著者
横山 真弓 阿部 豪 斉田 栄里奈 西牧 正美
出版者
日本霊長類学会
雑誌
霊長類研究 Supplement
巻号頁・発行日
vol.29, 2013

&nbsp;兵庫県では,特定外来生物アライグマによる深刻な被害が発生しており,年間約 4000頭が捕獲されている.2008年頃までは主に猟友会等による捕獲が中心であったが,2009年に篠山市は特定外来生物防除計画に基づき,住民を対象とした「捕獲従事者講習会」を実施したところ,約 800人が受講し,捕獲従事者制度による捕獲が開始された.現在でも約 650人が捕獲従事者として登録している.さらに現在までに,三田市,神戸市等が同様の取り組みを行い,被害住民自らが捕獲に取り組む活動が浸透しつつある.しかし,捕獲従事者制度はワナの貸し出しの有無や捕獲活動支援などの仕組みは,市町により大きく異なっている.一方で篠山市大山地区では,住民により「NPO法人大山捕獲隊」が結成され,住民参画によるアライグマの集中的な捕獲が行われるようになった地域もある.今後著しく増加するアライグマに対しては,住民主体の捕獲従事者による捕獲を効果的に進め,地域からのアライグマ排除を進める必要がある.<br>&nbsp;本研究では,効果的な住民参画型の捕獲を推進するため,上記に挙げた3市におけるアライグマ捕獲従事者の捕獲努力量の実態と,捕獲圧の効果を明らかにする.また,捕獲従事者による効果的な捕獲を推進するために求められる今後の体制について考察する."
著者
堀田 裕子 松崎 那奈子 萩原 孝泰 井上 康子 小川 博
出版者
日本霊長類学会
雑誌
霊長類研究 Supplement
巻号頁・発行日
vol.33, pp.64, 2017

<p>スマトラオランウータンはIUCN(国際自然保護連合)のレッドリストで絶滅危惧ⅠA類に指定される希少動物である。また,国内個体数が少ないことから,種の保存のために動物園で計画的に飼育下繁殖を進めていくことは重要である。そのために園間同士での個体の移動は必要なことである。一方で,動物の輸送には身体的および精神的ストレスが伴う。動物はストレス因子が極度の場合生理学的機能が激しく損なわれ死亡することがある。コルチゾールはストレスの指標となりうるホルモンであることから,尿を用いて非侵襲的にそれを測定した。昨年スマトラオランウータンの園内での新獣舎への移動,および園間またいでの移動が行われた。この際のストレスについて検証すべく,スマトラオランウータン雌1頭雄1頭を対象として,尿中コルチゾール濃度をEIA法を用いて測定し,その動態を追った。またそれと同時に行動観察を行い,行動と生理の面からそのストレスについて調べた。雌雄また園内と園間それぞれ,コルチゾール濃度および行動に変化がみられた。その結果からストレス要因およびストレス軽減要因について考察し報告する。</p>
著者
海部 陽介 金子 剛 清水 大輔 矢野 航 西村 剛
出版者
日本霊長類学会
雑誌
霊長類研究 Supplement
巻号頁・発行日
vol.28, 2012

ヒト(<i>Homo sapiens</i>)はその脳サイズから予測されるよりも11ヶ月早く、未熟な状態の赤ん坊を産む。この現象は生理的早産と呼ばれ、ヒトの新生児が出生後しばらく未熟な状態で胎生期の脳発育スピードを維持し、大きな脳を成長させる現象(二次的晩成)と関連している。つまり生理的早産は、ヒトにおける脳進化と直接関連するライフヒストリー上の重要なイベントである。<br> ヒトは直立二足歩行をするため骨盤幅と産道が狭いが、一方で脳を大きく成長させる強い淘汰圧を受けたために、生理的早産および二次的晩成が進化したと考えられている。つまり胎児の脳が大きくなりすぎて産道の通過が不可能になる前に、未熟な状態の赤ん坊を分娩するのである。人類史における生理的早産の起源を探求するため、これまで化石から新生児の脳サイズや母親の産道サイズを推定する試みがなされてきた。しかし不完全な化石の復元や年齢推定の誤差、身体サイズの個人差といった不確定要素があるために、この手法での問題解決には限界がある。本発表では、我々がホモ・フロレシエンシス(フローレス原人)の頭骨化石を研究している際に着想した、新しい研究法の可能性について論じる。<br> フロレシエンシスのタイプ標本の頭骨に認められた変形性斜頭(deformational plagiocephaly:DP)は、現代人にしばしば認められる頭骨変形の一形態で、新生児の頭骨が未発達で柔らかいため、頸部筋群も未発達で頭の位置をうまくコントロールできない赤ん坊の頭が、就寝時に床反力によって歪むことに起因するとされる。そうであるなら、この変形は二次的晩成の進化に伴って顕現してきた可能性が高く、DPの存在は化石人類において二次的晩成が存在したかどうかを吟味する際の直接的指標となる可能性がある。
著者
花村 俊吉
出版者
日本霊長類学会
雑誌
霊長類研究 Supplement
巻号頁・発行日
vol.21, pp.12, 2005

