著者
清水 克志
出版者
公益社団法人 日本地理学会
雑誌
日本地理学会発表要旨集
巻号頁・発行日
vol.2018, 2018

<b>1.はじめに</b><br><br> 日本におけるキャベツ生産は,明治前期の導入以降,寒冷地である北海道や東北地方で先行し,大正期から昭和戦前期にかけて西南日本へと拡大していった.前者は,キャベツの原産地と風土が類似していたため,春播き秋穫りの作型での栽培が可能であったのに対し,後者は,冬穫りや春穫りの作型の確立とそれに適した国産品種の育成を待たねばならなかったからである.実際に関東地方以西では,アメリカ原産のサクセッション種が導入されて以降,同種をもとにした国産品種が各地で育成され,キャベツ産地が形成された.<br><br> 本報告では,大正期以降に西南日本において形成されたキャベツ産地の事例として,広島県呉近郊の広村(現,呉市広地区)を取り上げ,篤農家による品種改良と産地形成の過程を復原するとともに,当時の日本におけるキャベツの普及に果たした役割を明らかにすることを目的とする.<br><br><b>2.広島県におけるキャベツ生産の推移</b><br><br><b> </b>広島県におけるキャベツの作付面積は,1908(明治41)年には僅か2.2haに過ぎなかったが,大正期を通じて漸増し,昭和戦前期に入ると1929年には100ha,1938(昭和13)年には200haへと急増した.作付面積の道府県別順位も1909年の29位から,1938年には17位まで上昇していることから,広島県は,大正期以降に顕著となる西南日本におけるキャベツ生産地域の一つと位置づけることができる.<br><br> 明治末の時点でややまとまった形でのキャベツ生産は,広島市とその近郊(安佐郡)に限られていた.ところが,大正期には呉市の東郊にあたる賀茂郡の台頭が著しく,昭和期に入る頃には,賀茂郡が広島市や阿佐郡を凌駕していった.1928年を例にとれば,広村におけるキャベツの作付面積(30.7ha)は,賀茂郡全体の95%,広島県全体の33%を占めており,広村におけるキャベツ生産は,広島県内でも際立った存在となっていった.<br><br><b>3.賀茂郡広村における広甘藍の産地形成</b><br><br> 賀茂郡広村(1941年に呉市に編入)は,呉市街地の東方約5kmに位置する(図1).同村は黒瀬川の河口部にあたることから,三角州が発達し,江戸時代を通じて複数の「新開」が開かれた.新開地の地味が野菜栽培に適していたことに加え,呉の軍都化の進展よって,サトイモやネギなどの生産を中心に,近郊野菜産地としての性格を強めていった.<br><br> 1904(明治37)年頃に,玉木伊之吉(1886-1957)がサクセッション種を取り寄せて自家採種を繰り返し,広村での栽培に適した系統を選抜し,「広甘藍」と名付けた.玉木は呉市場で取引されるキャベツをみて,鎮守府での需要に着目し,広村でも栽培可能な系統の選抜を試みたのである.<br><br> キャベツに対する需要は明治末期には,呉鎮守府に限られていたが,大正期に入った頃から一般需要も創出され始めたことを受け,玉木は,1914(大正3)年には450名からなる広村園芸出荷組合を設立し,安定した生産基盤を確立していった.広甘藍の販路は,呉市場にととまらず,昭和期に入る頃には大阪・神戸市場,1932(昭和7)年以降は,東京市場にまで拡大した.<br><br><b>4.大都市市場における「広甘藍」</b><br><br> 第二次世界大戦以前の日本の園芸業について,総覧した『日本園芸発達史』には,「大正より昭和年代に至り最も華々しく活躍した」輸送園芸産地が列挙されている.このうちキャベツ産地は,岩手,長野,広島の3つのみであることから,広甘藍は,戦前期の西南日本を代表する輸送園芸キャベツであったと位置づけることができる.<br><br> 1935(昭和10)年頃の東京市場でのキャベツ入荷をみると,寒冷地の岩手や長野からの入荷が終了する12月以降,東京近在からの入荷が始まる6月までの間には,明確な端境期が存在した.その端境期を埋めるべく,岩手物の後を受けて東京市場へ出荷する産地が,泉州(大阪府南部),沖縄,広島,愛知などであった.当時すでに一年を通してキャベツに対する需要が存在していたことに対応するため,東京市場側では,西南暖地のキャベツ産地の形成を促したが,そのような動向を受け,広甘藍の産地では東京市場へと販路を拡大させていったとみられる.広甘藍は東京市場での取扱量こそ僅少ながら,その平均価格は一年間で最も高い水準にあったことから,高価格での有利販売を狙っていたことがうかがわれる.

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