著者
中川 優梨花 飯野 由梨 斉藤 真一 小林 万里 玉手 英利
出版者
日本霊長類学会
雑誌
霊長類研究 Supplement
巻号頁・発行日
vol.29, 2013

ゴマフアザラシ (Phoca largha)の配偶システムは,一夫一妻型であるとされている.しかし,配偶ペアがどの程度安定して維持されるのか(pair-bond),ペア外繁殖がどの程度起こるのか (mating fidelity)など,配偶行動と実際の繁殖成功度の関連については,観察・遺伝データ共に十分な知見が得られてはいない.そのため本研究では,長期個体観察が可能である飼育集団を対象とし,主に遺伝学的手法を用いて繁殖履歴の調査を行った.また,副次的な課題として飼育個体・集団の遺伝的多様度を測定し,野生集団との比較も行った. 研究に用いた個体は,鶴岡市立加茂水族館と城崎マリンワールドの飼育個体 (母獣・成熟メス計 5個体,父獣候補 6個体,仔 16個体 )である.比較を行う野生個体は,計 30個体 (礼文,羅臼,納沙布各 10個体 )である.体毛 (産毛を含む )・組織から DNAを抽出し,近縁種由来 microsatelliteマーカー5座位 (Han et al., 2010),種特異的 3座位 (小林,2011)を用いて遺伝子型を決定した.得られた遺伝子型から飼育個体の血縁判定を行い,個体の繁殖成功を推定,mating fidelityの評価を行った.その後,ヘテロ接合度・血縁度・近交係数の算出を行い,遺伝的多様性の評価を行った. その結果,特定の個体が繁殖を独占したこと,配偶ペア間で pair-bondが維持されていた可能性が示された.鰭脚類は,集団間で行動に差異が生じている種も少なくない.また,成熟オスは互いに威嚇しあい,少数が繁殖に有利な機会を得るとされる.そのため,成熟個体が同所飼育された場合には優位劣位の関係が生じ,特定の個体が繁殖に関して有利となった可能性が考えられる.しかし,メスは優位オスを必ずしも配偶相手に選ばない可能性も示唆されている (Flatz et al., 2012).今後,さらなる観察データ等の蓄積が必要と考えている.
著者
河部 壮一郎 小林 沙羅 遠藤 秀紀
出版者
日本霊長類学会
雑誌
霊長類研究 Supplement
巻号頁・発行日
vol.29, 2013

 食肉目における水中への適応進化は幾度かおこっており,そしてその度合いも様々である.これまでに,一部の半水棲種における嗅球が小さくなることが知られているが,このことから嗅球体積は水棲環境への依存度を反映していると考えられている.嗅球体積は頭骨形態から計測できるため,絶滅哺乳類における水棲適応の進化を知る上で欠くことのできない重要な情報である.しかし鰭脚類における嗅球体積が他の食肉動物のものと異なるのかどうか詳しく知られていない.一方,視力や眼球サイズも水棲環境への依存度により変化するとされている.しかし,水棲適応度と眼窩サイズに関係があるのか,その詳細な検討はされていない.水棲適応の進化を解明する上で,嗅球や眼窩サイズが水棲環境への適応度の違いを反映しているのかどうかを明らかにすることは重要である.よって,本研究では食肉目における嗅球および眼窩サイズが脳や頭蓋サイズに対してどのようなスケーリング関係を示すのか調べた.その結果,眼窩・脳・頭蓋サイズは互いに高い相関を示すことがわかった.しかし,嗅球体積と脳あるいは頭蓋サイズとの間に見られる相関は比較的低かった.陸棲種と比較すると,鰭脚類を含む水棲・半水棲種の嗅球体積は,脳や頭蓋に対して小さいという結果を得た.これまで,水棲適応度が高い種ほど嗅球体積は小さくなると言われていたが,鰭脚類においてもこのことは当てはまることが明らかとなった.よって絶滅種における水棲適応度を考える上で,嗅球体積は一つの重要な指標になる得ることが示された.しかし,水棲適応度と眼窩サイズには明確な相関が見られなかった.このことは,視覚器は水棲適応により構造的な変化は示すものの,サイズは大きく変化しないという可能性を示しているが,今後のより詳細な検討が必要である.
著者
小澤 幸重
出版者
日本霊長類学会
雑誌
霊長類研究 Supplement
巻号頁・発行日
vol.29, 2013

