著者
小澤 幸重
出版者
日本霊長類学会
雑誌
霊長類研究 Supplement
巻号頁・発行日
vol.29, 2013

背景:上下顎異なる形態の裂肉歯や通常の臼歯,切歯などの起源はほぼ円錐歯であることは化石試料で明らかであるが,その後の進化あるいは形態形成については上下顎の臼歯が異なる道を辿ったとされる.しかしその要因については殆ど議論が無い.この点を歯の形態形成から検討する.議論:哺乳類の歯の特徴は形態が複雑になることである.その形態形成,即ち咬頭や歯根の分化は開始点から対称に放散する.しかし顎の形成要因の制御によって各種,歯種の固有の形態となる.顎は頭部の一部であり,頭部は体の一部であるため,これらを統一的に解析すると, ①分節(集合)性,②対称(安定)性, ③周期(律動)性が一貫して流れている.即ち 1)上下顎は本来対称である.体制の対称は,相補い一つの目的達成に働く.例えば,左右対称では上下肢,脳神経,視覚,あるいは対立遺伝子(相補遺伝子),神経の相補的特殊化などであり,腸の平滑筋の多軸対称と分節の繰り返しは蠕動運動や振り子運動となる.よって上下顎の相補的関係があることが分かる.2)歯系の相補的関係は左右,そして捕食から咀嚼,嚥下までの左右,頭尾の連携の一部である.3)歯はこれに係わる咬合,裂肉あるいは咀嚼という相補的働きをする.この相補機構は機能的な連動を示すが,歯はこれに加えて形態的に上下顎が噛み合う(咬合)という互いにはまり込む形態をしめす.これを形態的相補性(Morphological complement)と名付ける.4)この視点から歯の進化に関する学説を振り返ると,形態的相補性の確立過程を明らかにしたものである.5)相補性の起源と進化は,生命が地球上に出現し環境と親和し,多細胞となって互いに接着共存し,高度な体制となり組織,器官の相補性へと分化したと考えることが出来る.皆様の御意見を頂きたい.
著者
齋藤 亜矢
出版者
日本霊長類学会
雑誌
霊長類研究 Supplement
巻号頁・発行日
vol.31, pp.102, 2015

飼育下のチンパンジーでは、穴にゴミをつめるなどの自発的な物の操作がよくみられる。採食や繁殖、攻撃などの特定の目的とは結びつかない自己報酬的な行動である。では、かれらは物の操作のどこにおもしろさを感じているのだろうか。本研究では、新奇物に対する自発的な行動のなかから、物遊びが発生するプロセスに着目した。京都大学野生動物研究センター熊本サンクチュアリのチンパンジー58個体(5~44歳、11群)を対象とし、各運動場に長靴、デッキブラシ、鈴のおもちゃ、布などの18個の新奇物を設置し、通常どおり群れ毎に放飼した。各群2時間の観察をおこない、新奇物に対する行動を随時記録した。その結果、チンパンジーの物の操作は、(1)物の形状に依存しない探索的な操作(例:触る、匂いを嗅ぐ)から、(2)物の形状に依存した探索的な操作(a:変形、b:身体への定位、c:他の物への定位をともなうもの)に進むことが多かった。(2)において、同じ行動の繰り返しや、長時間の持ち運びが見られたケースも多く、これらのケースでは、よりおもしろさを感じていることが示唆された。また、頭に物をかぶったり、ホースを天井の格子にかけてぶら下がるなどの非日常的な身体感覚が生じる場合に、プレイフェイスやプレイパントが観察された。さらには、ベッド作りなどの実用的な使用のほか、デッキブラシで地面をこするなどの模倣的な物の操作、ブラシを筆に見立てて紙の上をこするなどのふり遊びも観察された。物を持ち歩きながらの追いかけっこなど、社会的な遊びに発展するケースもあった。これらの観察から、チンパンジーが、新奇物に対して、物がアフォードする行動を自己強化的に試そうとすることが明らかになった。また別の物を使って同じ操作を試すケースもあり、操作のなかで物の特性を理解する過程におもしろさがあることが示唆された。
著者
齋藤 亜矢
出版者
日本霊長類学会
雑誌
霊長類研究 Supplement
巻号頁・発行日
vol.32, pp.44-45, 2016