ニホンザルの群れにいるオスは、群れを構成する多くの個体から離れているオス(周辺にいるオス)と、多くの個体の近くにいるオス(中心にいるオス)とに分化して観察されることが知られている。また、このオスの空間的位置は移行する。しかし、その分化機構や移行過程はよく分かっていない。本研究では、他個体との相互行為の積み重ねとしてオスの空間的位置の差異が観察されると考え、オスが他個体から離れることになる逃避、他個体の近くにいることになる近接に着目し、(1)周辺にいるオスがよく逃避しているかどうか、(2)オスの逃避の発端となる他個体の性、(3)オスの逃避に関わる他個体との相互行為、(4)オスの逃避の発端とならない他個体とその近接について検討した。<br> 2004年2月から8月までの7ヶ月間、嵐山モンキーパークいわたやまのニホンザル餌づけ群のうち、10才以上のオトナオス9頭を対象に個体追跡を行い、逃避、近接、攻撃などの他個体との相互行為、およびオスの空間的位置を記録した。空間的位置は、個体追跡中の瞬間サンプリングによって得た視界内の個体数などによって評価した。<br> その結果、よく逃避するオスとほとんど逃避しないオスがおり、(1)周辺にいるオスは中心にいるオスより頻繁に逃避し、(2)そのほとんどはメスとの相互行為が発端となって生じていた。その際、(3)メスの悲鳴によって第3者に攻撃されることがあり、こういった状況をもたらし得るメスから逃避していることが示唆された。また、(4)周辺にいるオスでも、毛づくろいや長時間近接をするメスからは逃避せず、それらのメスとの近接時には逃避頻度が低くなる傾向があり、特定のメスとの近接によってオスの空間的位置の移行が促される可能性が示唆された。したがって、オスの空間的位置にはメスとの社会関係が強く影響していると考えられる。また、観察可能なニホンザルの群れという境界についての再検討が要求される。
著者
中川 優梨花 飯野 由梨 斉藤 真一 小林 万里 玉手 英利
出版者
日本霊長類学会
雑誌
霊長類研究 Supplement
巻号頁・発行日
vol.29, 2013

ゴマフアザラシ (Phoca largha)の配偶システムは,一夫一妻型であるとされている.しかし,配偶ペアがどの程度安定して維持されるのか(pair-bond),ペア外繁殖がどの程度起こるのか (mating fidelity)など,配偶行動と実際の繁殖成功度の関連については,観察・遺伝データ共に十分な知見が得られてはいない.そのため本研究では,長期個体観察が可能である飼育集団を対象とし,主に遺伝学的手法を用いて繁殖履歴の調査を行った.また,副次的な課題として飼育個体・集団の遺伝的多様度を測定し,野生集団との比較も行った. 研究に用いた個体は,鶴岡市立加茂水族館と城崎マリンワールドの飼育個体 (母獣・成熟メス計 5個体,父獣候補 6個体,仔 16個体 )である.比較を行う野生個体は,計 30個体 (礼文,羅臼,納沙布各 10個体 )である.体毛 (産毛を含む )・組織から DNAを抽出し,近縁種由来 microsatelliteマーカー5座位 (Han et al., 2010),種特異的 3座位 (小林,2011)を用いて遺伝子型を決定した.得られた遺伝子型から飼育個体の血縁判定を行い,個体の繁殖成功を推定,mating fidelityの評価を行った.その後,ヘテロ接合度・血縁度・近交係数の算出を行い,遺伝的多様性の評価を行った. その結果,特定の個体が繁殖を独占したこと,配偶ペア間で pair-bondが維持されていた可能性が示された.鰭脚類は,集団間で行動に差異が生じている種も少なくない.また,成熟オスは互いに威嚇しあい,少数が繁殖に有利な機会を得るとされる.そのため,成熟個体が同所飼育された場合には優位劣位の関係が生じ,特定の個体が繁殖に関して有利となった可能性が考えられる.しかし,メスは優位オスを必ずしも配偶相手に選ばない可能性も示唆されている (Flatz et al., 2012).今後,さらなる観察データ等の蓄積が必要と考えている.
著者
星野 未来 本村 美月 阿部 友杏 上野 古都
出版者
日本霊長類学会
雑誌
霊長類研究 Supplement
巻号頁・発行日
vol.37, pp.54, 2021