背景:上下顎異なる形態の裂肉歯や通常の臼歯,切歯などの起源はほぼ円錐歯であることは化石試料で明らかであるが,その後の進化あるいは形態形成については上下顎の臼歯が異なる道を辿ったとされる.しかしその要因については殆ど議論が無い.この点を歯の形態形成から検討する.議論:哺乳類の歯の特徴は形態が複雑になることである.その形態形成,即ち咬頭や歯根の分化は開始点から対称に放散する.しかし顎の形成要因の制御によって各種,歯種の固有の形態となる.顎は頭部の一部であり,頭部は体の一部であるため,これらを統一的に解析すると, ①分節(集合)性,②対称(安定)性, ③周期(律動)性が一貫して流れている.即ち 1)上下顎は本来対称である.体制の対称は,相補い一つの目的達成に働く.例えば,左右対称では上下肢,脳神経,視覚,あるいは対立遺伝子(相補遺伝子),神経の相補的特殊化などであり,腸の平滑筋の多軸対称と分節の繰り返しは蠕動運動や振り子運動となる.よって上下顎の相補的関係があることが分かる.2)歯系の相補的関係は左右,そして捕食から咀嚼,嚥下までの左右,頭尾の連携の一部である.3)歯はこれに係わる咬合,裂肉あるいは咀嚼という相補的働きをする.この相補機構は機能的な連動を示すが,歯はこれに加えて形態的に上下顎が噛み合う(咬合)という互いにはまり込む形態をしめす.これを形態的相補性(Morphological complement)と名付ける.4)この視点から歯の進化に関する学説を振り返ると,形態的相補性の確立過程を明らかにしたものである.5)相補性の起源と進化は,生命が地球上に出現し環境と親和し,多細胞となって互いに接着共存し,高度な体制となり組織,器官の相補性へと分化したと考えることが出来る.皆様の御意見を頂きたい.
著者
山越 言 森村 成樹 松沢 哲郎
出版者
日本霊長類学会
雑誌
霊長類研究 Supplement
巻号頁・発行日
vol.32, pp.41-41, 2016

<p>ギニア共和国ボッソウでは、1976年より同村周辺を生息域とするチンパンジー一群の長期継続観察が行われてきた。研究開始当初から個体数は約20個体で推移して来たが、2003年の感染症によりほぼ3/4の個体が失われた。その後も個体数は減少を続け、2016年4月現在で8個体を残すのみである。また、8個体のうち半数は老齢個体であり、近い将来、個体数がさらに半減する可能性が高い。2013年末に発生したエボラウィルス病による研究中断を挟み、2015年末から研究活動を再開したところであるが、現状においてギニア政府筋からは、個体群の「持続性」の担保をもくろみ、同国内のサンクチュアリ施設からの個体導入の検討を強く求められている。ボッソウのチンパンジー個体群の存続のために何ができるのか,という問いを真剣に検討する時期に来ているといえる。周辺群との個体の移出入の促進と近親交配回避の現状、地域個体群の遺伝子の「真正性」の維持、道具使用等の地域文化の継続性、地域住民の観光資源となっている社会的継続性の問題など、この問題に影響を与える要因は多様である。ギニア政府からの要望にどのように対処するかも含めた当面の対策として、観察者との接触頻度を抑え、過剰な人馴れを防ぐことで周辺群からの移入を促すという暫定的方針を提案する。1970年代以降、「地域絶滅」していたオナガザルが、エボラによる中断期にボッソウの森で確認されたことをひとつの希望と考えたい。</p>
著者
小薮 大輔
出版者
日本霊長類学会
雑誌
霊長類研究 Supplement
巻号頁・発行日
vol.29, 2013

&nbsp;ヒトの後頭部を構成する骨の一つに頭頂間骨という骨がある.形態学の教科書を紐解くと,頭頂間骨はヒト,齧歯類,奇偶蹄類,食肉類に存在し,異節類,鰭脚類,モグラ類,センザンコウ類などの系統では存在しないとされている.その進化的起源に関し 19世紀以来,幾人かの解剖学者が注目してきたものの,その有無が系統的に安定しないこと,そして成長に伴ってすぐに他の骨に癒合することから,多くの学説を混乱させてきた.そこで発表者は 300種以上の現生及び化石単弓類を対象に頭頂間骨の発生学的,系統学的変異を調査した.その結果,通説に反して全ての目で胎子期には頭頂間骨が存在することが確認された.胎子期初期には容易に確認しうるが成長に伴ってすぐに他の骨に癒合するため,多くの系統でその存在が見落とされてきたと考えられる.さらに,頭頂間骨は基本的に 2組の骨化中心(内側外側各 1組)から発生することが確認された.従来,祖先的単弓類の後頭頂骨 1組が哺乳類の頭頂間骨となり,祖先的単弓類の板状骨 1組が喪失することで哺乳類の後頭部は成立したと考えられてきた.しかし ,本研究の結果は哺乳類の頭頂間骨は進化的に 2組の骨から起源した可能性を示唆する.つまり頭頂間骨の内側骨化中心の 1組は祖先的単弓類の後頭頂骨 1組とのみ相同であり,また哺乳類に至る系統で喪失したとされてきた祖先的単弓類の板状骨は,実は頭頂間骨の外側骨化中心の 1組と相同であり,通説に反し哺乳類でも失われることなく存在していると考えられる.また最近の研究から,頭頂間骨を除きマウスの頭骨を構成する全ての骨は中胚葉もしくは神経堤細胞由来のいずれかに由来することが明らかになった.一方,頭頂間骨は内側が神経堤細胞から,外側は中胚葉からそれぞれ発生する.頭頂間骨におけるこの複合的な発生学的由来は,板状骨と後頭頂骨が進化的に融合して哺乳類の頭頂間骨が起源したことと関連しているかもしれない.
著者
西江 仁徳
出版者
日本霊長類学会
雑誌
霊長類研究 Supplement
巻号頁・発行日
vol.32, pp.39-40, 2016