<p>チンパンジーは、採食などの特定の目的と結びつかない自発的な物の操作をおこなうことがある。この一見無駄にも思える行動の背景を明らかにするため、新奇物に対する物の操作を分析した。対象は、京都大学野生動物研究センター熊本サンクチュアリのチンパンジー58個体(5~44歳、11群)とした。各運動場に長靴、デッキブラシ、鈴、布などの18個の新奇物を設置して、群れごとに放飼し、120分の観察のなかでの新奇物に対する行動を随時記録した。その結果、物の形状に依存しない単純な探索的操作(例:触る、匂いを嗅ぐ)にはじまり、物の形状に依存した探索的操作(変形、身体への定位、他の物への定位をともなうもの)が多く観察された。繰り返しの操作も多く、たとえば「長靴を倒して起こす」繰り返しのなかでも、微妙に力加減を変えて倒し方を変えるなど「シェマの調節」がされていた。また「ホースを天井格子にかけてぶら下がった後に、長靴を天井格子にかける」など、同じシェマを別の物に試みる「シェマの同化」もおこなわれていた。さらに「長靴のなかに鈴を入れて、上下にふって音を出す」など、一度に複数の物や動作シェマ(行動の枠組み)を組み合わせた複雑な操作も観察された。したがって、チンパンジーが既存のシェマの調節や同化を自己強化的におこなうことで、多様なシェマを獲得し、物の操作の可能性を把握していることが示唆された。このことは「〇〇するもの」というカテゴリーの生成にもつながり、道具使用や、物の表象的な理解の土台にもなるのではないかと考える。実際に、より表象的な操作とされる「ふり」遊びも観察された。たとえば「ホースの先をバケツの中に入れたまま持ち、水をためるような操作」や「ブラシを紙の上に定位するおえかきのような操作」などである。物を見て、一連の操作のイメージが想起されていることが示唆される。実際の観察場面を紹介しながら、これらの考察について論じたい。</p>
著者
田代 靖子 伊谷 原一 ボンゴリ リンゴモ 木村 大治
出版者
日本霊長類学会
雑誌
霊長類研究 Supplement
巻号頁・発行日
vol.21, pp.67, 2005

コンゴ民主共和国ルオー学術保護区ワンバ地区におけるボノボの研究は、1996年から続いた内戦後、2002年に再開された。内戦の前後でワンバにおけるボノボの生息状況に変化が生じたか、またもし変化したならその原因は何かを明らかにすることを目的として調査をおこなった。<br> 2005年1月から2月(約40日間)ワンバにおいて現地調査をおこなった。内戦前にワンバ地区に生息していた6集団の生息状況を調べるとともに、森林における人間活動について資料を収集した。また、ランドサットデータを用いて、内戦前後の二次林の分布を比較した。その結果、以下のようなことが明らかになった。(1)主な調査対象集団であるE1群は依然村に近いところを遊動しているが、個体数は変化していないのにも関わらずその遊動域が拡大し、過去に利用しなかった場所も利用している。(2)E2集団、P集団は遊動域を大きく変え、ワンバ地区とは異なる地域を主な遊動域としている。(3)他のB, K, Sといった3集団の生息状況は不明。(4)多くの一次林が伐採されて畑になっている。<br> 1973年の調査開始時から内戦開始前まで、各集団の遊動域が大きく変化することはなかったことを考えると、内戦による人為的な影響によってボノボの遊動域が大きく変化した可能性が高い。銃や罠を用いた密猟という直接的な影響以外にも、戦争中村人の多くが森に逃げ込んで生活したことや、戦後の貧困から一次林を伐採した焼畑が急速に拡大したことなどによる植生の変化が、ボノボの生息数を減少させ、各集団の遊動域に影響を与えたと考えられる。ワンバの村人はボノボを食べないが、他の地域からの密猟者の侵入という直接的影響に加え、生息環境の変化という間接的な影響によって、ボノボの生息数が急激に減少していることが予想される。コンゴ民主共和国全体のボノボの詳しい生息状況は不明だが、かなり危機的な状況にあると考えられる。
著者
落合 知美
出版者
日本霊長類学会
雑誌
霊長類研究 Supplement
巻号頁・発行日
vol.32, pp.45, 2016