<p>高校生は夕食後,授業の復習や予習,課題など就寝前に活動する時間が長く,眠気を解消するためにカフェインを摂取する機会が多い。一般に,カフェインは眠気を抑制し,覚醒する作用があるため,摂取する時間によっては夜間の入眠に影響を及ぼすと言われている。本研究では,夜間の睡眠の質に影響を及ぼさないカフェイン摂取方法を検証することを目的とする。 実験は,平日5日間の夜間に設定し,カフェイン120mg を含む無糖ブラック缶コーヒーを1日目は8時間前,2日目は6時間前,3日目は4時間前,4日目は2時間前,5日目は就寝直前と摂取時間を変えて摂取する計画で行う。被験者は,実験期間中,睡眠日誌を記録し,23時から6時の7時間睡眠を確保する介入調査にする。夜間の睡眠の質として,覚醒回数と入眠後最初の徐波睡眠の長さに着目をし,Smart Sleepディープスリープヘッドバンド(Philips 社)を用いて測定し,専用アプリSleep Mapperで記録する。高校2年女子4人を被験者に実験を行った結果,覚醒回数とカフェイン摂取時間に関係があることが示された。8時間前,就寝直前では覚醒回数が2回未満であったが,2時間前,4時間前では3回以上記録され,特に,2時間前では覚醒回数が4回以上記録された。入眠後最初の徐波睡眠の長さは,4時間前,2時間前,就寝直前で短くなることが確認された。本研究の結果から,就寝直前のカフェイン摂取は覚醒回数への影響は少ないものの,深睡眠である徐波睡眠の長さに影響を与え,2時間前,4時間前のカフェイン摂取は覚醒回数及び徐波睡眠の長さに影響を与えると考えられる。夜間の睡眠の質に影響が少ない方法は就寝前4時間以上のカフェイン摂取が適すると考えられる。今後は,睡眠時間や就寝時間を設定する介入調査をせず,高校生の普段の生活リズムにおけるカフェイン摂取と睡眠の質の関係性を明らかにすることが展望である。</p>
著者
藤木 泉
出版者
日本霊長類学会
雑誌
霊長類研究 Supplement
巻号頁・発行日
vol.37, pp.54-55, 2021

<p>マガーク効果によって音声言語の音韻知覚が視覚情報によって変化する現象が見られる。例えば、baの音声にgaの口の動きを合成するとda (融合反応)やga (<tt>視覚反応</tt>)<tt>などのように知覚される現象である。本研究では、この現象を私が制作した動画においても再現できるのかを検証した。高校生</tt>5<tt>人の</tt>ba<tt>、</tt>pa<tt>、</tt>ma<tt>、の音声に、それぞれ一致した口の動きと、矛盾した口の動きの映像</tt>(ga<tt>、</tt>ka<tt>、</tt>na)<tt>を合わせた。撮影は</tt>iPhone8<tt>の内蔵カメラ、編集はスマートフォンの動画編集アプリ</tt>InShot<tt>と</tt>VivaVideo<tt>のいずれも無料版を使用した。高校生</tt>25<tt>人</tt>(<tt>健常者 </tt>24<tt>名、聴覚障碍者 </tt>1<tt>名</tt>)<tt>に</tt>6<tt>つの動画の聞こえ方とその明瞭度</tt>(<tt>どの程度はっきりと聞こえたか</tt>)<tt>を評価してもらった。一致刺激に対して矛盾刺激の方がいずれも正答率</tt>(<tt>正答とは聴覚情報を回答すること</tt>)<tt>が低かったため、マガーク効果は再現されたと思われる。また、矛盾刺激に対して一致刺激の方がいずれも明瞭度が高いと回答した人が多かった。誤答については視覚情報に寄るか聴覚情報に寄るかで個人差があり、後者の方が多く見られた。これは視覚情報よりも聴覚情報に日本人は依存しやすいという先行研究に一致する。動画を制作する際にそれぞれ重視する感覚の情報を弱めれば、融合反応が多く見られると考える。加えて、同様の手法を用いて、</tt>ba<tt>、</tt>pa<tt>、</tt>ma<tt>の音声に</tt>ra<tt>、</tt>sa<tt>、</tt>ya<tt>の映像を合わせた動画を制作した。高校生</tt>17<tt>人</tt>(<tt>健常者 </tt>16<tt>名、聴覚障碍者 </tt>1<tt>名</tt>)<tt>に聞こえ方と明瞭度を</tt>4<tt>段階で評価してもらった。</tt>2<tt>つの実験を通して健常者と聴覚障碍者の回答を比較した。聴覚障碍者の方が視覚情報に依存しやすく、これは読唇と日常的に口元に注視する習慣が影響していると考えられる。</tt></p>
著者
三輪 美樹 中村 克樹
出版者
日本霊長類学会
雑誌
霊長類研究 Supplement
巻号頁・発行日
vol.33, pp.65, 2017

<p>南米原産のコモンマーモセット<i>Callithrix jacchus</i>は小型の新世界サルで,白い耳毛や長い尾を特徴とする。その尾の長さは体長と同等かあるいはそれより長いのが本来の姿であるが,飼育下においては部分的ないし全体的に欠損している個体が散見される。新生仔期に同居家族によって捕食されることが原因で,「尾食い」として知られている。我々はこれまでの研究で異味異臭の創傷治療薬ブルンス液塗布によって尾食い行為の継続を防止出来る可能性を見いだし,前々回の本大会で発表した。今回我々は,尾食い発現の発端は新生児の尾の形状にあり,その行為継続には味覚・嗅覚的嗜好が関与しているとの仮定のもと,Tail model testによる新生仔尾に類似した形状物に対する嗜好性検討および尾ぐい発現後のブルンス液塗布効果についての更なる検討を実施した。Tail model testで綿紐を用いて呈示形状の違いよる嗜好性の差を調べたところ,新生仔尾に類似した切り離し形状に対する嗜好性が最も高かった。新生仔の尾の形状がコモンマーモセットにとって齧り易いものである可能性が示唆された。また,ブルンス液塗布の効果を4家族の新生仔で確認したところ,尾食い発現当日から1日1回少量を尾先の患部に塗布することによっていずれの家族においても生後数日までには尾食い行為が終息し,新生仔の尾の欠損を軽微な状態で食い止めることが出来た。行為終息の要因には,味覚・嗅覚的嫌悪条件付けが功を奏した可能性に加えて,創傷治癒が促進されたことも関与するものと推察される。</p>
著者
澤田 晶子 西川 真理 中川 尚史
出版者
日本霊長類学会
雑誌
霊長類研究 Supplement
巻号頁・発行日
vol.34, pp.36-37, 2018