<p>2014年11月に、タンザニア・マハレM集団のチンパンジーが、地中の穴の中にいるセンザンコウに遭遇した事例を報告する。ギニア・ボッソウのチンパンジーはキノボリセンザンコウを捕食することが知られているが、これまでマハレではチンパンジーとセンザンコウの遭遇事例の報告はない。今回の観察では、マハレM集団全65個体(当時)のうち20個体が、地中の穴の中にいるセンザンコウに対して何らかの働きかけをおこなった。このうち、穴の中を覗き込んだだけの個体が17個体、さらに穴に枝を挿入した個体が3個体、さらにそのうち2個体は自分の腕を穴の奥に突っ込んだ。穴の中を覗き込むさいには、穴に顔を突っ込む個体も多く見られた。穴に枝を挿入した3個体は、1個体がオトナオス、2個体がワカモノオスで、最初にオトナオスが枝を挿入したあと、ワカモノオス2個体が引き続いて枝の挿入をした。穴の中に腕を突っ込んだのはこのワカモノオス2個体で、いずれも覗き込みや枝挿入をしたあとに腕の挿入をおこなった。穴に挿入した枝は4本回収し、最長のもので約4メートル(基部の直径≒1.5センチメートル)、最短のもので約50センチメートル(基部の直径≒1.2センチメートル)だった。チンパンジーはセンザンコウに対しておおむね新奇な対象を探索するような反応をしていたことから、マハレではチンパンジーとセンザンコウはふだんから互いに出会うことがほとんどなく、ボッソウのような捕食/被食関係にはないことが示唆される。</p>
著者
横山 真弓 阿部 豪 斉田 栄里奈 西牧 正美
出版者
日本霊長類学会
雑誌
霊長類研究 Supplement
巻号頁・発行日
vol.29, 2013

&nbsp;兵庫県では,特定外来生物アライグマによる深刻な被害が発生しており,年間約 4000頭が捕獲されている.2008年頃までは主に猟友会等による捕獲が中心であったが,2009年に篠山市は特定外来生物防除計画に基づき,住民を対象とした「捕獲従事者講習会」を実施したところ,約 800人が受講し,捕獲従事者制度による捕獲が開始された.現在でも約 650人が捕獲従事者として登録している.さらに現在までに,三田市,神戸市等が同様の取り組みを行い,被害住民自らが捕獲に取り組む活動が浸透しつつある.しかし,捕獲従事者制度はワナの貸し出しの有無や捕獲活動支援などの仕組みは,市町により大きく異なっている.一方で篠山市大山地区では,住民により「NPO法人大山捕獲隊」が結成され,住民参画によるアライグマの集中的な捕獲が行われるようになった地域もある.今後著しく増加するアライグマに対しては,住民主体の捕獲従事者による捕獲を効果的に進め,地域からのアライグマ排除を進める必要がある.<br>&nbsp;本研究では,効果的な住民参画型の捕獲を推進するため,上記に挙げた3市におけるアライグマ捕獲従事者の捕獲努力量の実態と,捕獲圧の効果を明らかにする.また,捕獲従事者による効果的な捕獲を推進するために求められる今後の体制について考察する."
著者
五百部 裕 田代 靖子
出版者
日本霊長類学会
雑誌
霊長類研究 Supplement
巻号頁・発行日
vol.31, pp.45-46, 2015

演者らは、既存の調査路を繰り返しゆっくり歩き直接観察した調査対象種を記録するという方法で、タンザニア共和国マハレ山塊国立公園やウガンダ共和国カリンズ森林において、中・大型哺乳類の生息密度を推定してきた。この方法の最大のメリットは、新たに調査路を切り開く労力がいらず、極めて低コストで調査対象種の生息密度を推定できることであり、定期的に資料を収集することで生息密度の変化も把握できることにある。一方で、同じルートを何回歩けば、信頼できる資料が収集できるのかといった点は検討されてこなかった。そこで本研究は、カリンズにおいて、比較的短い間隔で二つの時期に資料を収集し、この方法の問題点を検証した。小乾季の中ほどにあたる2014年2月と大乾季の終わりの8月に現地調査を行った。この調査では、長さ2.5kmのセンサスルート6本(うち1本は1.5km)を利用して、センサスルートを歩きながら発見した哺乳類種を記録するという方法によって生息密度の推定を行った。1日に二つのルートを歩き、2月はそれぞれのルートを3回ずつ、8月は4回ずつ歩いた。調査期間中に直接観察できたのは、オナガザル科霊長類5種(レッドテイルモンキー、ブルーモンキー、ロエストモンキー、アヌビスヒヒ、アビシニアコロブス)と森林性リス(種不明)、ブルーダイカーであった。このようにして得られた資料を用いてこの方法の問題点を検証するとともに、1997年度にほぼ同様の方法で行われたセンサス結果と比較し、カリンズの中・大型哺乳類の生息密度の変化を考察する。
著者
栗原 望 曽根 啓子 子安 和弘
出版者
日本霊長類学会
雑誌
霊長類研究 Supplement
巻号頁・発行日
vol.29, 2013