<p>日本には、全国各地に動物園がある。それら動物園の運営形態は様々であるが、民間所有の動物園には、私鉄が運営する「電鉄系動物園」がある。これらの動物園は、私鉄沿線に作られ、公立動物園とは異なる発展を遂げてきた。関西地方においても、複数の私鉄が動物園を所有し、そこで大型類人猿を飼育してきた。しかし、2000年に入るといくつかの動物園は閉園し、残る電鉄系動物園も大型類人猿を飼育することはなくなった。そのため、飼育されていた大型類人猿の情報が紛失したり、確認が難しい状況となっている。そこで、関西の電鉄系動物園の成り立ちや歴史を調べるとともに、そこで飼育された大型類人猿の情報収集を試みた。調査は、文献調査を中心としておこなった。公益社団法人日本動物園水族館協会が発行する年報や国内血統登録書、文部科学省ナショナルバイオリソースのデータベース、図書館の郷土資料、地域の過去の新聞などを確認した。調査の結果、関西の電鉄系動物園の始まりは、1907年に阪神電気鉄道が開いた香櫨園大遊園地だろうと推測された。香櫨園大遊園地には、動物園のほか、ウォーターシュートや音楽堂などの施設もあった。1910年には、箕面有馬電気鉄道が箕面動物園を開園し、そこではボルネオオランウータンが飼育された。当時の記録には「佛領ボルネオ産の大ゴリラ」との記載がある。その後、京阪電気鉄道、阪急電気鉄道などが動物園を開園した。これら電鉄系の動物園は、沿線開発の一環として、都市と都市をつなぐ沿線に作られ、大型類人猿は珍しい動物として集客に使われていた。開園時期は、蒸気機関車から電車に変化し、都市間を走る私鉄が増加した時代である。一方、2000年代に入り電鉄系動物園の閉鎖が相次いだのは、沿線の宅地開発が終わった時期である。沿線に動物園を所有する意味や、大型類人猿を飼育する理由が時代とともに変化したことが大きな原因になったと推測された。</p>
著者
高井 正成 李 隆助 伊藤 毅 西岡 佑一郎
出版者
日本霊長類学会
雑誌
霊長類研究 Supplement
巻号頁・発行日
vol.28, 2012

韓国中原地域の中期~後期更新世の洞窟堆積物から出土していたマカク類の化石について、予備的な報告を行う。対象とした化石標本は、忠清北道西部のDurubong洞窟(中期~後期更新世)と忠清北道東部のGunang洞窟(後期更新世)からみつかっていたものである。Durubong洞窟は1970年代後半から発表者の李隆助らにより複数の洞窟で発掘調査が行われ、加工された骨や旧石器、人骨が見つかっていた。大型の動物化石としてはマカクザル、サイ、ハイエナ、クマ、シカ、バク、ゾウなどの化石が見つかっていた。またGunang洞窟は1980年代後半から、忠北大学博物館が中心となって発掘調査が行われている、現在も継続中である。旧石器が見つかっている他に、マカクザル、クマ、トラ、シカ、カモシカなどの動物骨が見つかっている。<br> 今回報告するマカクザルの歯は、中国各地のマカク化石やニホンザル化石と比較しても最も大型の部類に含まれる。中国の更新世のマカク化石は、大型の<i>Macaca anderssoni</i>と中型の<i>M. robustus</i>に分けられているが、遊離歯化石だけで両者を区別することは非常に難しいため、同一種とする研究者も多い。今回再検討したマカク化石には、上顎第三大臼歯の遠心部にdistoconulusとよばれる異常咬頭を保持しているものが含まれていた。この形質はニホンザルで高頻度で報告される特徴の一つであるが、<i>M. anderssoni</i>では報告されていない。一方、発表者の伊藤毅がおこなったマカクザル頭骨の内部構造の解析により、M. anderssoniはニホンザルとは別系統に含まれる可能性が高いことが明らかになった。したがって韓国から見つかっているマカクザル化石は、ニホンザルの祖先種グループとしての<i>M. robustus</i>である可能性が高い。
著者
堀田 英莉 関 義正 岡ノ谷 一夫 齋藤 慈子 中村 克樹
出版者
日本霊長類学会
雑誌
霊長類研究 Supplement
巻号頁・発行日
vol.29, 2013

&nbsp;ヒトの乳児の泣き声(crying)は,苦痛や空腹といった何らかのニーズを非明示的にあらわすシグナルであり,ほとんどの哺乳類の乳児は泣き声をあげることで養育者から養育行動を引き出すことができる(Gustafsonら,2000;Bard,2000).アカゲザルやチンパンジーなどヒト以外の霊長類でも,ヒトほど顕著ではないが,母親を含む養育者との身体的な分離が生じたときに,乳児は distress callやscreamを発する(Bard,2000).ヒト以外の霊長類において,乳児の泣き声への応答について調べた研究は未だ少ないが,ヒトを含めた霊長類の養育行動を明らかにするためにはヒト以外の霊長類の乳児の鳴き声への応答を調べることが重要である.コモンマーモセット <i>Callithrix jacchus</i>はヒトと似た家族を社会の単位とし,協同繁殖を行う.本研究では,コモンマーモセットの乳児の泣き声が父親及び母親個体の発声行動に与える影響について調べた.被験体には,コモンマーモセット 5頭(オス 3頭,メス 2頭,6.0 ± 1.6歳)を,乳児音声刺激として被験体の実子(1-7日齢)の泣き声を(乳児条件),成体音声刺激として同じ飼育室の異なるケージで飼育されている成体個体(オス 3頭,メス 3頭,3.6± 0.64歳)の音声(phee call)を使用した(成体条件).また比較のため,無音刺激を用いた(無音条件).実験では,防音箱内に設置したテストケージへの 15分間の馴化を行ったあと,刺激提示前 5分間と刺激提示中の 5分間,刺激提示後 20分間の発声を録音した.時間と条件の 2要因について分散分析を行った結果,乳児条件では成体条件や無音条件と比較して,刺激提示終了後から 10分間にわたって発声頻度が上昇することがわかった(F = 3.543, df = 10/40, p < .01).今後は,乳児の鳴き声を聞いた親個体の神経系の応答やホルモン変化を調べ,泣き声の養育行動へ与える影響について調べたい.
著者
松田 一希
出版者
日本霊長類学会
雑誌
霊長類研究 Supplement
巻号頁・発行日
vol.31, pp.14-14, 2015