<p>群れで生活する霊長類は,他個体との親和的な関係を維持するために社会的行動をとる。複数の動物種が同所的に生息する環境では,異種間での社会的行動も報告されており,ニホンザルとニホンジカが高密度で生息する鹿児島県屋久島や大阪府箕面市においても,両者による異種間関係(以下,サル-シカ関係)が報告されている。サル-シカ関係の大半は,シカによる落穂拾い行動(樹上で採食するサルが地上に落とした果実や葉を食べる)であるが,稀に身体接触を伴う関係もみられる。本発表では,これまでに発表者らが西部林道海岸域で観察した異種間交渉の事例を報告する。敵対的行動(攻撃・威嚇)と親和的行動(グルーミング),いずれの場合でもサルが率先者になることが多かった。シカへのグルーミングはコドモとワカモノで観察され,サルとシカの組み合わせに決まったパターンはなかった。シカがグルーミングを拒否することはなく,シカからサルへのグルーミングは確認されなかった。コドモとワカモノによる「シカ乗り」も数例観察された。ワカモノのシカ乗りは交尾期(9月~1月)に起きており,前を向いて座った状態でシカの背中や腰に陰部を擦りつける自慰行動がみられた。実際に交尾に至ることはなかったものの,ワカモノにとってはシカ乗りが性的な意味合いをもつことが示唆される。一方のコドモは,非交尾期でもシカに乗ることがあった。その際,シカの首に座ったり背中にぶら下がったりと体位や向きにバリエーションがみられたこと,自慰行動を示さなかったことから,コドモにとってのシカ乗りは遊びの要素が強いと考えられる。先行研究との比較を通して,サル-シカ関係について議論し情報を共有したい。</p>
著者
栗原 望 曽根 啓子 子安 和弘
出版者
日本霊長類学会
雑誌
霊長類研究 Supplement
巻号頁・発行日
vol.29, 2013

鯨蹄類(CETUNGULATA)は現生哺乳類の鯨偶蹄類と奇蹄類を含む単系統群である.本シンポジウムの開催により,鯨蹄類研究のさらなる発展を期待している. 演題1 キリン科における首の運動メカニズムの解明:     郡司芽久(東京大学大学院農学生命科学研究科)・遠藤秀紀(東京大学総合研究博物館) ほぼ全ての哺乳類は 7個の頸椎をもち,首が非常に長いキリンもその例外ではない.しかしキリンでは,第一胸椎が頸椎的な形態を示すことが知られている.本研究では,キリンとオカピの首の筋構造を比較し,キリン科の首の運動メカニズムの解明を試みた.調査の結果,首の根元を動かす筋の付着位置が,キリンとオカピで異なることがわかった.筋の付着位置の違いから,第一胸椎の特異的な形態の機能的意義について議論する.演題2 カズハゴンドウ(Peponocephala electra)に見られる歯の脱落     栗原 望(国立科学博物館動物研究部脊椎動物研究グループ) ハクジラ類の歯は一生歯性であり,生活史の中で必然的に脱落することはない.しかし,カズハゴンドウでは,複数の歯を失った個体が非常に多く見受けられる.歯の脱落傾向や歯の形状を調べたところ,歯の脱落が歯周病などの外的要因により引き起こされたのではなく,内的要因により引き起こされたことが示唆された.本種で見られる歯の脱落が示す系統学的意義について議論したい.演題3 偶蹄類ウシ科の歯数変異と歯冠サイズの変動性     夏目(高野)明香(NPO法人犬山里山学研究所,犬山市立犬山中学校) 哺乳類全般の歯の系統発生的退化現象から歯式進化の様々な仮説が提唱されてきているが,これらの仮説は分類群ごとの傾向を反映していない.そこで偶蹄類ウシ科カモシカ類の歯数変異と歯冠サイズの変動性を調べたところ,P 2は変異性が高い不安定な特徴や,計測学的解析から他臼歯とは異なる特徴的な形質を保有することが明らかとなった.この事から,カモシカ類において,下顎小臼歯数 2が将来の歯式として定着する可能性があると考えられる.演題4 愛知学院大学歯科資料展示室とカモシカ標本コレクション     曽根啓子(愛知学院大学歯学部歯科資料展示室) 展示室には1,300頭以上のカモシカの頭骨標本が保管されている.これらの標本は 1989年度から2011年度にかけて愛知県内で捕獲されたものであり,2001年から標本登録されている.この標本コレクションは展示室の収集物でも,研究上重要な位置を占めるものであり,カモシカの形態学・遺伝学的研究に活用されている.本発表では,カモシカの収集・保管活動を紹介するとともに,頭蓋と歯に認められた形態異常および口腔疾患 (歯周病 )について報告する.演題5 鯨蹄類における乳歯列の進化     子安和弘(愛知学院大学歯学部解剖学講座)「三結節説」と「トリボスフェニック型臼歯概念」の陰で忘れさられた「小臼歯・大臼歯相似説」に再度光をあてて,歯の形態学における乳歯と乳歯式の重要性を指摘する.最古の「真獣類」とされるジュラマイアの歯式,I5,C1,P5,M3/I4,C1,P5,M3=54から現生鯨蹄類の歯列進化過程における乳歯列の進化と咬頭配置の相同性について概観する.
著者
香田 啓貴 SHA John OSMANO Ismon NATHAN Sen 清野 悟 松田 一希
出版者
日本霊長類学会
雑誌
霊長類研究 Supplement
巻号頁・発行日
vol.31, pp.50, 2015