鯨蹄類(CETUNGULATA)は現生哺乳類の鯨偶蹄類と奇蹄類を含む単系統群である.本シンポジウムの開催により,鯨蹄類研究のさらなる発展を期待している. 演題1 キリン科における首の運動メカニズムの解明:     郡司芽久(東京大学大学院農学生命科学研究科)・遠藤秀紀(東京大学総合研究博物館) ほぼ全ての哺乳類は 7個の頸椎をもち,首が非常に長いキリンもその例外ではない.しかしキリンでは,第一胸椎が頸椎的な形態を示すことが知られている.本研究では,キリンとオカピの首の筋構造を比較し,キリン科の首の運動メカニズムの解明を試みた.調査の結果,首の根元を動かす筋の付着位置が,キリンとオカピで異なることがわかった.筋の付着位置の違いから,第一胸椎の特異的な形態の機能的意義について議論する.演題2 カズハゴンドウ(Peponocephala electra)に見られる歯の脱落     栗原 望(国立科学博物館動物研究部脊椎動物研究グループ) ハクジラ類の歯は一生歯性であり,生活史の中で必然的に脱落することはない.しかし,カズハゴンドウでは,複数の歯を失った個体が非常に多く見受けられる.歯の脱落傾向や歯の形状を調べたところ,歯の脱落が歯周病などの外的要因により引き起こされたのではなく,内的要因により引き起こされたことが示唆された.本種で見られる歯の脱落が示す系統学的意義について議論したい.演題3 偶蹄類ウシ科の歯数変異と歯冠サイズの変動性     夏目(高野)明香(NPO法人犬山里山学研究所,犬山市立犬山中学校) 哺乳類全般の歯の系統発生的退化現象から歯式進化の様々な仮説が提唱されてきているが,これらの仮説は分類群ごとの傾向を反映していない.そこで偶蹄類ウシ科カモシカ類の歯数変異と歯冠サイズの変動性を調べたところ,P 2は変異性が高い不安定な特徴や,計測学的解析から他臼歯とは異なる特徴的な形質を保有することが明らかとなった.この事から,カモシカ類において,下顎小臼歯数 2が将来の歯式として定着する可能性があると考えられる.演題4 愛知学院大学歯科資料展示室とカモシカ標本コレクション     曽根啓子(愛知学院大学歯学部歯科資料展示室) 展示室には1,300頭以上のカモシカの頭骨標本が保管されている.これらの標本は 1989年度から2011年度にかけて愛知県内で捕獲されたものであり,2001年から標本登録されている.この標本コレクションは展示室の収集物でも,研究上重要な位置を占めるものであり,カモシカの形態学・遺伝学的研究に活用されている.本発表では,カモシカの収集・保管活動を紹介するとともに,頭蓋と歯に認められた形態異常および口腔疾患 (歯周病 )について報告する.演題5 鯨蹄類における乳歯列の進化     子安和弘(愛知学院大学歯学部解剖学講座)「三結節説」と「トリボスフェニック型臼歯概念」の陰で忘れさられた「小臼歯・大臼歯相似説」に再度光をあてて,歯の形態学における乳歯と乳歯式の重要性を指摘する.最古の「真獣類」とされるジュラマイアの歯式,I5,C1,P5,M3/I4,C1,P5,M3=54から現生鯨蹄類の歯列進化過程における乳歯列の進化と咬頭配置の相同性について概観する.
著者
堀 智彦
出版者
日本霊長類学会
雑誌
霊長類研究 Supplement
巻号頁・発行日
vol.29, 2013

&nbsp;一般的に,哺乳類の大臼歯の基本型はトリボスフェニック型大臼歯であり,上顎臼歯ではその進化上 3咬頭から遠心舌側に hypoconeが出現し 4咬頭となった.現生の新世界ザルにおいてマーモセット類は 3咬頭であるが,それは必ずしも原始的というわけではない.本研究ではオマキザル類とマーモセット類の上顎第 1大臼歯,特に hypoconeの出現パターンを比較検討し,その進化傾向について予備的に考察する.現在のところ最古の新世界ザルとされている <i>Branisella boliviana<i>は hypoconeを持つが,上顎大臼歯の形質はマーモセット類に近い.ここで,現生のマーモセット類をみると, <i>Callithrix</i>は 3咬頭で hypoconeは存在しない.いっぽう <i>Saguinus</i>は小さな hypoconeを持つ種もあり,3咬頭と4咬頭が混在している.マーモセット類の次のステージで,かつ新世界ザルにおいて原始的な形質とされる大臼歯を持つ <i>Saimiri</i>は hypoconeがあり完全に 4咬頭である.<i>Saimiri</i>の化石種である <i>Neosaimiri</i>と現生 <i>Saimiri</i>の進化傾向をみると,現生種への進化過程において hypoconeの高さは縮小傾向にあり,高い hypoconeをもつ個体は減少していることが示唆された.マーモセット類における hypoconeの出現パターンおよび <i>Saimiri</i>の進化傾向を検討した結果,新世界ザルは 4咬頭から 3咬頭に進化している可能性がある.
著者
高井 正成
出版者
日本霊長類学会
雑誌
霊長類研究 Supplement
巻号頁・発行日
vol.29, 2013