開催日時:2015年7月18日(土)13:00-15:30<br>会場:ホールC(国際交流ホールIII)<br><br>研究を始めるにあたり大事なことは、どういったフィールドでどのような霊長類種を研究するかを決めることである。既に多くの基礎データが蓄積された長期調査地、霊長類種の研究は、研究テーマを速やかに開始できるのが長所である一方、他の研究者とのテーマ重複を避けるために限られたデータしか集められないという短所もあるだろう。しかし、新たな調査地の開拓や、まだ研究が進んでいない霊長類種の研究を開始するには、並々ならぬ困難もありそうだ。そこで、新たなフィールド開拓、新しい霊長類種の研究に着手し、今なお第一線で研究を続けている研究者に、その魅力をについて語ってもらう。<br>調査地を開拓し、新たな霊長類種の追跡が軌道に乗っても、次に待ち受けるのはどういったデータを、どのように集めるのかという問題である。正しくデータを集めなくては、せっかくの苦労が報われないこともあるだろう。そこで、一昨年「野生動物の行動観察法」を出版した研究者に、霊長類の行動データを集める際に特に注意する点について語ってもらう。<br>行動データが集まり、分析が終わると論文執筆作業が待ち受けている。昨今のポスドク就職難を考えると、まとめたデータを素早く論文として出版していくことが重要である。また野外で研究をする研究者にとっては、この室内での執筆作業はなるべく早く終わらせ、次のフィールド調査に出かけたいものである。そこで、効率の良い論文の書き方について語ってもらう。<br>自身の研究を更に発展させるために極めて重要なことは、いかに研究費を獲得していくかであろう。そのためには、自分の調査対象、自分の調査地の魅力を客観的に評価した上で、今後の研究戦略を練り上げていく構想力が必要となる。第一線で途切れることなく資金を獲得し、新たなプロジェクトを次々と立ち上げている研究者に、資金獲得に欠かすことのできない申請書をどう書いてきたか、実例をもとに語ってもらう。<br><br>予定プログラム<br>1. 金森朝子(京大・霊長研)「新たなフィールドの開拓―野生オランウータンの調査地」<br>2. 本郷峻(京大・人類進化)「新たな霊長類種の研究開拓―マンドリル研究」<br>3. 井上英治(京大・人類進化)「その手法はだいじょうぶ?―霊長類の行動データ収集」<br>4. 松田一希(京大・霊長研)「どうやって論文をまとめるか―効率の良い書き方」<br>5. 半谷吾郎(京大・霊長研)「どうやって研究資金を獲得するか―研究戦略の練り上げ」<br><br>主催:<br>企画責任者:松田一希(京大・霊長研)<br>連絡先:ikki.matsuda@gmail.com / 0568-63-0271
著者
山越 言 森村 成樹 松沢 哲郎
出版者
日本霊長類学会
雑誌
霊長類研究 Supplement
巻号頁・発行日
vol.32, pp.41-41, 2016

