著者
高野 誠二
出版者
公益社団法人 日本地理学会
雑誌
地理要旨集
巻号頁・発行日
vol.2005, pp.256, 2005

<B>1. はじめに</B><BR> 近年増加しつつある、駅を中心とした都市整備を行う「駅と街づくり」事業において、都市と鉄道との間の交渉は重要な意味を持つ。両者が共同して事業にあたる必要があるだけでなく、公共の利益を確保する目的を持つ自治体と、自社の利益の確保を目指す鉄道事業者の利害が、鋭く交錯するからである。本研究では、どのような形で都市と鉄道が利害を調整しながら、駅の整備を進めてきたのかを明らかにする。<BR><B>2. 都市と鉄道との間の問題の推移と利害の調整</B><BR> まず、駅や鉄道の整備をめぐる、都市と鉄道との間の問題の変遷を、新聞記事数の集計から概観した。時代が下るにつれて、踏切の改良や駅裏改札口の設置といった小規模な事業から、鉄道連続立体交差事業や駅ビル建設のように、より高度で複雑な事業へと、関心が推移したことがここから分かる。また近年では、自由通路の設置や駐輪場建設等の問題が増加した。これらの場合では、都市と鉄道の間の立場や費用分担等が、現行の法制度によって十分に規定されておらず、交渉が紛糾しやすいことも、記事の数が多くなった一因である。記事の内容を見ても、たとえば駅前広場整備のように、都市と鉄道の利害を調整する法制度や、設計や費用分担の基準等が充実している事業では、両者の交渉が紛糾することは少なかった。このように、都市と鉄道の利害を法制度が十分に調整できていない問題では、都市と鉄道会社との交渉の成否が、駅やその周辺地区での整備事業の帰趨にとって重要である。そこで、都市と鉄道は具体的にどのような交渉を展開しながら、駅の整備を行ってきたのか、駅を中心とする都市整備事業が多く行われてきた、八王子市を事例にして調査を行った。<BR><B>3. 八王子市における都市と鉄道の交渉</B><BR> 八王子市と国鉄の間で特に大きな問題となったのは、八王子駅において1949年に開設された駅裏改札口や、1983年に完成した自由通路と駅ビルの建設であった。駅裏改札口や自由通路の設置は、都市と鉄道の間での費用分担や設置基準等を定めた法制度が無いだけでなく、これらの建設が収入の増加に直結する訳ではない、鉄道側の姿勢が消極的だったことも大きな障害であった。また、八王子のライバル都市での駅ビル推進運動もあったので、必ずしも八王子駅での駅ビル建設を進める必然性が無い国鉄は、八王子市に対して厳しい条件で臨んでいた。これに対して八王子市は、元国鉄職員の市議会議員を中心とするコネを活用して交渉を進めた。また、市内の住民の反対運動に遭って頓挫しかけていた、国鉄のオイルターミナル建設やパイプライン敷設の計画に対して、八王子市が反対運動を鎮めたり用地を斡旋したりする等、国鉄にとって有利となる条件を示して取引することで、自由通路と駅ビルの建設への国鉄の協力を取り付けることができた。<BR> 京王電鉄の駅をめぐっては、京王八王子駅の地下化にあたり、市が構想を持っていた京王線の延伸計画に対応可能なように、設計の変更を働きかけた他、市内各駅の整備を進める必要があった。また京王グループは、市内のバス路線のほとんどを傘下に収めるので、バスターミナルの整備や、山間部への不採算バス路線の維持についても、市は京王グループの協力を得る必要があった。これらの交渉における鍵の一つが、宅地開発への対応であった。市内での宅地開発や様々な開発事業を進める、多角経営の京王グループの収益にとって、市の態度は重要である。八王子市では、担当官の裁量の幅が大きい、宅地開発要綱の運用において便宜を図ること等の条件の代わりに、駅の整備やバスの運行等に関する市の要求が実現されるように、京王グループと取引を行っていた。<BR><B>4. まとめ</B><BR> このようにみてみると、都市と鉄道との間に介在する諸問題のうちで、法制度によって調整が行われる範囲外の問題では、両者の間で様々な条件の政治的取引を絡めた交渉を行うことで解決を図らざるを得ず、事業は滞りがちであった。たとえば近年も、法制度による利害の調整が十分に機能していない、駐輪場の設置をめぐる問題が各地で大きくなっているように、両者を調整する法制度の有無が、今後の駅と周辺地区の整備の進展に大きな影響を及ぼすであろう。また、八王子市の場合では、国鉄と京王グループの性格の特徴が、それぞれの市との交渉の中に表出していた。鉄道事業者としての性格を十分に読み解くことで、駅と周辺地区における都市整備事業の進展の様子も、より明らかになると考えられる。

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