&nbsp;東南アジア大陸部の中新世末(約 700万年前)~鮮新世末(約 250万年前)にかけての陸生哺乳類相の変遷を,最新の化石発掘調査の成果を基に報告し,同地域の現生哺乳類相への進化プロセスについての検討をおこなう.<br><br>&nbsp;京都大学霊長類研究所では,2002年からミャンマー中央部の第三紀後半の地層を対象に,霊長類化石の発掘を主目的とした発掘調査を行ってきた.この調査では複数の調査地点を対象にしているが,これまでに中新世末~鮮新世初頭に相当するチャインザウック地点と,鮮新世後半のグウェビン地点の化石動物相の記載が進展し,この期間におけるミャンマー中央部の動物相の変遷状況が明らかになりつつある.<br><br>&nbsp;現在のミャンマー中央部はモンスーン気候の影響下にあるが,夏季の湿った季節風は西部のアラカン山脈で雨となってしまうため,風下側では比較的乾燥した環境にある.しかし後期中新世の前半では,南~東南アジア地域は比較的湿潤な森林地帯であり,ミャンマー中央部でも主に森林性の哺乳類が生息していたことが先行研究で明らかになっていた.最近のミャンマー中央部の鮮新世初頭~鮮新世末の地層の発掘調査の結果,当時の環境が森林と草原の混在する状況で,森林性と草原性の動物が混在していたことが判明している.現在のような乾燥地域ほどではないが,ヒマラヤ山脈やチベット高原の上昇に伴いモンスーン気候が進み,次第に乾燥化・草原化が進む段階にあったことが明らかになりつつある.<br><br>&nbsp;またチャインザウック相では南アジアの動物相の要素が多いのに対し,グウェビン相では東南アジアの動物相が急増していることが判明した.その原因としては,後期中新世以降に顕著になったアラカン山脈の上昇にともない,ブラマプトラ河などの大型河川の流路が変わり,現在の様な地理的障壁が成立して南アジアと東南アジアの動物相の交流が低下したのではないかと考えられる.<br><br>&nbsp;今回のシンポジウムでは,霊長類(オナガザル科),小型齧歯類(ヤマアラシ科,ネズミ科,リス科),大型食肉類(クマ科など),長鼻類(ステゴドン科など)の化石の産出状況について4名の発表者が成果を報告し,東南アジアや南アジアの現生種との関連性を中心に話題提供をおこないたい.古生物学者だけでなく現生種の研究者からの参加も歓迎する.
著者
加賀谷 美幸 青山 裕彦 濱田 穣
出版者
日本霊長類学会
雑誌
霊長類研究 Supplement
巻号頁・発行日
vol.31, pp.61-61, 2015

樹上性の強い霊長類ほど前肢の運動範囲が広く、前肢帯の可動性も高いとされる。前肢帯を構成する肩甲骨や鎖骨の立体配置やその位置変化の種間の違いを明らかにするため、京都大学霊長類研究所に飼育されるヒヒ、ニホンザル、オマキザル、クモザルの成体を対象として計測を行った。獣医師の協力のもと、麻酔下、接触型三次元デジタイザを用い、前肢や前肢帯骨格の位置を示す座標を、肢位を変えて取得した。また、X線CT撮影を行い、各個体の骨格要素の形状を抽出し、先に計測した三次元データに重ねあわせることにより、前肢や前肢帯の骨格の位置関係をソフトウェア上で復元した。ヒヒやニホンザルでは、上腕骨は矢状面上の投影角にして180度程度(体幹軸の延長ライン)までしか前方挙上されないが、オマキザルでは180度以上、クモザルはおよそ270度に達し、樹上性の強い新世界ザルでは頭背側への上腕の可動性が大きいことが明らかとなった。これら最大前方挙上位においては、肩甲骨が背側へ移動し、オマキザルやクモザルでは肩甲骨関節窩が頭外側を向くが、ニホンザルやヒヒでは関節窩が頭外側かつ腹側に向いており、肩甲骨棘上窩が長いために脊柱の棘突起と肩甲骨内側縁が干渉していた。とくにヒヒでは、前肢挙上時に鎖骨が胸郭上口をまたぐように胸骨から直線的に背側に向いていた。ヒヒの肩甲骨は内外側に長く鎖骨が相対的に短いことが知られており、これらの骨格形態の特徴が肩甲骨関節窩のとり得る位置や向きの自由度を低めているようであった。また、クモザルの鎖骨は弓状に大きな湾曲を示すことが知られていたが、前肢挙上時には胸郭上口の縁のカーブに鎖骨の湾曲が沿う配置となり、これによって体幹部との干渉を避けつつ肩甲上腕関節を保持できていることが観察された。このように、前肢帯骨の立体配置は種によって異なり、それが前肢の運動機能の種差をもたらしているようすが明らかとなった。
著者
直井 工 Veilleux C. C. Garrett E. C. 松井 淳 新村 芳人 Melin A. D. 東原 和成 河村 正二
出版者
日本霊長類学会
雑誌
霊長類研究 Supplement
巻号頁・発行日
vol.32, pp.42-42, 2016