霊長類を含む多くの哺乳類の音声生成には、音源を生み出す声帯に加え、共鳴特性を変化させる声道と呼ばれる呼気流が通過する空間が、重要な役割を果たしている。さらに、鼻腔も気流の通り道になりえるため、音の生成に影響を及ぼすことがある。たとえば、ヒトの鼻母音とよばれる「はなごえ」のような母音の生成では、鼻腔での反共鳴が作用し、ある特定の周波数帯を弱め音声全体の周波数特性を変化させる鼻音化と呼ばれる現象が音の特徴化に重要な役割を果たしていることが知られている。今回、我々は名前の通り鼻が肥大化した霊長類であるテングザルを対象に、肥大化した鼻の音声に与える影響について、予備的な解析を試みた。とくに、鼻の肥大化の状態と音響特徴との関連性について検討した。シンガポール動物園、ロッカウィ動物園、よこはま動物園ズーラシアで飼育されていたテングザルのオスを対象とし、音声を録音し音響分析を行った。分析では、十分に鼻が肥大化した成体オスと、肥大化が途上段階で十分に発達していない若オスとの間で比較を行った。分析の結果、ヒトの鼻母音と同様な鼻音化と呼ばれる周波数特性が明瞭に観測できた。また、鼻音化は鼻の肥大化の状態に関わらず若オスでも確認できたが、鼻の大きさの程度と関係性がありそうな音響特徴は今回の音響分析の解析項目の中には表れにくかった。今後、鼻の肥大化について形態学的な定量的計測や評価を行うとともに、さまざまな音響計測を組み合わせ、鼻の肥大化の状態と音響特徴の関係性についてはさらに精査する必要があると考えられた。
著者
河部 壮一郎 小林 沙羅 遠藤 秀紀
出版者
日本霊長類学会
雑誌
霊長類研究 Supplement
巻号頁・発行日
vol.29, 2013

&nbsp;食肉目における水中への適応進化は幾度かおこっており,そしてその度合いも様々である.これまでに,一部の半水棲種における嗅球が小さくなることが知られているが,このことから嗅球体積は水棲環境への依存度を反映していると考えられている.嗅球体積は頭骨形態から計測できるため,絶滅哺乳類における水棲適応の進化を知る上で欠くことのできない重要な情報である.しかし鰭脚類における嗅球体積が他の食肉動物のものと異なるのかどうか詳しく知られていない.一方,視力や眼球サイズも水棲環境への依存度により変化するとされている.しかし,水棲適応度と眼窩サイズに関係があるのか,その詳細な検討はされていない.水棲適応の進化を解明する上で,嗅球や眼窩サイズが水棲環境への適応度の違いを反映しているのかどうかを明らかにすることは重要である.よって,本研究では食肉目における嗅球および眼窩サイズが脳や頭蓋サイズに対してどのようなスケーリング関係を示すのか調べた.その結果,眼窩・脳・頭蓋サイズは互いに高い相関を示すことがわかった.しかし,嗅球体積と脳あるいは頭蓋サイズとの間に見られる相関は比較的低かった.陸棲種と比較すると,鰭脚類を含む水棲・半水棲種の嗅球体積は,脳や頭蓋に対して小さいという結果を得た.これまで,水棲適応度が高い種ほど嗅球体積は小さくなると言われていたが,鰭脚類においてもこのことは当てはまることが明らかとなった.よって絶滅種における水棲適応度を考える上で,嗅球体積は一つの重要な指標になる得ることが示された.しかし,水棲適応度と眼窩サイズには明確な相関が見られなかった.このことは,視覚器は水棲適応により構造的な変化は示すものの,サイズは大きく変化しないという可能性を示しているが,今後のより詳細な検討が必要である.
著者
盛 恵理子 島田 将喜
出版者
日本霊長類学会
雑誌
霊長類研究 Supplement
巻号頁・発行日
vol.30, pp.31, 2014