<p>ギニア共和国ボッソウでは、1976年より同村周辺を生息域とするチンパンジー一群の長期継続観察が行われてきた。研究開始当初から個体数は約20個体で推移して来たが、2003年の感染症によりほぼ3/4の個体が失われた。その後も個体数は減少を続け、2016年4月現在で8個体を残すのみである。また、8個体のうち半数は老齢個体であり、近い将来、個体数がさらに半減する可能性が高い。2013年末に発生したエボラウィルス病による研究中断を挟み、2015年末から研究活動を再開したところであるが、現状においてギニア政府筋からは、個体群の「持続性」の担保をもくろみ、同国内のサンクチュアリ施設からの個体導入の検討を強く求められている。ボッソウのチンパンジー個体群の存続のために何ができるのか,という問いを真剣に検討する時期に来ているといえる。周辺群との個体の移出入の促進と近親交配回避の現状、地域個体群の遺伝子の「真正性」の維持、道具使用等の地域文化の継続性、地域住民の観光資源となっている社会的継続性の問題など、この問題に影響を与える要因は多様である。ギニア政府からの要望にどのように対処するかも含めた当面の対策として、観察者との接触頻度を抑え、過剰な人馴れを防ぐことで周辺群からの移入を促すという暫定的方針を提案する。1970年代以降、「地域絶滅」していたオナガザルが、エボラによる中断期にボッソウの森で確認されたことをひとつの希望と考えたい。</p>
著者
小薮 大輔
出版者
日本霊長類学会
雑誌
霊長類研究 Supplement
巻号頁・発行日
vol.29, 2013

&nbsp;ヒトの後頭部を構成する骨の一つに頭頂間骨という骨がある.形態学の教科書を紐解くと,頭頂間骨はヒト,齧歯類,奇偶蹄類,食肉類に存在し,異節類,鰭脚類,モグラ類,センザンコウ類などの系統では存在しないとされている.その進化的起源に関し 19世紀以来,幾人かの解剖学者が注目してきたものの,その有無が系統的に安定しないこと,そして成長に伴ってすぐに他の骨に癒合することから,多くの学説を混乱させてきた.そこで発表者は 300種以上の現生及び化石単弓類を対象に頭頂間骨の発生学的,系統学的変異を調査した.その結果,通説に反して全ての目で胎子期には頭頂間骨が存在することが確認された.胎子期初期には容易に確認しうるが成長に伴ってすぐに他の骨に癒合するため,多くの系統でその存在が見落とされてきたと考えられる.さらに,頭頂間骨は基本的に 2組の骨化中心(内側外側各 1組)から発生することが確認された.従来,祖先的単弓類の後頭頂骨 1組が哺乳類の頭頂間骨となり,祖先的単弓類の板状骨 1組が喪失することで哺乳類の後頭部は成立したと考えられてきた.しかし ,本研究の結果は哺乳類の頭頂間骨は進化的に 2組の骨から起源した可能性を示唆する.つまり頭頂間骨の内側骨化中心の 1組は祖先的単弓類の後頭頂骨 1組とのみ相同であり,また哺乳類に至る系統で喪失したとされてきた祖先的単弓類の板状骨は,実は頭頂間骨の外側骨化中心の 1組と相同であり,通説に反し哺乳類でも失われることなく存在していると考えられる.また最近の研究から,頭頂間骨を除きマウスの頭骨を構成する全ての骨は中胚葉もしくは神経堤細胞由来のいずれかに由来することが明らかになった.一方,頭頂間骨は内側が神経堤細胞から,外側は中胚葉からそれぞれ発生する.頭頂間骨におけるこの複合的な発生学的由来は,板状骨と後頭頂骨が進化的に融合して哺乳類の頭頂間骨が起源したことと関連しているかもしれない.
著者
西江 仁徳
出版者
日本霊長類学会
雑誌
霊長類研究 Supplement
巻号頁・発行日
vol.32, pp.39-40, 2016

<p>2014年11月に、タンザニア・マハレM集団のチンパンジーが、地中の穴の中にいるセンザンコウに遭遇した事例を報告する。ギニア・ボッソウのチンパンジーはキノボリセンザンコウを捕食することが知られているが、これまでマハレではチンパンジーとセンザンコウの遭遇事例の報告はない。今回の観察では、マハレM集団全65個体(当時)のうち20個体が、地中の穴の中にいるセンザンコウに対して何らかの働きかけをおこなった。このうち、穴の中を覗き込んだだけの個体が17個体、さらに穴に枝を挿入した個体が3個体、さらにそのうち2個体は自分の腕を穴の奥に突っ込んだ。穴の中を覗き込むさいには、穴に顔を突っ込む個体も多く見られた。穴に枝を挿入した3個体は、1個体がオトナオス、2個体がワカモノオスで、最初にオトナオスが枝を挿入したあと、ワカモノオス2個体が引き続いて枝の挿入をした。穴の中に腕を突っ込んだのはこのワカモノオス2個体で、いずれも覗き込みや枝挿入をしたあとに腕の挿入をおこなった。穴に挿入した枝は4本回収し、最長のもので約4メートル(基部の直径≒1.5センチメートル)、最短のもので約50センチメートル(基部の直径≒1.2センチメートル)だった。チンパンジーはセンザンコウに対しておおむね新奇な対象を探索するような反応をしていたことから、マハレではチンパンジーとセンザンコウはふだんから互いに出会うことがほとんどなく、ボッソウのような捕食/被食関係にはないことが示唆される。</p>
著者
横山 真弓 阿部 豪 斉田 栄里奈 西牧 正美
出版者
日本霊長類学会
雑誌
霊長類研究 Supplement
巻号頁・発行日
vol.29, 2013