<p>霊長類は3色型色覚の進化に伴い、嗅覚を退化させたと解釈されてきたが、近年の全ゲノムデータの整備に伴い、恒常的3色型色覚の狭鼻猿類と多型的色覚の広鼻猿(新世界ザル)類の間ではORの機能遺伝子数や偽遺伝子数に大きな違いがないことがわかっている。新世界ザルは食性や色覚の多様性が顕著であるため、嗅覚と食性や色覚との関連を検証するのに適している。しかし、全ゲノムデータの公開されている少数の種を除いて、新世界ザル類のOR遺伝子レパートリーは未解明である。そこで本研究は、新世界ザル全3科と多様な色覚型を網羅して、フサオマキザル(オマキザル亜科:3アリル2-3色型色覚)、セマダラタマリン(マーモセット亜科:3アリル2-3色型色覚)、アザレヨザル(ヨザル亜科:1色型色盲)、チュウベイクモザル(クモザル亜科:2アリル2-3色型色覚)、マントホエザル(ホエザル亜科:恒常的3色型色覚)、ダスキーティティ(ティティ亜科:3アリル2-3色型色覚)を対象に、各1個体の高純度ゲノムに対して、真猿類のOR遺伝子の全571orthologous gene groupのターゲットキャプチャーと次世代シークエンシングを行った。一方、種内変異を調べるために、ノドジロオマキザルとチュウベイクモザルの野生群を対象に、リガンド感受性の幅が異なることが他の哺乳類で知られている、一部のOR遺伝子(OR1A1,OR51L1,OR2A25)に対して、PCRとサンガーシーケンシングを行った。本発表ではその経過について報告する。</p>
著者
遠藤 瑞輝 白須 未香 Williamson R. E. Nevo O. Melin A. D. 東原 和成 河村 正二
出版者
日本霊長類学会
雑誌
霊長類研究 Supplement
巻号頁・発行日
vol.32, pp.43-43, 2016

<p>霊長類は、視覚や聴覚、嗅覚といった感覚を通じて外界の情報を認知している。中でも視覚に関する知見は多く、3色型色覚を持つ霊長類は、遠方の果実などの食べ物を見分ける際に有利であると考えられてきた。しかし、近年の研究から従来の視覚重視の考えに疑問が持たれるようになってきた。オマキザルやクモザルの野外観察の結果、自然界で背景となる葉と視覚上のコントラストが低い果実ほど頻繁に匂い嗅ぎを行い、果実の成熟を判断しているという結果が得られている。しかし、霊長類が食する果実の匂い成分が、成熟に応じてどのように変化しているのか、またこれらの匂いが霊長類の果実の選好性にどのように関与しているのかは、未知である。匂いの他にも、果実は、成熟に応じて色や大きさ、固さなどの様々な性質を変化させることが知られており、霊長類が、果実採食においてどのような特徴を重視し、選択するのかを解明することは、霊長類がどのような感覚を使って採食するのかを理解するうえで非常に重要である。そこで私たちはコスタリカのグアナカステ保全区内サンタロサ地区において、色覚多様性が既知であるノドジロオマキザル(<i>Cebus capucinus</i>)が実際に食する果実の採集を行った。果実は、シリカ母材のカーボングラファイト含有である吸着剤とともに密閉したオーブンバッグに入れ、匂いを捕集した。果実1種につき成熟段階ごとに3段階に分け、それぞれ5回ずつ匂い捕集を行った。現在、4種の果実の成分分析、及び分析結果を基にした主成分分析までが完了している。その結果、いくつかの果実において、成熟段階に応じて果実の揮発性有機物(VOC)の総量や組成が変化していることわかった。また、種によっては熟度による色の変化よりも匂いの変化の方が大きいという結果も得られている。今後より詳細な解析と検討が必要だが、今回の分析の結果、果実の匂いが霊長類の採食行動に大きな手掛かりとなっていることが予想される。</p>
著者
鈴木 圭 佐川 真由 保田 集 嶌本 樹 古川 竜司 柳川 久
出版者
日本霊長類学会
雑誌
霊長類研究 Supplement
巻号頁・発行日
vol.29, 2013

&nbsp;餌動物の捕食者認識能力は,彼らが持つ生態的特徴によって様々に変化する.本研究ではこれまで研究されてこなかった夜行性,樹上性および滑空性という生態的特徴を持つタイリクモモンガ <i>Pteromys volans</i>の捕食者認識能力を,視覚と聴覚に注目して調べた.捕食者の存在が本種の出巣に要する時間を変化させると考え,33個のねぐらで以下の 5実験を行い,出巣に要する時間の変化を調べた.1) 視覚実験: 本種の営巣樹洞木から約1m の距離に,捕食者であるフクロウの剥製を置いた ( N=19)2)視覚実験対照区 : フクロウの剥製の代わりにプラスチックケースを同様の方法で置いた ( N=7).3)聴.覚実験 : 本種が巣から顔を出した際にフクロウの声を聞かせた ( N=18).4)聴覚実験対照区 : フクロウの声の代わりに本調査地に普通に生息するカッコウの声を同様の方法で聞かせた ( N=7)5) 通常行動 : 剥製やプラスチックケースを置かず,いずれの声も聴かせなかった ( N=22).出巣に要し.た時間に影響を与える要因を調べるために,一般線形混合モデルよって解析し,多重比較検定によって群間の差をみた.その結果,本種が出巣に要した時間は,フクロウの声を聞かせた時 (平均 1446秒)に,他の実験に比べて長くなった.それに対し,通常行動 (55秒),カッコウの声を聞かせた時 (275秒),フクロウの剥製(58秒)やプラスチックケース (108秒)を置いた時の 4実験の間で時間に違いはみられなかった.つまり本種は聴覚によって捕食者認識を行い,捕食者と非捕食者の区別も可能であった.それに対し,視覚はほとんど役立っていないことがわかった.本種の様な滑空性リスは樹上性リスから進化し,現存する樹上性リスは視覚および聴覚の両方で捕食者を認識できる.夜行性になったことや滑空能力の獲得に必要な立体視に伴って視野が狭くなったことが,滑空性哺乳類の視覚による捕食者認識能力を低下させるのかもしれない.
著者
和久 大介 佐々木 剛 米澤 隆弘 甲能 直樹 佐々木 浩 安藤 元一 小川 博
出版者
日本霊長類学会
雑誌
霊長類研究 Supplement
巻号頁・発行日
vol.29, 2013