日本の伝統芸能猿回し(猿舞師)では、サルは調教師であるヒトの指示を聞き、観衆の面前で様々な芸をすることができる。しかしサルは芸が初めからできるわけではない。では、「芸ができるようになる」とはどのようなプロセスなのだろうか。エリコ(第一著者)は調教師として茨城県の動物レジャー施設、東筑波ユートピアにおいて、餌を報酬としたオペラント条件付けによる芸の調教を行っている。アカネと名付けられたニホンザル(4歳♀)に、今までやったことのない芸「ケーレイ」を覚えさせるべく調教を行ったアカネはすでに「二足立ち」、「手を出すと前肢をのせる」などができていた。7日間(1日20分間)の調教を行い、その全てをビデオカメラに記録した。動画解析ソフトELANを用いアカネとエリコのパフォーマンスを、ジェスチャー論の枠組みを援用し、コマ単位で分析した(坊農・高橋 2009; Kendon 2004; McNeill 2005)。ストローク長(右手がアカネの場合右背側部、エリコの場合右大腿部で静止してから額に付き静止するまでの動作時間)と、開始・終了同調(エリコのパフォーマンス開始・終了コマに対する、アカネのパフォーマンスの遅れ)の調教日ごとの平均値・標準偏差を算出した。アカネ・エリコ双方において、ストローク長の標準偏差は後半になるにつれ小さくなっていき、平均値は最初と最後でほとんど変化が見られなかった。開始・修了同調は、後半で平均値は0に近づき、標準偏差は減少した。古典的モデルによればエリコは「情報」を教える側であり、芸ができるのでばらつきは最初から小さいと予想されたが、予想とは逆に、エリコもアカネの変化に合わせて自分のパフォーマンスを変化させていたことが示唆される。調教とはサルとヒトの双方が状況と互いに他のパフォーマンスに応じて自分のパフォーマンスを調整し同調させてゆくプロセスのことであり、芸を完成させていく異種間相互行為であると考えられる。
著者
小澤 幸重
出版者
日本霊長類学会
雑誌
霊長類研究 Supplement
巻号頁・発行日
vol.29, 2013

背景:上下顎異なる形態の裂肉歯や通常の臼歯,切歯などの起源はほぼ円錐歯であることは化石試料で明らかであるが,その後の進化あるいは形態形成については上下顎の臼歯が異なる道を辿ったとされる.しかしその要因については殆ど議論が無い.この点を歯の形態形成から検討する.議論:哺乳類の歯の特徴は形態が複雑になることである.その形態形成,即ち咬頭や歯根の分化は開始点から対称に放散する.しかし顎の形成要因の制御によって各種,歯種の固有の形態となる.顎は頭部の一部であり,頭部は体の一部であるため,これらを統一的に解析すると, ①分節(集合)性,②対称(安定)性, ③周期(律動)性が一貫して流れている.即ち 1)上下顎は本来対称である.体制の対称は,相補い一つの目的達成に働く.例えば,左右対称では上下肢,脳神経,視覚,あるいは対立遺伝子(相補遺伝子),神経の相補的特殊化などであり,腸の平滑筋の多軸対称と分節の繰り返しは蠕動運動や振り子運動となる.よって上下顎の相補的関係があることが分かる.2)歯系の相補的関係は左右,そして捕食から咀嚼,嚥下までの左右,頭尾の連携の一部である.3)歯はこれに係わる咬合,裂肉あるいは咀嚼という相補的働きをする.この相補機構は機能的な連動を示すが,歯はこれに加えて形態的に上下顎が噛み合う(咬合)という互いにはまり込む形態をしめす.これを形態的相補性(Morphological complement)と名付ける.4)この視点から歯の進化に関する学説を振り返ると,形態的相補性の確立過程を明らかにしたものである.5)相補性の起源と進化は,生命が地球上に出現し環境と親和し,多細胞となって互いに接着共存し,高度な体制となり組織,器官の相補性へと分化したと考えることが出来る.皆様の御意見を頂きたい.
著者
山崎 彩夏 武田 庄平 黒鳥 英俊
出版者
日本霊長類学会
雑誌
霊長類研究 Supplement
巻号頁・発行日
vol.23, pp.85, 2007

昨今は動物福祉の観点から、飼育動物の特性を考慮し、その欲求を理解した飼育環境の改善が求められるようになってきた。動物本来の行動がより発現されるような刺激を備えた飼育環境では、より主体的な行動の時間配分の表出が促され、行動レパートリーが増加することが知られている。本研究では、2005年3月に多摩動物公園(東京都日野市)に新設されたオランウータン飼育施設において、より多様で、立体的かつ広大化するという飼育環境の変化が、飼育下オランウータンの行動にいかなる質的・量的変容を及ぼすかに関し検証することを目的とし、中長期的・縦断的な観察を行ってきた。旧施設と比較し、新施設では、「飛び地」と称される約50本の自然林に覆われた面積2,092_m2_の放飼場、および「スカイウォーク」と称される全長152mのタワーが設置され、オランウータンによる、3次元空間のより多様な利用が可能となった。観察対象はボルネオオランウータン3個体(ジプシー;メス,推定51歳、チャッピー;メス, 34歳, ポピー;オス,6歳)とし、2005年3月から2006年11月の期間のうちの計156日、9:30~15:30の時間帯において、観察対象個体を1分間毎に走査するスキャンサンプリング法を用いて観察し、各観察対象個体の行動と利用空間を、瞬間サンプリング法を用いて記録した。観察した行動は、採食・休息・移動・社会的行動の各カテゴリーに分類した。その結果、新施設移動直後に活動性の低下傾向が確認され、新奇環境に対する反応性がみられた。その後は、採食に費やす時間の増加、移動と社会的行動に費やす時間の減少が示された。また、移動行動レパートリーの大幅な増加、特に立体的な空間を移動する際の行動レパートリーの増加が確認された。以上から、複雑な放飼場の構造と利用可能な空間の増大、採食対象の増加が、オランウータンの行動パターンに影響を与えたことが示唆された。
著者
山崎 彩夏 武田 庄平 黒鳥 英俊
出版者
日本霊長類学会
雑誌
霊長類研究 Supplement
巻号頁・発行日
vol.21, pp.33, 2005