&nbsp;兵庫県では,特定外来生物アライグマによる深刻な被害が発生しており,年間約 4000頭が捕獲されている.2008年頃までは主に猟友会等による捕獲が中心であったが,2009年に篠山市は特定外来生物防除計画に基づき,住民を対象とした「捕獲従事者講習会」を実施したところ,約 800人が受講し,捕獲従事者制度による捕獲が開始された.現在でも約 650人が捕獲従事者として登録している.さらに現在までに,三田市,神戸市等が同様の取り組みを行い,被害住民自らが捕獲に取り組む活動が浸透しつつある.しかし,捕獲従事者制度はワナの貸し出しの有無や捕獲活動支援などの仕組みは,市町により大きく異なっている.一方で篠山市大山地区では,住民により「NPO法人大山捕獲隊」が結成され,住民参画によるアライグマの集中的な捕獲が行われるようになった地域もある.今後著しく増加するアライグマに対しては,住民主体の捕獲従事者による捕獲を効果的に進め,地域からのアライグマ排除を進める必要がある.<br>&nbsp;本研究では,効果的な住民参画型の捕獲を推進するため,上記に挙げた3市におけるアライグマ捕獲従事者の捕獲努力量の実態と,捕獲圧の効果を明らかにする.また,捕獲従事者による効果的な捕獲を推進するために求められる今後の体制について考察する."
著者
五百部 裕 田代 靖子
出版者
日本霊長類学会
雑誌
霊長類研究 Supplement
巻号頁・発行日
vol.31, pp.45-46, 2015

演者らは、既存の調査路を繰り返しゆっくり歩き直接観察した調査対象種を記録するという方法で、タンザニア共和国マハレ山塊国立公園やウガンダ共和国カリンズ森林において、中・大型哺乳類の生息密度を推定してきた。この方法の最大のメリットは、新たに調査路を切り開く労力がいらず、極めて低コストで調査対象種の生息密度を推定できることであり、定期的に資料を収集することで生息密度の変化も把握できることにある。一方で、同じルートを何回歩けば、信頼できる資料が収集できるのかといった点は検討されてこなかった。そこで本研究は、カリンズにおいて、比較的短い間隔で二つの時期に資料を収集し、この方法の問題点を検証した。小乾季の中ほどにあたる2014年2月と大乾季の終わりの8月に現地調査を行った。この調査では、長さ2.5kmのセンサスルート6本(うち1本は1.5km)を利用して、センサスルートを歩きながら発見した哺乳類種を記録するという方法によって生息密度の推定を行った。1日に二つのルートを歩き、2月はそれぞれのルートを3回ずつ、8月は4回ずつ歩いた。調査期間中に直接観察できたのは、オナガザル科霊長類5種(レッドテイルモンキー、ブルーモンキー、ロエストモンキー、アヌビスヒヒ、アビシニアコロブス)と森林性リス(種不明)、ブルーダイカーであった。このようにして得られた資料を用いてこの方法の問題点を検証するとともに、1997年度にほぼ同様の方法で行われたセンサス結果と比較し、カリンズの中・大型哺乳類の生息密度の変化を考察する。
著者
栗原 望 曽根 啓子 子安 和弘
出版者
日本霊長類学会
雑誌
霊長類研究 Supplement
巻号頁・発行日
vol.29, 2013