&nbsp;ニホンカワウソは環境省発行の第 4次レッドリスト(2012)で絶滅が宣言された.しかし,本種の分類学的位置づけは混乱したままである.本種は,大陸に現存するユーラシアカワウソ <i>Lutra lutra</i>と近縁種であることは複数の先行研究で認められているが,日本固有種 <i>Lutra nippon</i>かユーラシアカワウソの亜種なのか意見が分かれている.そのため,環境省のレッドリストで本州以南の個体群について <i>Lutra lutra nippon</i>と記載しているが科学的根拠があるわけではない.そこで我々研究グループは,神奈川県城ヶ島産のニホンカワウソ標本に残存していた筋組織から DNAを抽出し,ミトコンドリアDNAに基づいてカワウソ亜科と系統解析を試みた.標本サンプルから抽出した DNAは,薬品や長期保存による DNAの断片化とその量の減少が予想された.そこで,Multiplex PCR法により約 350-500塩基の断片を増幅し,ダイレクトシーケンシング法で配列を決定した.この方法でニホンカワウソの配列を 7,325塩基決定した.また,同じ方法でサハリン産ユーラシアカワウソと中国・重慶由来の飼育下繁殖ユーラシアカワウソのミトコンドリア DNA全長配列を決定した.決定したニホンカワウソ配列を,サハリン /中国 /韓国の 3地域のユーラシアカワウソの配列と ClastalW2.1でアライメントしたところ,ニホンカワウソに特徴的な塩基サイトがND1,co2,co3の 3つのアミノ酸コード領域で7塩基認められた.これらのニホンカワウソに特徴的な塩基サイトを含む配列データを系統樹推定に用いた.推定は RAxML ver.7.2.8プログラム上において進化モデル GTR+I+Gを用いておこない,ニホンカワウソとサハリン /中国 /韓国のユーラシアカワウソの系統類縁関係を評価した.
著者
坂田 拓司 岩本 俊孝 馬場 稔
出版者
日本霊長類学会
雑誌
霊長類研究 Supplement
巻号頁・発行日
vol.29, 2013

&nbsp;特別天然記念物であるカモシカ <i>Capricornis crispus</i>の生息状況を把握するために,文化庁は 1980年代から調査を実施している.九州においては大分・熊本・宮崎 3県にまたがる九州山地を中心に生息しており,3県合同の特別調査がこれまでに 4回実施されている.特別調査では糞塊法による生息密度の推定に加え,死亡要因の把握や植生調査等を実施し,カモシカの生息状況と生息環境の総合的な把握に努めている.1988・89年の第 1回特別調査よって九州における本種の生息状況が初めて明らかになり,分布の中心となるコアエリアとそれらを結ぶブリッジエリアが連続していることが明らかになった.1994・95年の第 2回では九州全体で約 2000頭と推定され,いくつかの課題はあるものの増加傾向にあると評価された.ところが2002・03年の第 3回で大幅に生息密度が減少し,推定頭数は約600頭と激減した.さらに分布域が低標高化した.2011・12年の第 4回では低密度化と低標高化に変化は見られず,絶滅の危機は継続していると評価された.本報告では過去 4回の結果を概観し,九州におけるカモシカ個体群の変遷とその要因,併せて絶滅危機回避に向けた展望について述べる.<br>&nbsp;カモシカ分布域が人里に近い低標高地に散在することが明らかになった現在,これまでどおりの保護政策では対応できなくなっている.カモシカ個体群は,近年のシカ個体群の増大による様々な間接的影響を受けており,シカ個体群のコントロールが急務である.しかしながら特定種の対策に限るのではなく,国有林における潜在植生への更新を進めるなど,生態系全体を見渡した保護管理が求められている.
著者
小澤 理恵 大岩 幸太 牧野 俊夫 島村 祐輝 山本 修悟 小川 博 安藤 元一
出版者
日本霊長類学会
雑誌
霊長類研究 Supplement
巻号頁・発行日
vol.29, 2013