野生下では昼夜地上から10-20mの高さで過ごす事が多く樹上性の大型類人猿であるオランウータンは、飼育下においても立体的空間の中で自発的に上層部を好み、行動のタイプ別に利用する空間を使い分けている事が知られている。この様に全ての動物種は各々の生態状況に応じて特異的な形態適応・生理学的適応を遂げ、加えて行動学的性質との総合された結果として種としての独自性を持つに至る。またこの独自性こそが、動物にとって最重要となる生存・繁殖の為に、限られた時間をどのようにやりくりするのかを決定づける要因となり、その自発的に決定された時間の配分パターンは我々に様々な示唆を与えてくれるであろう。本研究では東京都日野市の東京都多摩動物公園で飼育されるボルネオオランウータン3個体、ジプシー(メス、48才)、チャッピー(メス、31才)、ポピー(オス、4才)の3世代に渡る母子を対象として、それまでの比較的平面的な旧飼育施設から、平成17年3月に完成した、高さ12m長さ150mを超える空中施設「スカイウォーク」を含め立体的広がりを持つような新オランウータン飼育施設に移動した場合、各対象個体が展示時間内に採食・休息・移動にあてる時間の配分、そして利用空間の在り方が、従来の飼育施設と比較してどのように変容し新環境に適応を遂げてゆくのか、その行動観察の第一報を報告する。恐らくオランウータンにとってより必需な行動ほど、より時間配分レベルの変化量が少ないまま維持されると推察される。さらにはこれまで潜在的欲求としては存在するが環境要因的に表出されなかった行動が増加する可能性もある。行動時間配分の変化を比較する事で飼育下オランウータンの生活において、どの行動の比重がより高いのかも示す事ができるだろう。
著者
山崎 彩夏 武田 庄平 黒鳥 英俊
出版者
日本霊長類学会
雑誌
霊長類研究 Supplement
巻号頁・発行日
vol.22, pp.74, 2006

平成17年3月に多摩動物公園(東京都日野市)で完成した「行動展示(その動物種本来の行動特性の発現を促す機能を備えた飼育展示環境)」を導入した国内最大規模のオランウータン飼育施設が完成した。本研究では、空間が立体的広がりと複雑な環境刺激を有するようになるという飼育環境の構造的・質的変化に伴い、飼育下オランウータンにおける各行動が占める時間割合や活動性、空間利用等が如何に変容をもたらし、新規環境に対しどのような適応過程を遂げるのかに関し、中長期的な行動観察を中心として比較検討することを目的とする。<br> 観察は多摩動物公園で飼育されるボルネオオランウータン、ジプシー(メス、推定50才)、チャッピー(メス、32才)、ポピー(オス、5才)の3個体を対象とし、9時30分-15時30分の時間帯において、1分間隔の瞬間サンプリング法により、各個体の行動を行動目録に基づき観察シートに記録した。同時に放飼場平面図に、個体毎に利用した位置と高度を記録した。記録した行動は行動カテゴリーに沿って採食、休息、移動に分類し、各行動項目において観察対象個体が費やす行動時間配分を算出した。観察は旧飼育施設では2005年3月4日から2005年3月22日までの期間中の15日間、新飼育施設では2005年4月28日の一般公開から約1年間行った。<br> 2005年7月の第21回霊長類学会大会では、新規飼育環境へ移動直後にオランウータンが示した行動変容について報告したが、本発表ではより中期的な適応過程の経過を示す。
著者
相馬 貴代 小山直樹
出版者
日本霊長類学会
雑誌
霊長類研究 Supplement
巻号頁・発行日
vol.23, pp.13, 2007

メス優位のワオキツネザルの社会では、群れ内メスが一定頭数を超えると、Targetting aggressionと呼ばれる、特定個体に対する執拗な攻撃行動が起こり、追い出しにいたることが知られている。何家系を含む群れの場合、優位家系グループから劣位家系グループの個体への攻撃がおこり、結果として群れが分裂することが多い。<br> 2004年8月から2005年11月、2006年4月、2006年9月から11月の間に、すべてのメスが1頭のメスの子孫からなる観察群(オトナメス個体数およそ10頭、総個体数およそ22頭)を観察した。この群れにおける「追い出し」から「追い出され個体の群れ復帰」までの経過を報告する。<br> _丸1_アルファメスであったME89(メス全員の母および祖母)の消失、_丸2_ME89の娘ME8998のアルファメス化と姪グループ(ME8998の死亡した姉ME8994の娘・ME899499とその妹2頭)の追い出し、_丸3_追い出された姪グループのノマド(放浪)群化、_丸4_姪グループの群れ再加入とME8998の追い出し、_丸5_追い出されたME8998グループのノマド群化、_丸6_姪グループの長女ME899499のアルファメス化、というプロセスが観察された。新しくアルファメスになったME89の娘ME8998は、自身の妹たちとグループを作り、姪グループを追い出した。1年半後、姪グループが群れに復帰し、かつて彼女達に最も攻撃を加えた、アルファメスME8998とその妹を反対に追い出した。また、姪グループに攻撃的であったME8998グループのメスはすべて劣位となった。<br> 単一家系からなる群れの場合、 共通の祖先メス個体の消失後にアルファメスとなった個体が、血縁度が低い姪グループを選択的に追い出すことは妥当なのかもしれない。また、自分を攻撃した個体を追い出したり、攻撃を加えたりすることは、ワオキツネザルにおける「復讐」という意識とそれを確実にする記憶の存在を示唆することにならないだろうか。
著者
丸橋 珠樹 NILPAUNG Warayut 濱田 穣 MALAIVIJITNONG Suchinda
出版者
日本霊長類学会
雑誌
霊長類研究 Supplement
巻号頁・発行日
vol.25, pp.46, 2009