鯨蹄類(CETUNGULATA)は現生哺乳類の鯨偶蹄類と奇蹄類を含む単系統群である.本シンポジウムの開催により,鯨蹄類研究のさらなる発展を期待している. 演題1 キリン科における首の運動メカニズムの解明:     郡司芽久(東京大学大学院農学生命科学研究科)・遠藤秀紀(東京大学総合研究博物館) ほぼ全ての哺乳類は 7個の頸椎をもち,首が非常に長いキリンもその例外ではない.しかしキリンでは,第一胸椎が頸椎的な形態を示すことが知られている.本研究では,キリンとオカピの首の筋構造を比較し,キリン科の首の運動メカニズムの解明を試みた.調査の結果,首の根元を動かす筋の付着位置が,キリンとオカピで異なることがわかった.筋の付着位置の違いから,第一胸椎の特異的な形態の機能的意義について議論する.演題2 カズハゴンドウ(Peponocephala electra)に見られる歯の脱落     栗原 望(国立科学博物館動物研究部脊椎動物研究グループ) ハクジラ類の歯は一生歯性であり,生活史の中で必然的に脱落することはない.しかし,カズハゴンドウでは,複数の歯を失った個体が非常に多く見受けられる.歯の脱落傾向や歯の形状を調べたところ,歯の脱落が歯周病などの外的要因により引き起こされたのではなく,内的要因により引き起こされたことが示唆された.本種で見られる歯の脱落が示す系統学的意義について議論したい.演題3 偶蹄類ウシ科の歯数変異と歯冠サイズの変動性     夏目(高野)明香(NPO法人犬山里山学研究所,犬山市立犬山中学校) 哺乳類全般の歯の系統発生的退化現象から歯式進化の様々な仮説が提唱されてきているが,これらの仮説は分類群ごとの傾向を反映していない.そこで偶蹄類ウシ科カモシカ類の歯数変異と歯冠サイズの変動性を調べたところ,P 2は変異性が高い不安定な特徴や,計測学的解析から他臼歯とは異なる特徴的な形質を保有することが明らかとなった.この事から,カモシカ類において,下顎小臼歯数 2が将来の歯式として定着する可能性があると考えられる.演題4 愛知学院大学歯科資料展示室とカモシカ標本コレクション     曽根啓子(愛知学院大学歯学部歯科資料展示室) 展示室には1,300頭以上のカモシカの頭骨標本が保管されている.これらの標本は 1989年度から2011年度にかけて愛知県内で捕獲されたものであり,2001年から標本登録されている.この標本コレクションは展示室の収集物でも,研究上重要な位置を占めるものであり,カモシカの形態学・遺伝学的研究に活用されている.本発表では,カモシカの収集・保管活動を紹介するとともに,頭蓋と歯に認められた形態異常および口腔疾患 (歯周病 )について報告する.演題5 鯨蹄類における乳歯列の進化     子安和弘(愛知学院大学歯学部解剖学講座)「三結節説」と「トリボスフェニック型臼歯概念」の陰で忘れさられた「小臼歯・大臼歯相似説」に再度光をあてて,歯の形態学における乳歯と乳歯式の重要性を指摘する.最古の「真獣類」とされるジュラマイアの歯式,I5,C1,P5,M3/I4,C1,P5,M3=54から現生鯨蹄類の歯列進化過程における乳歯列の進化と咬頭配置の相同性について概観する.
著者
堀 智彦
出版者
日本霊長類学会
雑誌
霊長類研究 Supplement
巻号頁・発行日
vol.29, 2013

&nbsp;一般的に,哺乳類の大臼歯の基本型はトリボスフェニック型大臼歯であり,上顎臼歯ではその進化上 3咬頭から遠心舌側に hypoconeが出現し 4咬頭となった.現生の新世界ザルにおいてマーモセット類は 3咬頭であるが,それは必ずしも原始的というわけではない.本研究ではオマキザル類とマーモセット類の上顎第 1大臼歯,特に hypoconeの出現パターンを比較検討し,その進化傾向について予備的に考察する.現在のところ最古の新世界ザルとされている <i>Branisella boliviana<i>は hypoconeを持つが,上顎大臼歯の形質はマーモセット類に近い.ここで,現生のマーモセット類をみると, <i>Callithrix</i>は 3咬頭で hypoconeは存在しない.いっぽう <i>Saguinus</i>は小さな hypoconeを持つ種もあり,3咬頭と4咬頭が混在している.マーモセット類の次のステージで,かつ新世界ザルにおいて原始的な形質とされる大臼歯を持つ <i>Saimiri</i>は hypoconeがあり完全に 4咬頭である.<i>Saimiri</i>の化石種である <i>Neosaimiri</i>と現生 <i>Saimiri</i>の進化傾向をみると,現生種への進化過程において hypoconeの高さは縮小傾向にあり,高い hypoconeをもつ個体は減少していることが示唆された.マーモセット類における hypoconeの出現パターンおよび <i>Saimiri</i>の進化傾向を検討した結果,新世界ザルは 4咬頭から 3咬頭に進化している可能性がある.
著者
高井 正成
出版者
日本霊長類学会
雑誌
霊長類研究 Supplement
巻号頁・発行日
vol.29, 2013