&nbsp;神奈川県厚木市では総延長約 25kmのシカ・サル兼用の広域柵が,2008-2012年に段階的に設置された.このような広域柵は耕作地の周囲に設置される簡易柵と異なり,違い容易に張り替えることはできないし,頻繁な維持管理作業も困難である.本研究ではこうした広域柵の維持管理状況を踏査と聞き込みによって調べた.踏査は 2009~ 2012年にかけて 2週間に 1回の割合で実施し,倒木による破損数,動物による破損数,柵上部にある電気柵への通電の有無,破損箇所の修理状況,サルが枝伝いに柵を越えることのできる樹木(柵から 2m以内の樹木)の数を記録した.柵の管理については市役所と自治会にも聞き取りを行った.<br>1)広域柵の設置には地権者の了解が必要なので,柵 25kmの設置を完了するのに 5年を要した.設置費用は 12,000円/m,年間維持管理費用は年間 100円 /mであった.市が管理を地域自治会に委託する折には,月 1回の見回りと年 2回の草刈りが委託条件であった.しかし実際の管理方法は自治会ごとに異なり,倒木や柵のめくれ等が何年も放置されている場所も見られた.<br>2)倒木による破損は 0.6ヶ所 /kmの割合で見られた.地権者の伐採許可を得ることができないために,サルが柵を越えることのできる樹木は 78本 /kmの割合で存在し,サルが広域柵を超えられる場所は数多く存在した.柵基礎部分の土砂が流出することによって将来的に倒壊の危険性のあるカ所は 3.7カ所 /kmの割合で見られた.台風のために大規模な修理を要する柵破損カ所は 1.5カ所 /kmの割合で見られた.すなわち,柵メーカーの示す耐用年数は 16年であったが,実際にはその半分の年数も満たないうちに多くの破損が確認されたことになる.<br>3)漏電や倒壊のために柵上部の電線に電気が流れていない期間は,ある区間の例では 177日中 44日に及んだ.距離で見ると,多くの調査日において 25kmのうち 2-3kmは通電されていなかった.
著者
布施 未恵子
出版者
日本霊長類学会
雑誌
霊長類研究 Supplement
巻号頁・発行日
vol.28, 2012

マハレに生息する野生チンパンジー(<i>Pan troglodytes schweinfurthii</i>)は,2歳になると授乳とともに堅いものを食べ始めることが明らかになっている.道具使用など特別な技術を伴う採食行動も,2歳ごろからみられるようになることが明らかになっている.ただし,モッピングという方法でオオアリを食べる行動はそれよりも若い年齢で観察されている.道具を使用せずに昆虫類を捕食する行動に,枯れ枝に営巣するアリ類の捕食行動があるが,このアリは枯れ枝を割らない限り食べることができない.また,枯れ枝にアリが営巣しているかどうかを瞬時に外見から判断するのが難しいため,どのような枯れ枝をアリが巣として利用しているか,といった枯れ枝に営巣するアリの生態を知ったうえでないと得ることができない食物である.アリの巣に直接アクセスすると幼虫や蛹などを効率よく得ることができるため,アダルトオスに比べて若いオスの方がこのアリ類の採食行動が頻繁であることが明らかにされている.よって,成長とともに採食品目を増やしていく子どもにとっても枯れ枝に営巣するアリは重要な食物であることが予想される.そこで,体のサイズや力に見合った枯れ枝選択能力や,アリが営巣した枯れ枝を見分ける能力といった,いくつかの要因が関係した採食行動におけるスキルがどのように発達していくのかを検討するため,枯れ枝営巣性アリ類の採食行動を性年齢クラス間で比較した.調査期間は2006年6月~8月,2006年10月~2007年4月の10ヶ月間で,マハレに生息するMグループを調査対象とし,総観察時間は554.6時間であった.今回は,枯れ枝営巣性アリ類の採食行動が開始される年齢と,1)枯れ枝の太さや種類の選択,2)枯れ枝営巣性アリの獲得率を性年齢クラスで比較した.これらの結果と,オオアリ釣り行動の発達に関する先行研究結果との比較から,マハレに生息するMグループのアリ類捕食行動全般の発達について考察する.
著者
田中 正之 伊藤 二三夫 佐々木 智子 長尾 充徳
出版者
日本霊長類学会
雑誌
霊長類研究 Supplement
巻号頁・発行日
vol.30, pp.73-73, 2014

現在,日本国内で飼育されているゴリラの人口は,わずか25人である。過去50年以上にわたる飼育の歴史の中で,日本では死産を含めてもわずか14人しか子どもが生まれていないことからも明らかなように,繁殖の失敗が主な原因である。しかし,最近5年間で見ると,5人の赤ん坊が生まれており,改善傾向にある。京都市動物園ではこれまでに,独自に物理的および社会的面からゴリラの飼育環境の改善に取り組んできた。屋外運動場ではゴリラが食べても遊んでも,つぶしてもよいような条件下で多種・多数の植物を植え,生育させてきた。2008年に京都大学との間で野生動物保全に関する連携協定を結んでからは,ゴリラの健康管理の取り組みとして,心音を記録・分析するなどしてきた。<br>ニシゴリラについてより深く理解するために,2010年には京都大学の山極寿一教授の協力を得て,飼育担当者がガボン共和国の国立公園を訪ね,野生ニシローランドゴリラの生態とその生息地の植生を観察する機会を得た。そこで見た野生のゴリラは,日中の多くの時間を樹上で過ごしており,これまでの動物園におけるゴリラ展示方法との違いを痛感した。京都市動物園では新しいゴリラの飼育施設「ゴリラのおうち~樹林のすみか~」を造るにあたり,屋外・屋内に樹上空間を模した複雑な3次元構築物を設けた。来園者は,野生のゴリラのように頭上の空間を移動するゴリラを見ることができる。さらに,屋内には比較認知科学研究のためのタッチモニターを設置した勉強部屋も用意された。来園者はチンパンジー同様にゴリラの知性の展示を見ることもできる。新しい施設は本年4月27日にオープンする。発表では,新施設におけるゴリラの環境利用状況も報告する。