ベニガオザルの採食生態を半野生群で現地調査した。調査地は,Khao Krapuk Khao Taomo保護区で,東経99度44分,北緯12度48分に位置している。現地調査は,2007年12月5日から2008年2月10日までの乾季の盛りに66日間実施した。<br> Ting群を対象として個体追跡を行った。この群れは人に対して警戒心が低く約2週間で観察者に慣れて,森林内でも追跡できるようになった。ただし,森林の一部は植生が非常に密生していて個体追跡するのが困難な場所が繰り返し出現するので,連続する個体追跡時間はさほど長くはなかった。<br> 食物は以下の4タイプに分類できる。(1)寺で出される食事の残りと道路沿いでの人からの餌,(2)バナナ,マンゴー,サトウキビなどの栽培果実,(3)二次林構成種である木本やつる植物,(4)昆虫,クモ,カタツムリなどの動物質。果実や種子食が主体であり,葉食は量的にも少なかった。<br> 2ヶ月あまりの調査期間に,二次林での果実の結実に応じて,群れは次々に食物を変化させていた。調査初期の最重要食物は<i>Zizyphus oenoplia</i> (L.) Mill. (Rhamnaceae)で,二次林の林縁に多数分布していた。調査期間の後半には<i>Leucaena leuccocephala</i> (Lam.) de Wit (Leguminosae-Mimosoideae)が長期間利用された。この豆は家畜を放牧する草原の周辺や道路沿い,あるいは農家周りなどに多数みられ,大きな群落をつくっていた。本種では,若い未熟果実も,完熟した硬い豆も利用され,長期間に渡って若葉を利用していた。分布密度は低いが訪れると多量に食べる食物種としては,大木となる<i>Ficus</i> sp.と<i>Manilkara hexandra</i> (Roxb.) Dubard (Sapotaceae)であり,この木を求めて遊動することも見られた。
著者
牛田 一成 服部 考成 澤田 晶子 緒方 是嗣 土田 さやか 渡辺 淳
出版者
日本霊長類学会
雑誌
霊長類研究 Supplement
巻号頁・発行日
vol.35, pp.63, 2019

<p>次世代シーケンサーを用いた野生動物糞便細菌の網羅解析が盛んに行われている。宿主の生活を反映した細菌叢構成の差異を検出することができるようになったものの,解析対象が「PCR増幅された16S rRNA遺伝子の部分配列に基づく不十分な系統情報」にすぎないため,宿主の生理状態に直接影響する腸内環境を知ることはできない。近年,分子量データーベースの充実からHPLCやCEと質量分析を組み合わせた化合物の網羅解析が発達し,腸内細菌叢が産生する代謝物を網羅的に解析することが可能となった。これを一般にメタボローム解析と呼ぶが,野生動物の生理研究や生態研究における本解析手法の有用性を報告する。屋久島西部林道上の2地域(川原と鹿見橋)で,群れを異にするニホンザル計5頭の糞便を採取した。2検体を除き排泄直後に採取し,全量をドライアイス上で直ちに凍結した。1検体は,前日の排泄糞で発見後直ちに凍結した。もう1検体は,2分割してそれぞれ排泄直後と1時間放置後に凍結した。解凍後,Matsumotoら(<i>Sci Rep</i> <b>2</b>: 233)の方法で前処理し測定試料とした。LCMS-8060(島津製作所)にPFPPカラムを装着し,0.1%ギ酸水溶液と0.1%ギ酸アセトニトリル溶液を移動相としてイオンペアフリー条件のグラジエント分析を行った。遊離アミノ酸のほか,ヌクレオチド, ヌクレオシド、核酸塩基などの核酸代謝物,TCA回路に関わる有機酸等全体で63成分が検出された。PCA解析を行うと,川原の古い糞,川原の新鮮糞,鹿見橋新鮮糞の3つにクラスターが分離した。前日由来の糞の水溶性成分は変化していたが,新鮮糞の水溶性成分については1時間放置の影響はなかった。鹿見橋周辺の群れから採取した糞は川原で採取した糞よりも必須アミノ酸が少なく,逆に核酸代謝産物濃度が高い傾向が見られた。</p>