- 著者
-
前田 博子
- 出版者
- 一般社団法人 日本体育学会
- 雑誌
- 日本体育学会大会予稿集
- 巻号頁・発行日
- vol.69, pp.86_2, 2018
<p> 日本の女子サッカーは、2011年のFIFAワールドカップ優勝により、急激に知名度が高まった。このような競技成績によって急激に注目が集まった結果、少し成績が落ちた現状では、試合の集客やメディアによる情報量も減少している。しかし、女性が競技としてサッカーをプレーすることは、違和感なく受け入れられるようになったと言える。</p><p> 国際的な競技活動を行うためには、国内を統一した競技組織が必要となる。現在、女子サッカーは男子サッカーと同じく、日本サッカー協会の傘下にある。しかし、国内で定期的、継続的に女子の試合が行われるようになった当初は、異なった組織が統括していた時期もある。</p><p> そこで、本研究の目的は、1979年から1989年までの10年間、日本の女子サッカーを統括する役割を担った日本女子サッカー連盟の設立と解散の経緯を明らかにすることである。</p>