著者
中野 義勝
出版者
公益社団法人 日本地理学会
雑誌
日本地理学会発表要旨集
巻号頁・発行日
vol.2018, 2018

サンゴ礁生態系は熱帯に起源を持つ生物多様性に富む生態系として、同様に熱帯に発達する生態系である熱帯降雨林生態系とともにその保全の重要性が認識されている。日本・米・仏・豪と言った先進国もサンゴ礁を擁しており、これらの国々からの多くの基礎科学的知見によって学際的に理解が進むと共に、応用科学的には遺伝子資源の探索が進められるなど自然資源的価値も注目されている。<br><br> しかしながらサンゴ礁生態系は、世界的な気候変動の影響を受けて、劣化の一途をたどる生態系の一つでもある。気候変動に伴う海水温の上昇と変動を引き起こす二酸化炭素の海洋への溶込みによる海洋酸性化は、温度とpHという生命活動にとって重要な因子の異常として海洋生物全般に及ぶものだが、現在の水温変動の勢いは1998年以降サンゴの褐虫藻との共生機構に壊滅的な白化被害を及ぼしつつある。国連気候変動に関する政府間パネル(IPCC)がこのほど公表した特別報告書の素案では、現在のままでは2040年に地球の気温上昇が1.5 ℃に達し、今まで以上に対策にコストをかけなければさらに大きなリスクを負うことになるとしており、サンゴの白化被害が免れ得ない自然災害となったことをも意味している。<br><br> また、サンゴの世界的分布の中心とされるコーラルトライアングルは多数の人口を擁する東南アジア諸国に位置し、経済格差から生じる破壊的漁業の横行を始めとする無秩序な海域利用の危機に曝され、日本では経済発展にともない拡大する都市機能として多くのサンゴ礁海域が埋め立てなどによって破壊され、農業の生産性向上にともなう圃場整備と酪農を含む営農における技術進歩と業態変化は海域への負荷を増加させてきた。本来、これらの地域のサンゴ礁は歴史的に人間活動と密接に関わり合っており、活動による負荷を緩衝する伝統智を以てその持続性を管理されてきたが、急激な社会変化がこれらを忘却させ、生じた歪みの適正な評価がなおざりにされてきた。<br><br> 一般に、安定な生態系は動的平衡状態にあるとされ、耐性や回復力と言った自己回復機能(レジリアンス)を持っている。同時に、生態系の構成・構造・機能は大きく変動し、画一的な定常状態や平衡点に達することが無い自然変動性を有しており、長期の観察による重要な進化的環境因子の把握が肝要となる。さらに、レジリアンスの臨界点あるいは閾値を超えると、異なる状態に移行してしまうレジームシフトを引き起こす。レジームシフトを引き起こすリスクや、生態系サービスの劣化に至るリスクを管理する「リスクマネジメント」にはこれらの視点を踏まえ、未確定な結果においても自然システムと社会システムの相互依存を念頭に持続可能性を模索する順応的管理が重要になる。<br> 進行する気候変動下では、サンゴの種や生息地による撹乱要因への感受性の違いを念頭に、群集の遷移を捉えるきめ細かなモニタリングを行い、被害の状況に応じた保護区の設定やサンゴの養殖などを組み合わせた保全利用計画を実施し、結果を常にフィードバックさせる順応的対応が求められている。このために多様性をそれぞれの部分として理解することは重要だが、「全体は部分の総和に勝る」ことを忘れずに、複雑に絡み合うネットワーク全体を意識することが肝要である。このような視点でサンゴ礁保全に取り組むことは、地球環境保全への取り組を身近にしてくれるのではないだろうか。

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