&nbsp;東南アジア大陸部の中新世末(約 700万年前)~鮮新世末(約 250万年前)にかけての陸生哺乳類相の変遷を,最新の化石発掘調査の成果を基に報告し,同地域の現生哺乳類相への進化プロセスについての検討をおこなう.<br><br>&nbsp;京都大学霊長類研究所では,2002年からミャンマー中央部の第三紀後半の地層を対象に,霊長類化石の発掘を主目的とした発掘調査を行ってきた.この調査では複数の調査地点を対象にしているが,これまでに中新世末~鮮新世初頭に相当するチャインザウック地点と,鮮新世後半のグウェビン地点の化石動物相の記載が進展し,この期間におけるミャンマー中央部の動物相の変遷状況が明らかになりつつある.<br><br>&nbsp;現在のミャンマー中央部はモンスーン気候の影響下にあるが,夏季の湿った季節風は西部のアラカン山脈で雨となってしまうため,風下側では比較的乾燥した環境にある.しかし後期中新世の前半では,南~東南アジア地域は比較的湿潤な森林地帯であり,ミャンマー中央部でも主に森林性の哺乳類が生息していたことが先行研究で明らかになっていた.最近のミャンマー中央部の鮮新世初頭~鮮新世末の地層の発掘調査の結果,当時の環境が森林と草原の混在する状況で,森林性と草原性の動物が混在していたことが判明している.現在のような乾燥地域ほどではないが,ヒマラヤ山脈やチベット高原の上昇に伴いモンスーン気候が進み,次第に乾燥化・草原化が進む段階にあったことが明らかになりつつある.<br><br>&nbsp;またチャインザウック相では南アジアの動物相の要素が多いのに対し,グウェビン相では東南アジアの動物相が急増していることが判明した.その原因としては,後期中新世以降に顕著になったアラカン山脈の上昇にともない,ブラマプトラ河などの大型河川の流路が変わり,現在の様な地理的障壁が成立して南アジアと東南アジアの動物相の交流が低下したのではないかと考えられる.<br><br>&nbsp;今回のシンポジウムでは,霊長類(オナガザル科),小型齧歯類(ヤマアラシ科,ネズミ科,リス科),大型食肉類(クマ科など),長鼻類(ステゴドン科など)の化石の産出状況について4名の発表者が成果を報告し,東南アジアや南アジアの現生種との関連性を中心に話題提供をおこないたい.古生物学者だけでなく現生種の研究者からの参加も歓迎する.
著者
加賀谷 美幸 青山 裕彦 濱田 穣
出版者
日本霊長類学会
雑誌
霊長類研究 Supplement
巻号頁・発行日
vol.31, pp.61-61, 2015

樹上性の強い霊長類ほど前肢の運動範囲が広く、前肢帯の可動性も高いとされる。前肢帯を構成する肩甲骨や鎖骨の立体配置やその位置変化の種間の違いを明らかにするため、京都大学霊長類研究所に飼育されるヒヒ、ニホンザル、オマキザル、クモザルの成体を対象として計測を行った。獣医師の協力のもと、麻酔下、接触型三次元デジタイザを用い、前肢や前肢帯骨格の位置を示す座標を、肢位を変えて取得した。また、X線CT撮影を行い、各個体の骨格要素の形状を抽出し、先に計測した三次元データに重ねあわせることにより、前肢や前肢帯の骨格の位置関係をソフトウェア上で復元した。ヒヒやニホンザルでは、上腕骨は矢状面上の投影角にして180度程度(体幹軸の延長ライン)までしか前方挙上されないが、オマキザルでは180度以上、クモザルはおよそ270度に達し、樹上性の強い新世界ザルでは頭背側への上腕の可動性が大きいことが明らかとなった。これら最大前方挙上位においては、肩甲骨が背側へ移動し、オマキザルやクモザルでは肩甲骨関節窩が頭外側を向くが、ニホンザルやヒヒでは関節窩が頭外側かつ腹側に向いており、肩甲骨棘上窩が長いために脊柱の棘突起と肩甲骨内側縁が干渉していた。とくにヒヒでは、前肢挙上時に鎖骨が胸郭上口をまたぐように胸骨から直線的に背側に向いていた。ヒヒの肩甲骨は内外側に長く鎖骨が相対的に短いことが知られており、これらの骨格形態の特徴が肩甲骨関節窩のとり得る位置や向きの自由度を低めているようであった。また、クモザルの鎖骨は弓状に大きな湾曲を示すことが知られていたが、前肢挙上時には胸郭上口の縁のカーブに鎖骨の湾曲が沿う配置となり、これによって体幹部との干渉を避けつつ肩甲上腕関節を保持できていることが観察された。このように、前肢帯骨の立体配置は種によって異なり、それが前肢の運動機能の種差をもたらしているようすが明らかとなった。